8 レンVSショウ

 三人が立っているのは小ぢんまりとした二階建てのアパートの前だ。

 新築の一軒家が並ぶ周囲と比べて、ややみすぼらしい感じがする一角である。


「おいショウ! 来てやったから顔を出せ!」


 何を思ったかテンマはいきなり大声で叫んだ。

 これでは周りに住む人が起きてきてしまう。


「相談してからにしなさいよ」


 アオイは手元のジョイストーンを使って人払いの能力を発動させた。

 こんな雑用係など班長になってから初めての経験である。

 専用の班員を一人連れてくるべきであった。


 まあ多少コントロールに乱れは出るが、並行して自身の能力を扱うくらいは造作もない。


 アパートの二階の窓がガラリと開いた。

 人払いのせいでテンマの声に気づけるのは能力者しかいない。

 はたして窓から顔を出したのは、彼女たちのターゲットであるショウだった。


「よお、朝っぱらから何の用だ?」

「決まってんだろ。お前をぶっとばしにきてやったんだよ」


 テンマは普通に会話をしているが、アオイは内心の驚きを隠せない。


「ねえ、なんでショウがこのアパートにいるってわかったの?」

「追われる立場だからって逃げ隠れするような奴じゃねえよ」


 ああ、なるほど。

 つまりこのアパートは彼の自宅なのだ。


 アミティエが主に活動する夕方から夜間は姿を現さなくても早朝なら普通に家にいる。

 必死に探している班員たちを尻目に、彼はいつも普通に家に帰っていたのだ。


「あー、面倒くせえな。明日じゃダメか?」


 ショウの返答にやる気は見られない。

 対して、誰よりも早く行動に起こしたのはレンだった。

 アパート前のブロックを踏み台にして、一気に二階の高さまで跳び上がる。


「おまえがシンくんをっ!」

「お?」


 ただのパンチ。

 しかし、風の動きが目に見えるほどの拳圧を持って襲いかかる。


「おっと」


 レンの先制攻撃はショウが恣意的に展開した≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫の見えない盾に遮られた。

 弾かれたレンはつま先でベランダの手摺に着地する。


「おいおい、いきなりだなガキンチョ」


 レンの攻撃はショウの闘志に火を付けたようだ。

 好戦的な笑みを浮かべて羽織っていた上着を脱ぎ捨てる。


「レン、止まりなさい!」


 人払いを使ったとはいえ、住宅街のど真ん中で二人が本気で争うのは問題だ。

 近付かれなくても余波だけでも一般人を巻き込む恐れがある。

 アオイは場所を変えるよう提案したかったのだが、


「シンくんの仇っ!」


 声が届いていないのか、レンは止まらない。

 全身を淡い緑色に発光させ、最初から全力の『龍』モードになっている。


「やあああああっ!」


 掛け声とともに怒涛の連続攻撃を放つ少年拳士。


「うおっ、すげえな」


 ショウは一歩下がって室内に入り、見えない盾でレンの攻撃を防いだ。

 攻撃による衝撃は建物に伝播し、アオイが立っている辺りまで震えている。


 レンは正面から力づくで防御を抜こうとしているらしい。

 だが≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫の防御はそんなに甘いものではない。


 正面からしか攻撃できないなら防御は容易。

 この位置関係ではアオイたちが援護をすることもできない。

 衝撃が周囲に伝われば人払いの効果もいつまで持続できるかわからない。


「くっ……ショウ、ここではマズイわ! 家を破壊されたくなかったら場所を移動なさい!」

「言われなくても!」


 苦し紛れに叫んだアオイの言葉に応え、ショウの部屋の窓から爆風が巻き起こる。

 攻撃に集中していたレンは盛大に空へと吹き飛ばされた。

 透明な翼を広げたショウがそれを追いかける。


「向こうに広い公園がある! そっちで思いっきりやろうぜ!」

「このっ……!」


 空中で体勢を立て直したレンは近付いてきたショウに蹴りを放つ。

 それも容易く受け止められ、再び風に吹き飛ばされた。


「やっぱあのガキでもショウが相手じゃキツいか」


 二人が飛んで行った方向を眺めながらテンマが肩をすくめた。


「呑気に評価してるばあいじゃないでしょ。行くわよ」


 アオイとテンマは車に乗り込み、携帯端末で二人が飛んで行った方角にある大きな公園を確認すると、急いでその場所へと向かった。




   ※


 アオイたちが公園の広場に着いた時、ショウとレンの戦闘はすでに始まっていた。

 新九郎がコピーしたものより一段階上の≪龍童の力≫はすでに『龍』のモード。

 全身を緑色の闘気に包み、身体能力と攻撃力を数倍に引き上げる能力だ。


 膨大なエネルギーに任せた戦闘こそレンの真骨頂。

 加えて彼の戦闘スタイルは主に素手での接近格闘である。


 ショウにとってはオートガードが働かない最も厄介な相手のはず。

 しかし彼は臆することなくレンを正面から相手をしていた。


 ショウは自在に空を飛ぶことが出来る。

 距離を取りつつ上空からちまちま攻撃すれば安全に戦えるだろう。

 けれども彼は任意展開の透明な盾をレンの攻撃に合わせて展開しつつ、風圧による衝撃や風の刃を使って正々堂々と対抗していた。


 一見すると互角の戦いに見える。

 だが、レンの攻撃は紙一重とは言えショウに全く届いていない。

 比べてショウの攻撃は決定打にこそならないものの、着実にレンにダメージを蓄積させていた。


 このまま戦闘が続けばレンの不利は次第に大きくなっていくだろう。


「んじゃ、行くぜ」


 テンマが大地に片手をつく。

 するとショウの足元の地面が不自然に盛り上がった。

 バックステップからの着地を狙われ、さすがのショウも体勢を崩す。


「うおっ……」

「せやっ!」


 その隙を見逃すレンではなく、即座に追撃に入った。


「危ねっ!」


 間一髪のところでショウは攻撃を避けた。

 透明な翼を広げて天高く舞い上がる。


「レン!」


 アオイは大きめの氷塊を空に向けて撃ち出しながら叫んだ。

 こちらの意図を察してレンは飛ぶ。


 氷塊を足場にした空中二段ジャンプ。

 飛距離を伸ばした跳躍で、少年は空中のショウに肉薄する。


「くらえ!」


 レンの逆さ蹴りがついにショウの肩に炸裂!

 ……したかに見えたが、やはりそれも直前でガードされていた。

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