7 ショウ討伐隊

 レン、アオイ、そしてテンマ。

 ショウ討伐に選ばれた精鋭はこの三人だ。

 加えて自宅から直接目的地にマナが向かっている。


 ショウを相手に戦うのに数頼みは全くの無意味。

 班長クラスすら単身ではまったく相手にならないだろう。


 鍵となるのは未知の力を秘めている上海の龍童レン。

 いつのまにか窓ガラスにもたれかかって可愛らしく寝息を立てているこの少年である。


「おいおい、大丈夫なのかよコイツ」

「近づいたら起こすわ。どうせショウを前にしたら眠気なんて吹っ飛ぶでしょう」


 洗脳とも言える刷り込みの甲斐もあって彼のシンクに対する情愛は並ではない。

 アオイとしては複雑な気分だが、今回もきっとよく働いてくれるだろう。


 テンマとレンは以前に二度ほど本気でやりあったことがある。

 並々ならぬ恨みを抱いているかと思ったが、意外にも穏やかな雰囲気だった。


 この二人をせまい車内で並べて座らせることに不安はあった。

 だが、アオイ自身がテンマの隣に座るのは冗談じゃない。


 そもそも後部座席というのはどうにもダメなのだ。

 遠くを見ていなければすぐに酔ってしまう。


 アオイたちを乗せた車は高速道路に入った。

 久良岐市の中心部を経由して首都高から三京道路へ。


 都筑市内へ入り、市の名を冠するインターで降りる。

 工場地帯と田園が交互に見える風景を切り開いて車は進む。


 しばらくすると、やがて都筑ニュータウンへ入った。

 スプロール化防止のため市の事業として造成された先進都市。

 直前までの景色を思うと、急速に別世界に入ったような気さえする。


 自然も多く、住み良さそうな街ではあるが、用事があって来るような場所ではない。

 この辺りはアミティエ第一班のホームグラウンドである。


 携帯端末が鳴った。


「大変だよアオイちゃん! 地下鉄に乗ってたのにいつの間にか外にいるよ!」


 通話を繋げるなりマナの素っ頓狂な声が耳を打つ。

 イラっとしたが態度には出さず会話を続けた。


「わかったから、適当な駅で降りてこっちに向かいなさい」


 マナには地下鉄で直接この街に向かうよう指示を出している。

 滅多に利用することがないが、久良岐市から都筑ニュータウンまでは地下鉄で一本だ。

 駅が地上に出るのは逆側の終点近くも同じはずなのだが……


 マナを途中で拾う方が効率がいいが、後部座席が三人になるとテンマがキレかねない。

 彼女の能力は隠れてこそ真価を発するので、最悪戦闘中に駆けつければ事足りるだろう。


「……で、あなたの言う通りこんな所まで来たわけだけど、ショウの居場所に見当はついてるんでしょうね」


 アオイは窓の外を眺めながら後部座席のテンマに尋ねた。

 討伐隊を組んだとはいえ、ショウは依然として行方知れずのままである。


「第一班の必死の捜索でもわかっていないのよ? 地道な聞き込みで見つかるとは思えないわ」

「んなことするかよ。当たりはついてるに決まってんだろ」


 テンマの当然だろと言いたげな表情が癇に障る。


「おっちゃん、そこ右な」


 テンマが指示を出す。

 ブラックスーツの運転手は無言でそれに従う。

 やはり彼にはショウの居場所がわかっているのだろうか?


「ふあ……」


 レンが目覚めた。


「お目覚めね。もうすぐ着くらしいわよ」

「はい……」


 まだ半分夢の中らしい。

 眠そうに眼をこすっているのがルームミラー越しに見えた。

 こうした年相応の振る舞いを見ていると、彼の実力をよく知っているアオイでさえ、ショウに対する切り札として頼ることに不安を覚えてくる。


 しかし今さらだが、レンとテンマが共同戦線など張れるのだろうか?

 協調性の欠片もなく戦いばかりを繰り返してきたレン。

 彼に少なからず蟠りを持っているテンマ。

 どう考えても仲間割れをする姿の方が容易に想像できてしまう。


「ほらよ」


 テンマがレンに何かのビンを差し出した。


「眠気を覚ましとけ。着いたらすぐやり合うことになるからな」

「え、あ、ありがと」


 どうやら栄養ドリンクの類のようだ。

 まさかこの状況で毒などは盛るまいが……

 テンマらしからぬ気遣いに違和感を禁じえない。


「どういう風の吹きまわしかしら。いつの間に仲良くなったのか経緯を聞かせてほしいわ」

「別に仲良くしてるわけじゃねーよ」


 皮肉交じりに投げかけた言葉をテンマは笑って否定する。


「あのショウを正面から相手にできる可能性があるのはコイツだけだ。わかってんだろうが、俺たちはサポートに徹する。このガキが戦いやすい状況を作るためにな」


 それもまた驚きの発言である。

 この男が他者の援護役を自ら買って出るとは。


「明日は季節外れの大雪かしら」

「何度も言わせんな。相手はショウだぞ」


 その短い言葉には彼を知る者ならば誰もが納得するだけの説得力が合った。

 テンマはまだしも、アオイに至っては能力の相性からしてまるで相手にならない。


 ショウの≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫は神器と呼ばれるJOYである。

 その特性の一つは絶対防御。

 素手や手持ち武器による直接打撃以外の攻撃は無条件に通じない。


 さらにその強度も無敵に近い。

 対戦車砲を撃ちこまれてビクともしなかった事もある。

 その際、不敵に笑っていたショウの姿を思い出して、アオイは思わず身震いした。


 インチキ能力もいいところだが、肉体強化と素手による攻撃を得意とするレンはむしろ相性がいい。

 あとはアオイたちがショウの攻撃からレンを守りつつ、彼が有利になるようサポートすれば、そこそこ有利に戦えるはずだ。


 逆に言えば、班長クラスが二人も援護に回ってようやくまともに戦える相手ということである。


「そこだ、停めてくれ」


 テンマの声に従って運転手が車を停止させる。


「着いたぜ」


 見たところ何の変哲もない住宅街の一角である。

 隠れ家的なものがあるとは思えないし、そもそもこの街は第一班のお膝元だ。

 灯台下暗しとは言うがこっそり潜伏して見つからないわけがない。


「いったいショウはどこにいるというの?」

「人払いのジョイストーンは持ってきてんだろ? 使っておけよ」


 テンマは質問に答えずにさっさと一人で車から降りた。

 無視された苛立ちを紛らわすためアオイは大きな溜息を吐く。

 マナに位置情報を添付したメールを送信してから彼の後に続いた。


「どうもありがとう」

「あ、いえ……」


 レンも運転手にお礼を言って外に出た。

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