3 どうにもならない実力差

「新九郎!」


 公園の入り口方向で青山紗雪が叫ぶ声が聞こえた。

 隣にはマークとかいう外人もいる。


 シンクは歯を食いしばった。

 ショウからは見えない角度で拳を握りしめる。

 逆転の可能性があるとすれば、ショウがあいつらに気をとられた瞬間しかない。


「なんだよ。本当にもう終わりなのか?」


 倒れたまま起き上がらずに顔を俯け、心が折れた演出をする。

 やる気を失ったシンクに呆れたようにショウはつまらなそうに息を吐く。


 ここだ。

 力を振り絞って空間を渡る。

 次に現れたのは紗雪の背後、マークの目の前。


「あ」

「悪く思うなよ、ロックスターさんよ」


 ショウは無理でも、こいつはどうだ。

 どうせ両方の相手をすることになるんだ。

 だったらまずこいつを潰して人質として使う。


 マークの胸倉を掴む。

 手加減なしでぶん殴るため、右腕に岩石を纏わせる。


 彼は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、


「それはダメだよ。ミステイクだ」


 すぐにそれは憐れみの表情に変わる。

 何がだと思った直後、シンクの背中に焼けるような痛みが走った。

 鋭い刃物で斬り付けられたみたいだった。


「おいおい、そりゃねえだろ。卑怯者かよ」


 襟首を掴まれて後ろに引っ張られる。

 ショウの顔を間近に見たとき、シンクは敗北を悟った。


 絶対に負けられない時は何度だってあった。

 そのたびにシンクは勝つためなら何でもやってきた。

 思いついた戦法は卑怯だろうとやり過ぎだろうと実行してきた。

 それで実際にいつも勝ってきた。


 JOY能力を手に入れてからも格上相手に負けなかった。

 レンや亮にも勝ったし、アオイやテンマにだって今なら簡単に負けるとは思わない。


 それなのに……

 この男にシンクは、手も足も出なかった。


 卑怯な手を使ってもダメ。

 相手の裏をかこうとしてもダメ。

 どうにもならない絶対的な実力差がある。


「が……っ」

「さっき人をテロリスト呼ばわりしてたけど、悪人はどっちだよクソ野郎」


 腹に重い一撃が撃ち込まれ、シンクの意識は途切れた。




   ※


 どうやら決着はついたらしい。

 思った通り、ショウは傷一つ負わっていない。

 やっぱり楽勝だった。


「というか、大丈夫なのその人? やり過ぎてない?」


 トドメの圧縮空気弾はともかく、背後からの真空波は強烈だった。

 まさか殺しちゃないとは思うが傷は深いんじゃないだろうか。


「手加減してる余裕がなかったんだよ。お前が狙われるとは思ってなかったからよ」

「いやあ、卑怯だけどいい作戦だったと思うよ。相手がショウじゃなきゃね」


 彼の立場を考えれば一般人の女の子を守るための負けられない戦いだった。

 下手に格好つけて正々堂々戦ってやられるより正しい判断だろう。


 もっとも、ショウはこういう相手の弱い所を狙う手段を非常に嫌う。

 結果として余計に怒らせる結果になっただけだったのはやられた彼にとって不幸だった。


「そういや新しい第四班の班長は相当キレた男って噂だったな。どうするよコイツ?」

「一緒に連れて行けば? 彼はいろいろと誤解してるみたいだからね」

「まあそれが一番か。よし、それじゃ――ぶべっ!?」


 何かを言おうとしたショウの言葉が不自然に途切れた。

 マークは目の前で起きたことがにわかには理解できなかった。


 冷静になって状況を整理する。


 とりあえず、ショウが吹き飛んだ。

 正確には横からの攻撃を食らってぶっとばされた。

 彼らのターゲットである青山紗雪という少女が思いっきり振りかぶったカバンによって。


「このっ、新九郎の仇っ!」


 血気逸る少女を呆然と眺めながらマークは思う。

 いやいや待ってよ、おかしいよねこれ。


 だってアミティエの班長だっていうあっちの少年はもうやられたじゃない。

 何をやってもショウにはダメージ一つ与えられなかったんだよ。

 守られる立場の彼女にぶっ飛ばされるとか変だよね?


 接近しての直接攻撃に対しては≪神鏡翼ダイヤモンドウイング≫のオートガードは発動しない。

 まさかの不意打ちを食らったが、ショウは空中で回転して体勢を立て直した。


「でやあっ!」

「うわっ!


 少女はマークにも殴りかかって来た。

 後ろに跳んで避けるが、カバンの風圧だけで前髪が浮き上がる。


「なんだなんだ。その女、SHIP能力者かよ」

「そうみたいだね」


 まあ、可能性としては十分にあり得た話だ。

 なにせ『剛力』の力を持つあの人の血縁者なんだから。


「あんたたち、絶対に許さないからねっ。警察呼んでやるんだから!」


 能力者の存在を知ったばかりで、しかも守ってくれる味方がやられたばかり。

 にもかかわらず恐れずに攻撃してくるとはたいした胆力だ。

 強い女性には好感が持てる。


「つーかなんで班長の知り合いにSHIP能力者がいてほったらかしなんだよ。この辺りは三班……いや二班の管轄か? なあ、力づくで連れて行ってもいいよな?」

「あまり強引なのは嫌だなあ。ボクたちは悪役じゃないんだし、何より女の子に乱暴はしたくない」

「でも話し合いは無理そうだぜ。こいつの中じゃ俺たちは彼氏をぶっ飛ばした悪役だろ」

「彼氏じゃない! ないけど、新九郎を傷つけたのは絶対に許さないわよっ!」


 さてどうしたものかとマークが迷っていると、彼女の体に異変が起こった。

 居丈高にこちらを指差し、やるならやってやるぞと言いたげな姿勢のまま青山紗雪は……


 凍りついた。


「な……!?」


 文字通りの氷結である。

 一瞬にして、急激に、青山紗雪の全身が氷で覆われた。


 何かをした様子もされた様子もなかった。

 彼女からは一秒も目を離していないから間違いない。

 強気な表情すらそのままに、物言わぬ氷像になってしまった。


「おいマーク。乱暴な手段は使わないとか言ったのはなんだったんだ?」

「違う、ボクじゃない」


 完全な誤解だが、ショウですらマークが何かしたと思ったくらいだ。

 彼女に何かができるような距離にいたのは自分しかいない。


 ふと、彼が普段から周囲に張り巡らせている電磁網に何かが引っ掛かった。

 この感覚は能力者の接近だ。


「誰か来……」


 ショウに報告しようとした直後、無数の氷礫がどこからともなく飛んできた。

 マークは電磁バリアを張り、ショウはオートガードに任せるまま飛来物を防ぐ。


 女の声が聞こえた。


「さすが私の紗雪ね。役立たずの誰かと違ってよく頑張ったわ」

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