9 厄介な幼馴染
目が覚めると、ちょうど六時限目の授業が終了する時間だった。
チャイムが鳴り響く中、シンクは見事な精度を誇る自らの体内時計に感謝する。
一度教室に戻ってカバンを取ってから学校を出る。
そして裏路地に停めてある愛車ZZRの所に向かった。
「あーっ、新九郎!」
カバンの中からキーを探していると、面倒くさい奴に見つかった。
とりあえずシンクは無視して急いでキーを取り出す。
エンジンに火を入れ、いざ走り出そうとシートに跨った途端、ものすごい力で襟首を掴まれた。
「待ちなさい、こら!」
「痛てーよバカ!」
幼馴染の青山紗雪である。
何かというと干渉して世話を焼きたがる厄介な奴だ。
最近ではそれだけではなく、ショタコン属性が追加された変態でもある。
「バイク通学なんて校則違反して! これからレンさんとデートするつもりなんでしょ!」
「しねーよ!」
上海の龍童ことレンはシンクのマンションに居候している少年のこと。
こちらはマナ先輩と違って実年齢も若い正真正銘の子どもである。
紗雪はレンに会うきっかけを作るため、前にも増してよく声をかけてくるようになった。
ちなみにこいつは能力者組織とは何の関係もない一般人である。
レンの正体も詳しく知らないはずだ。
「今日は電車が止まってるってニュースで言ってただろ。遅刻するよりマシだろうが」
「大人しく遅延証明をもらってくれば文句なんて言われないわよ」
「わかった、次からはそうする。じゃあな」
「待ちなさいってば!」
一刻も早く逃げ出そうとシンクはバイクのアクセルを捻った。
だがなんと紗雪は動き出したバイクのリアサスを強烈な力で掴むと、無理やり持ち上げて後輪を浮かせやがった。
地面をグリップしなくなったタイヤがものすごい勢いで空転する。
「非常識なことするんじゃねーよ! 怖えーから降ろせ! いや降ろして! 逃げないから! マジで怖い!」
必死の説得が通じたらしく紗雪は掴んでいた手を離す。
着地と同時にシンクは約束を反故にしてアクセルを捻りバイクを走らせた。
だがやはりこの女を出し抜くことは不可能であり、颯爽とリアシートに飛び乗って来やがった。
「おい降りろ」
「嫌。いいからレンさんの所に連れて行きなさい。さもなきゃ誘拐されるって大声で叫ぶわよ」
「脅迫かよ。つーかお前ノーヘルだぞ。予備の半ヘルとか用意してないからな、見つかったら捕まるのはお前だぞ」
「じゃああんたの被ってるヘルメットよこしなさいよ。不良なんだからヘルメットくらい被らなくっても平気でしょ」
「余計に捕まるわ!」
このまま走って警察に追われるのは面倒くさい。
大人しく数メートル走ったところで停車した。
しかし最近よく思うのだが、シンク周りにはいろんな女がいるけれど、一番厄介なのは一般人のはずのこいつかもしれない。
「そう言えば聞きたいことがあったんだけど」
「なんだよ」
「あんた最近、竜崎先輩とよそよそしくない?」
竜崎先輩というのはアオイの本名だ。
以前は彼女とも学校ではそれなりに会話をしていた。
あの夜以来、全く接することがなくなった事を紗雪も気づいているらしい。
「別にたまたまだろ」
「嘘よ。あからさまに避けてるじゃない」
「元々学年が違うんだし、わざわざ喋る用事もないしな」
「そうだけどさ。前はあんなに仲良かったのに」
あれが仲良くやっているように見えたのなら脳だけじゃなく目も腐っている。
「お前こそどうなんだよ。いい加減に観念してアオ……ひまわり先輩とヤッたのか?」
「ヤッとらんわ!」
「年中発情っしっぱなしだと疲れるだろ。どうせレンからは相手にされてないんだし、せっかくだからひまわり先輩に慰めてもらえよ」
「人を変態みたいに言うなバカ!」
方向性は違うが少年に固執してるお前も十分に変態だと言いたい。
しかし、うっかりアミティエでの呼び名を言いそうになって、二度と呼ばないと決めたアオイの本名を口にしてしまったが、どうでもいいことである。
「どうしたの?」
はずなのだが、微妙な心の動きを悟ったらしい紗雪が肩越しに覗き込んできた。
「別に」
「なんか最近あんた暗いわよ。何か悩みがあったら相談に乗るから言ってみなさい。私は全然心配じゃないけど、レンさんが気にしたらいけないじゃない?」
本当に自分の心に正直だこと。
シンクは小学校時代に何度か会ったことがある紗雪のお袋さんを思い出た。
女手一つで頑張って育てた娘がこんな変態になってしまったことに、心の中でお悔やみの言葉を捧げておく。
シンクがどうやってリアシートから動こうとしない紗雪を振り落として逃げようかと考えていると、
「……っ!」
ふと、奇妙な感覚に襲われた。
不思議な風が吹いた。
何がどう不思議なのかはわからない。
言葉では説明できそうにない、違和感としか表現できない。
匂い? 空気?
そのどちらとも違う。
ただ、無性に嫌な予感がする。
「ん、どしたの?」
紗雪がシンクの肩を叩く。
シンクは低い声で言い返した。
「俺の傍から離れるな」
「な、なによいきなり」
直前まで厄介なお荷物だった彼女が途端に脆弱な護衛対象に変わる。
このまま紗雪を傍に置いて大丈夫なのか……?
そう思った直後、曖昧な違和感は明らかな確信に変わった。
人払いの結界が張られた。
ジョイストーンさえあれば誰でも使えるJOY。
だが、SHIP能力者の捕獲には欠かせない重要な能力だ。
その効果は周囲から能力者以外の人間を排除するというものある。
近くにJOY使いがいて、これから何かを行おうとしている。
そうでなければ絶対に起こり得ない感覚である。
そしてシンクは見つけた。
すぐ近くの民家の屋根の上に。
こちらを見下ろしている二人組を。
片方は知らない。
シンクと同じ年くらいの金髪の少年。
だが、隣にいるもう一人の男のことはよく知っている。
やや長めの後髪、水色のジャケット。
目が合っただけで思わず身構えてしまう圧倒的な存在感。
それは昨日、さんざん話題に出た人物。
彼のことを口にする者はみな畏れと憧れを込めてその名を呼ぶ。
最初期からの能力者と呼ばれ、アミティエだけならず、すべての能力者組織で最強と呼ばれる男。
「ショウ……か?」
屋根の上の二人はニヤリと笑うと、音もなく目の前の道路に飛び降りた。
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