第十二話 ファーメモリー

1 ショウとマーク

「あいつで間違いないんだな」

「ああ……間違いないよ。本当にあの人そっくりだ」


 いきなり現れた、行方不明のはずのアミティエ第一班の班長。

 彼はシンクを無視して隣の外国人となにやら話している。


 一体何なんだ。

 シンクは彼らの意図が測れない。


「ところで、隣にいるのは誰だ? なんで結界の中に入って来てるんだろう」

「本人に聞いてみればいいだろ。なあ、そこのお前、もしかしてSHIP能力者か?」

「あ?」


 ショウの視線がこちらを向く。

 明らかにシンクに対して呼びかけていた。


「誰か知らないけど、よかったら一緒に来るか? 悪いようにはしないからよ」

「なん、だと……!?」


 シンクはジョイストーンを取り出した。

 拳が痛みを覚えるほど強く拳を握り、能力を発現させる。

 一般人である紗雪が傍にいることすら気にならないほど頭に血が上っていた。


「あれ、JOY使い?」

「もしかしてアミティエの人間なんじゃないのか? 君が覚えてなかったから怒ったんじゃ……」

「いや……さすがに全員の顔を覚えてねえし――」


 二人の緊張感のない会話は強制的に中断させられた。

 ≪空間跳躍ザ・ワープ≫で背後に回ったシンクが奇襲をかけたのである。


 確実に当てるつもりの蹴り。

 しかし、シンクの攻撃はあっさりと躱された。

 ショウは最低限の動きで横に移動してこちらの目測を誤らせたのである。


 二人はこちらを振り向いてから大きく飛んで距離を取る。


「あー、思い出した。あいつオムの代わりに新しく第四班の班長になった奴だ」

「おいおい、班長の顔くらい覚えておきなよ。そりゃ怒るのも当然だよ」

「代替わりしたばっかりだし、まだ数回しか会ってないんだよ」


 二人の態度を見る限り、シンクに用があるわけではないらしい。

 ならば何のために姿を現した?


 本気ではなかったとはいえ、瞬間移動からの奇襲を難なく避ける男。

 最強の能力者という異名は伊達ではないようだ。


「ショウって言ったな。あんた、行方不明になったんじゃなかったのか」

「ん? ああ、そう言うことになってんのか。まあ連絡もしてないし、当然か」

「そりゃそうだろ。アミティエの人間に見つかったらこうなるに決まってるじゃないか」

「そうだな……じゃあお前、みんなに伝えておいてくれよ」


 ショウは偶然出会った知り合いに対して頼み事をするような気軽さで言う。


「俺はこうしてピンピンしてるし、タケハたちも元気だから安心しろってさ」

「だからこんなところで何やってんのかって――」


 要領を得ないショウの言葉に苛立ちが募る。

 さらに詰め寄ろうとしたところで、シンクの服を紗雪が引っ張った。


「ねえ、新九郎」


 しまった。

 つい頭に血が上って、こいつの前で能力を使ってしまった。

 

 一般人に能力を見られた場合はどうなるのだろう。

 まさか紗雪をアミティエに引っ張り込むハメになるのか……


「あの人たちと知り合いなの?」


 当然、今の瞬間移動について聞かれると思った。

 ところが紗雪が発した問いは予想とは少し違っていた。


「知り合いってほどじゃねーけど……まさかお前、あいつのこと知ってるのか?」


 ショウに向かって親指を立てて示してみせるが紗雪は首を横に振る。


「そうじゃなくて、あっちの人」


 紗雪が指差したのはショウの隣にいる外国人の方。

 どこかで見た覚えがある気もするが、少なくともシンクは面識がない。


「えっと、マーク=シグーさん……ですよね?」

「オゥ! ボクのことを知ってくれてるんですか?」


 マークとかいう外国人は表情を輝かせ、大げさに驚いて見せる。


「うわっ、本物のマークだよ! どうしよう新九郎!」

「うるせえよ。誰なんだよ一体」

「誰ってあんた、クリスタの歌手じゃない!」

「クリスタって、あのクリスタ合酋国かよ?」

「他にどのクリスタがあるのよ。っていうか、世間じゃジャイケル以来の大スターって言われてるアーティストよ! ニュースくらい見なさいよ!」

「ハハハ! 日本でボクはそんな風に言われているのかい?」


 知り合いどころか有名人だった。

 だが、なぜ外国の歌手がこんなところに?


「しかもあれよ。お父さんはなんとかっていう企業の社長で、えーっと」

「ミューなんとかってやつか」

「そうそれ。なんだ知ってるんじゃないの」

「ニュースで見たのを思い出したんだよ。初めて出したアルバムの売り上げが世界歴代五位に入ったんだよな」

「五位じゃなくて四位だけどね」


 シンクはテレビはほとんど見ない。

 だが、携帯端末で送られてくるニュースアプリにはきちんと目を通している。

 すごい歌手が来日したという話は知っていたが、顔と名前までは覚えていなかっただけの話だ。


「で、なんでそんな奴がアミティエ第一班の班長と一緒にいるんだよ」


 シンクは改めてマーク本人に尋ねた。

 雰囲気からしてこいつは話が通じそうな気がする。


「実はショウとは古い友人でね。久しぶりに会ったので、個人的な用事を手伝ってもらってるのさ」

「あんたも能力者なのか」

「まあね。君たちのJOYやSHIP能力とは少し系統が違うけど」


 マークが人差し指を立てる。

 その先端からバチッという音と共に青白い光が生まれた。

 電気使いとは初めて見るタイプだが、JOY使いと違うのか……?


「自己紹介とかはいいからよ。さっさと用事を済ませようぜ」


 痺れを切らしたショウがマークを横に押しのける。

 ショウの視線はシンクではなく青山紗雪に向いていた。


「そこのあんた、悪いけどちょっと俺たちと来てくれよ」

「え、え?」


 紗雪は不思議そうな顔でショウとシンクの顔を見比べる。

 シンクは彼女を庇うよう背中に隠した。


「こいつはアミティエやJOYの事すら知らない一般人だぞ。どこに連れていこうってんだ」

「ALCOのアジトだけど?」


 ショウの口からその単語が出ると同時に、シンクは紗雪と一緒に空間を渡った。

 瞬間移動を使ってショウたちとの距離を大きく放す。


「ええっ、なになに、なに今の!?」


 急なことに紗雪はパニックになる。

 能力のことなんか知らないんだから当たり前だ。

 さっきシンクがやった奇襲攻撃はよく見ていなかっただけらしい。


「……ショウ。いくらなんでも正直に言いすぎだよ」

「なんだよ。どうせすぐにわかる事なんだから一緒だろうが」

「君はボクたちと行動を共にしてからアミティエと連絡を断ってるんだろ。いきなりそんなことを言ったら警戒されて当然じゃないか」

「ねえ、もしかして今のって瞬間移動!? 新九郎って超能力者だったの!?」

「ちょっと黙っててくれ」


 ルシフェルの懸念していたことは当たっていた。

 ショウはすでにALCOの側についている。


「あんた、ALCOのやつらに負けて洗脳されたんだな」

「は? 負けてねーし。つーか洗脳って……ん? そうなのか? 俺は洗脳されてるのか?」

「なんで疑ってるんだよ。和代さんの話を聞いて納得したんじゃないのかよ」

「いや、あり得なくもないかなと思って」

「というかキミ、香織さんに負けただろ。一発でやられたじゃないか」

「負けてねーし。あんな不意打ちは二度と食らわねーし。もう一回やりゃ勝つし」


 何なんだこいつは。

 いきなり出て来て紗雪をALCOのアジトに連れて行くとか。

 かと思えばシンクの言葉を真に受けて、自分が洗脳されてる可能性を疑ったり……


「まあいいや。そうならそん時考えりゃいいことだ。とにかく、今はその娘を連れていくぜ。間違ってたらちゃんと謝って帰してやるからさ」


 いや、違う。

 こいつは自分が間違っていても関係ないのだ。

 たとえ過ちを犯しても、後からいくらでもやり直せると思っている。


 いざとなれば、全てを敵に回してでも、自分の意思を通すことができる力を持っている。


「はいそうですかって渡すと思ってるのか?」

「お前も来ていいぜ。班長クラスなら神田も悪いようにはしないだろ」


 非常に気に入らない。

 最強の能力者とやらはそんなに偉いのか。

 自分の気分次第で好き勝手に振る舞っても許される人間なのか。


 亮はあんな風に殺されたのに。

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