5 最強降臨

「ふざっ、ふざ、ふざけんなぁ!」


 折原は怒りにまかせて携帯端末を地面に叩きつけた。

 周りの取り巻きが慌てて駆け寄るが、もう遅い。


「ああ……」


 ディスプレイに大きなひびが入っている。

 折原の取り巻きたちはこの世の終わりのような表情で地面に膝をついた。


 しかし折原はそんなことを気にも留めない。

 八つ当たり同然の処罰はもう少し怒りが収まってからだ。


「どういうことだよ! なんのために情報を提供してやったと思ってんだよ! くそが、なんなんだよ! その土壇場の裏切りはよぉ!」


 電話の相手は反ラバース組織ALCOの構成員……を名乗る女だった。

 といっても顔を合わせたことはなく、電話でのやり取りだけの関係である。


 これまでポシビリテとALCOは密接な協力関係にあった。

 打倒ラバースという共通の目的があったからだ。


 先に接触をしてきたのはALCOの方だった。

 どこで知ったのは知らないが、折原の携帯端末に電話してきたのだ。

 奴らが信頼の証にと提供してきたのが、ラバース本社から決死の覚悟で盗み出したという≪白き石の鎧≫である。


 折原個人としてはALCOとの信頼関係などどうでもよかった。

 ラバースを打倒してSHIP能力者を解放するという目的さえ達成できればいい。

 テロ組織なんぞと利益を分かち合う気は毛頭なく、どこか都合のいいところで切り捨てる予定でいた。


 最初から捨てゴマのつもりで仲間に誘ったオムの動向を教えてやり、さらに彼を始末するための刺客を放ったのも、あわよくば邪魔者を一網打尽にしてやるつもりだったからだ。


 だが、ここにきてALCO側から突然の手切れ宣言を受けた。

 しかも、オムを見張らせた二人の≪白き石の鎧≫使いに、上海の龍童とアミティエ第三班班長が横槍を入れたという情報と一緒に。


 第三班班長だけならともかく、たった二体で上海の龍童を相手にするのは荷が重すぎる。

 十個しかない≪白き石の鎧≫のうち二つが失われるのは痛手だが、諦めるしかないだろう。


 だが、一体なぜこのタイミングで絶縁状を突きつけてきた?

 まさか裏をかこうとしていたのがバレたのだろうか。


 いや、だとしても変だ。

 こちらの戦力はまだまだ大量に残っている。

 第三班襲撃は成功したし、大量のジョイストーンも手に入れた。


 三体の≪白き石の鎧≫を投入した第二班攻略組が敗北する可能性はまずないし、最初に龍童襲撃に失敗した三体の分も回収させたので、この場には五体の≪白き石の鎧≫がある。


 少なくともフレンズ襲撃は成功させる。

 こうなったら早いうちに作戦を完遂させてやろう。

 そう思った直後、流行りのポップス音楽が足下から流れてきた。


 折原の携帯端末である。

 どうやら通話機能は壊れていなかったようだ。


「ど、どうぞ……」

「早く寄こせボケ!」


 取り巻きが恐る恐る拾い上げた携帯端末を差し出す。

 折原はそれをひったくるように奪い取り、ついでにそいつの顔面を蹴り飛ばした。


「誰だ、おい。くだらない用事だったらぶっ殺すぞ」


 サイドボタンで通話を許可するが、ディスプレイが割れているため着信相手はわからない。

 苛立ちを露にしながら電話に出ると、聞こえてきた声は聞き覚えのない男のものだった。


「ずいぶんなご挨拶だな。わざわざ連絡を入れてやったのによ」

「……誰だテメェ」

「お前たちが殺そうとして失敗した相手だよ」


 そのセリフで相手が誰なのかがわかった。

 殺害に失敗した相手ならあいつしかいない。


「そうか、テメェが上海の龍童か」


 倒したポシビリテのメンバーから携帯端末を奪ったのだろう。

 宣戦布告でもするつもりか、もしくは仲間をやられた怒りをぶつけるつもりか。


 しかし、折原の予想はどちらも外れた。


「は? あんなガキと間違えんな。俺はアミティエ第二班のテンマだ。お前んところの紛い物は全部始末してやったから、一応教えといてやろうと思ってよ」

「なんだとぉ?」


 ありえない。

 第二班攻略には過剰ともいえる戦力を注いだのだ。

 総長のテンマと同等クラスの力を持つ≪白き石の鎧≫を三体も投入したのである。


 ちょっとした軍隊相手でも壊滅できるだけの戦力だぞ。

 ここだけは何があろうと鉄板のはずだろうが。


「フカシこいてんじゃねえよ。テメェ、一体どうやってこの携帯の番号を調べた」

「お前の仲間の携帯を使ってるに決まってんだろ。信じないなら別にいいけどよ、アミティエを舐めた礼はさせてもらうぜ。今から潰しに行ってやるから首を洗って待ってろよ」 


 まさか、本当なのか?

 三体も投入してテンマに勝てなかったというのか?


 そんなはずはない。

 スペックだけなら間違いなく第二班の班長と互角なのだ。

 それは折原も自身の目で確かめたし、経験の差を考慮して数で圧倒させるようにした。


「なんでだよ……なんでだよ……おかしいだろ……」


 あまりに計算違いが続く状況に折原は思考停止してしまう。

 次の作戦行動が組み立てられない。


 そうして数秒も黙っていると、電話の向こうのテンマは不思議なことを言った。


「と、言いたいところだけどよ。残念だけどお前らはもう終わってるんだよな」

「……あ?」

「すぐにわかるさ。ああ、そろそろ到着する頃だと思うぜ」


 突如、上空から突風が吹いてきた。

 遅れて衝撃波と共に何かが地面に落下する。


「ちょうど到着したみたいだな。んじゃ、後はそいつに任せるわ」


 通話が一方的に切られた後も、折原は携帯端末を持ったまま呆然としていた。


 ありえない。

 この状況こそあり得ない。

 なんで、お前がここにいるんだよ。


「よう。お前がポシビリテとかいう組織のリーダーか?」


 アミティエ第一班班長。

 すべての能力者組織の頂点に立つ男。

 長めの後ろ髪を風に靡かせるその男の名前は、ショウ。


「な、なんでお前が日本に戻ってきてるんだよ!」

「あん? お前らが暴れてるって聞いて、わざわざクリスタから戻って来たんだよ」


 クリスタ合酋国は言わずと知れた太平洋の向こうにある世界一の大国だ。

 飛行機を使ったとしても帰ってくるまでに半日はかかる距離である。


 こいつが空を飛べる能力を有しているのは知っているが、呼ばれてすぐに戻ってこられるような距離ではない。

 なにせアミティエ第三班の襲撃からまだ二時間と経っていないのだ。


 いや慌てるな。

 落ち着け折原知香。

 常識的に考えろ。


 こいつは最初から近くにいたのだ。

 クリスタへ出向しているというオムの情報が間違っていたのだ。

 本当に使えない奴、はやく死ねばいいのに。


 冷静に考えれば逆に今の状況は好都合と言える。

 最強の障害である敵がたった一人で乗り込んで来たのだ。

 対するこちらはチームの最精鋭と、≪白き石の鎧≫が五個もある。

 たった一人の愚かな闖入者を屠るには十分すぎる戦力だ。


「ふはっ、ふふふ、あははははっ!」

「どうした?」

「バカな奴! 自分から飛び込んでくるなんてね!」


 折原は周囲のポシビリテメンバーたちに号令をかける。


「さあ、お前ら、このバカをやっちまいな! そうね……見事に討ち取った奴には、ご褒美に|罰≪・≫|を≪・≫|与≪・≫|え≪・≫|な≪・≫|い≪・≫|で≪・≫あげる!」


 一見意味不明だが、彼女の周りの人間にとってはとてつもない意味を持つ言葉である。


「えっ、あの……」


 しかし、中には理解力の及ばない愚かなメンバーもいた。

 彼が疑問を口にしようとすると、折原は憎しみさえ込めた目で睨みつける。


「さっさとしろよバカ! むざむざと敵にこんなところまで侵入されたグズ共が! お仕置きを免除してあげるチャンスをあげるって言ってるのに、あたしの優しさがわかんないのかよ!」

「ひっ……!」


 折原の『お仕置き』はポシビリテのメンバーを強固に縛る鎖である。

 怒鳴り声に反応するように、純白のジョイストーンを持っていた五人がそれぞれ前に出た。


 彼らは慌てて≪白き石の鎧≫を身に纏う。

 哀れにもその他のメンバーたちは絶望に染まった顔で震えていた。

 彼女の言葉を考えれば、彼らはどうやってもお仕置きを免れないと知ったからである。


「……なんか、聞きしに勝るクズっぷりだな」


 ショウは呆れたように肩をすくめる。

 そんな彼の態度がさらに折原を苛立たせた。


「うるせえ! お前ら、さっさとこいつをぶっ殺せ!」

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