6 第一班班長ショウの実力

 白い巨体が一斉にショウへと襲い掛かる。


 成人男性よりも二回りほど大きな体躯が猛スピードで駆ける。

 その光景は攻められる相手から見れば、自動車に突っ込まれるようなものだ。


 だがショウは動じないし、逃げようともしない。

 代わりにそっと右手を前に差し出した。


「ぶごっ!」


 先頭を駆けていた巨体が、ショウの目の前で見えない壁にぶつかった。

 動きを止めた背中に後続の敵が次々と突っ込み、全員まとめて折り重なって倒れてしまう。


「なにやってんだよ! 一人ずつかかれよ!」


 自分で競争心を煽っておきながら、折原は部下たちに文句を言う。

 彼女の目には仲間同士がぶつかって勝手に倒れたようにしか見えなかった。


「う、うおおおおおおっ!」


 最初に立ちあがった白い巨体が雄叫び上げる。

 腕を大きく振りかぶり、大振りのパンチを繰り出した。


「お前らも大変だな」


 同情するように苦笑しながらショウは無造作に横に跳ぶ。

 攻撃を避けると同時に全身から突風を放った。


「うわーっ!」 


 巨体がいとも簡単に地面に転がるほどの、とてつもない暴風である。

 他の班長達が土、氷、火を操るようにショウは風を操る。

 しかし、それは彼の能力の一部でしかない。


「やっぱ堅いんだな」


 吹き飛ばされた巨体にそれほどのダメージは見られない。

 ならば、とショウは掌の中で空気を圧縮させた。


「死ねぇ!」


 眼前に迫った次の敵の腕を潜り、胴体部に圧縮した空気をぶつける。


「よっと」

「うごおおおおっ!」


 衝撃の波が鎧全体に伝播し、真っ白な巨体が爆ぜる。

 さらに後ろから圧し掛かってくる別の敵に向かって腕を一振りする。


「せいっ!」

「ぎゃあああ!」


 生み出されたのは空気の刃。

 無数のカマイタチが石の鎧をバラバラにした。


「は……?」


 折原は口を広げたマヌケな顔で呟いた。

 あんな攻撃で、一瞬にうちに二体もやられた……?


「次」


 ショウはさらに次の敵の眼窩のくぼみを掴むと、そのまま天高く上昇する。


「う、うわあああっ! やめろ放せえ!」

「おう」

「放すなあああああ!」


 地上がはるかに遠くなったところで無造作に手を放す。

 落下した巨体は衝撃に耐えきれず、半身を粉々にさせた。


 これで倒された≪白き石の鎧≫のは三体。


「あと二人」


 ぴ、と二本の指を立てるショウ。

 そして指先を翻し、下から掬い上げる。


 さっきの数倍はする暴風が下から舞いあがった。

 風は次第に威力を増して渦を巻く。


「う、うわっ、うわーっ!」

「なんだこれ! なんだこれ!」


 残る二体がショウの発生させたに巻き込まれる。

 無数の瓦礫と共に暴風の中で身体の自由を失って空中で踊り狂う。

 白い巨体は互いに激突を繰り返し、どちらも真っ二つに割れて地面に落ちた。


 その直後、嘘のように竜巻は消失する。


「『大正義』を忘れてきたのは失敗だったな。武器があればもう少し楽にやれたんだけどな」


 あっという間に五体の≪白き石の鎧≫を破壊したショウはそんなことを呟いていた。

 これほどまでにあっさりとこちらの精鋭を潰しておきながら、本調子ではなかったというのだ。


 装甲を破壊されたメンバーたちは多少の傷こそ負っているのもの全員無事なようである。

 乱暴に暴れているように見えてショウは巧みな力加減をしていたらしい。


「で、どうする、首謀者さん。大人しく降参するか、それとも……」

「ふふ、ふふふふ」


 折原は顔を俯けた。

 そして気が触れたように笑う。

 ショウは特に警戒もせず彼女に近づいた。


 半径三メートルの距離に入った時、折原はフッと顔を上げた。

 その瞳には狂気の色が満ちている。


「かかったなボケが!」


 折原はポケットから取り出した黄土色のジョイストーンを掲げて能力名を叫ぼうして、


「その身で味わえ! 私の≪地獄審判デビルジャッジ≫の恐ろしさを――」


 途中で声を失った。


「って、あれ?」


 たった今、手にしていたはずのジョイストーンがない。


「あれ? あれ?」


 ポケットの中にもない。

 地面にも落としていない。

 服の袖の中も探したけどない。


 それは折原の後ろにあった。


「これが≪幻惑覚蟲フェイクワーム≫とかいうJOYか」


 いつの間にか自分の横をかすめ、背後に回っていたショウの手の中に。

 折原がジョイストーンを取り出した瞬間、ショウは超スピードで加速し、折原の手の中のジョイストーンを奪った。


 能力をインプラントしていないJOY使いは、ジョイストーンを奪われたらただの人。

 どんな強力な能力も無意味である。

 発動前の危機管理を忘れた折原の致命的ミスだ。


 ようやく能力を奪われたと気づいた折原は、目を見開いてジョイストーンを取り返そうとする。


「か、返せよぉ!」


 オモチャを奪われた子どものように、用心するでもなく突っ込んでいく。

 ショウは木の葉のようにひらりとかわしながら、事前に聞かされていた能力の詳細を反芻した。


「幻覚で恐怖を植え付けて強制的に人を服従させるんだって? とんでもなくゲスい能力だな」

「やめろ、バラすなよぉ!」


 完全に取り乱し、必死になって奪い返そうとするが、ショウは彼女に指一本触れさせはしない。


「私は強いんだぞ! 手下もいっぱいいるし、ラバースだって滅ぼせるんだからっ!」

「もう止めろよ。えっと、チカって言ったっけか?」

「その名前で呼ぶなぁ!」


 組織に登録された名前で呼ばれた折原は怒り、地面に転がった石を投げつけてくる。


「それはお姉ちゃんの名前だっ! お前たちラバースが奪った、私のお姉ちゃんのっ!」

「……そうか」


 彼女が言わんとしていることはわかる。

 ショウもその言葉が指し示す事とは無関係ではない。


 だが、アミティエ第一班の班長として、彼女の行いは見過ごすわけにはいかない。

 なにより彼女が信じていることはおそらく事実と少し違う。


 彼女はおそらく反ラバース組織に唆され、利用されているだけなのだ。

 それをこの場でいくら言って聞かせても無駄だろう。


 ショウはやるせない気持ちになりながら、折原知香の……

 かつてアミティエではチカと名乗っていた少女の鳩尾に拳を叩き込んだ。


「が……っ」


 彼女は意識を失ってその場にガクリと崩れ落ちた。

 大人しくさせるためとはいえ、女を殴るのは気持ちのいいものではない。


「ちっ」


 とにかくこれでショウの仕事は終わり。

 後始末と彼女の洗脳解除は別の人間の仕事だ。

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