第十話 エクスキューション

1 襲撃と援軍

「ったく、相変わらず次から次へと問題が起きやがる……」


 なんとかオムに勝つことはできた。

 だが、すでにシンクの体力は限界だった。


 ひまわり先輩から借りた『Dリング』とかいう防御ツールのおかげで致命傷こそ避けることができたが、隊長クラスであるオムの戦闘力はやはり並大抵ではなく、実はこうして立っているのもやっとなくらいなのだ。


 そこにきて第三班を壊滅させたテンマと同等のバケモノが二体だと?


「こりゃあ、ちょっとキビシイかもな」


 近くの林で姿に隠れてサポートしてくれているマナ先輩も、流石に二体同時に動きを止めるのは難しいだろう。

 それに動きを止めてもらっても、オムの時と違ってシンクの方に倒す手段がないんじゃどうしようもない。


 だからと言って諦めるつもりはないが。


「おいたすく。本当に余力は残ってないのか? 一発分も?」

「ああ。タバコに火をつけるのも無理だ」

「ちっ」


 シンクが舌打ちをする間にも、二体の白い巨人はズンズンと足音を鳴らしながら近づいてくる。


「っていうかあいつらは何者なんだよ。手短に説明しろ」

「中身は神奈川西部を担当している能力者組織だ。目的はアミティエ及びそれを統括するフレンズ社と、その大本たるラバースコンツェルンの打倒」


 要するに与えられた力に目がくらんで飼い主に噛みついたバカ共だとシンクは判断する。


「そんな大言壮語を吐く奴なんて反ラバース組織くらいかと思ってたぜ」

「ALCOも奴らに協力している可能性が高い。あの能力はラバース本社から盗み出されたものだ」

「なるほど、ひまわり先輩の言ってた件か」


 目がくらんだというより騙されていい様に使われてるってところか。


「で、お前もあんな奴らにのせられて寝返ったのか?」

「その辺りは詳しく語ると長くなる。だが、俺は決して騙されているわけじゃない」

「まあ、後で聞かせてもらうぜ。この状況をどうにかしてからな」


 あえて白い巨体に背中を向け、オムとの会話に集中しているように見せかける。

 すると背後の巨体が一気に距離を詰めてくる『色』がわかった。


 シンクは即座に瞬間移動する。

 その『色』の間後ろに現れ、目の前にある後頭部を蹴り飛ばす。


 が……


「痛ってぇ!」


 ダメージは全く与えられない

 どころか、あまりの固さにこちらが痛い目を見てしまう。

 ≪龍童の力≫の『闘』の段階を持ってしても、この巨体を倒すには全く足りないようだ。


「なめるなよ。この白鋼の鎧にそんなヤワな蹴りが聞くと思うか!」


 白い巨体がゆっくりと振り返る。


「なら、こいつはどうよ!」


 くぼんだ目の部分に氷の礫を浴びせ、再び空を渡る。

 ガラ空きになった胴に続けて爆炎パンチを食らわせる。


「おのれ、ちょこまかと!」


 だが、やはり攻撃は効かない。

 そうこうしていると、もう一体が仲間の飛び込んできた。


「死ねェ!」


 柱のような腕を振りかぶる。

 シンクは即座に宙を渡った。


「やべっ!」


 姿を現した位置に最初の一体が振り上げた腕が迫る。

 クールタイムが終わらず、再移動は間にあわない。


「オラぁ!」

「ぐっ……!」


 両腕でガードするが、Dリングの守りを持ってしても衝撃は殺しきれなかった。


 圧倒的なパワーを受け体が十メートル以上も吹き飛ばされる。

 なんとか着地して体勢を立て直そうとするが、すでに足に力が入らない。


「ちっ、ドジったぜ……」


 姿を現す位置を先読みしていたわけではないだろう。

 単なるマグレ当たりだが、今のミスはシンクにとって致命的だった。


 この真っ白な石の巨体、中身は戦闘の初心者なのか、テンマほど戦い慣れていない。

 だが攻撃力、機動力、そして圧倒的な防御力は操る人間が誰であれ恐ろしい兵器である。


「こんなものを量産するなんて、ラバース本社は何を考えてやがんだよ」


 恨み節を吐くシンクにとどめを刺すべく二つの巨体が迫る。


「くっ……やめろ、貴様らっ!」

「うるせえ、負け犬はどいてろ!」

「がっ!?」


 オムが守るように敵の前に割り込むが、白い鎧の腕の一振りであっさりと吹き飛ばされた。

 力が残っていないというのは本当らしく、派手に電柱に背中を叩きつけられる。

 懸命に立ち上がろうとするが、もはや彼に抵抗する術はないようだ。


 マナ先輩は今頃アワアワしながらこの状況を見ているのだろうか?

 間違っても興奮して姿を現さないでくれよとシンクは祈った。

 隠れていれば見つからずにやり過ごせるはずだから。


 あとは、自分が殺されないよう頑張るだけか――

 悔しいが敗北を悟ったシンクが目を伏せた瞬間。


 さらに二つの『色』が近づいて来るのを感じた。

 シンクの六つ目の能力は≪心理色彩ハートパレットリーディング≫という。

 人の感情を『色』という曖昧な状態で感じることができるという能力だ。


 本来なら大雑把な読心を可能とする程度の能力だが、こと戦闘に転じれば能力の『色』を見ることでエネルギーの波長を合わせたり、動きの先読みや伏兵の存在を察知したりと、存外にいろいろな状況で役に立ってくれる。 


 人払いをしているはずのエリアに接近できる人間はその効果を受け付けない能力者のみ。

 この現状でここに駆け付けられる能力者の心当たりは決して多くない。

 なにより二つとも見慣れた『色』の持ち主だった。


「あっはっは……」


 シンクは笑った。


「なんだ。恐怖で気が触れたか」


 白い鎧はシンクのそんな態度が狂ったように見えたらしい。

 もちろん事実は違う。


「いや、なんつーか……カッコ悪いなって思ってな」

「受け入れろ。圧倒的な力の前に弱者がひれ伏すのは当然のことだ」

「っていうか、この俺が助けられる側ってのがね」

「は? …………ぶべっ!?」


 無表情な石の仮面が首をかしげたように見えた直後、白い巨体はどこからともなく飛んできた小柄な人影に吹き飛ばされ、地面を転がった。


「あ……が……」

「貴様っ!」


 長い水色の髪をなびかせる少年に駆け寄ろうと、もう片方の巨体が走り出した。

 その進路を防ぐように、足元の地面にいくつもの氷の柱が降り注ぐ。


「人のしもべを好き勝手いたぶってくれちゃって。使い物にならなったら弁償させるわよ?」

「シンくんを傷つける奴、ゆるさない!」


 真っ黒なバトルドレスを纏い大きな丸い帽子を被った氷の女王、第三班班長アオイ。

 見た目は女児のようでありながら絶大な力を秘めた少年、上海の龍童レン。


 最強の助っ人たちがシンクの絶体絶命の危機に駆けつけてくれた。

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