9 ケンカの決着

 シンクの左手に炎が宿る。

 オムの炎に比べればあまりに脆弱。

 まがい物の力が、微妙な強弱を繰り返している。


「かかってきやがれ!」


 シンクが叫んだ。

 ぶつかり合えば彼の必敗は確実。

 勝機を掴むためにはカウンター狙いしかない。


 こちらの力を取り込んで、そのままぶつけ返す。

 そのために必要な能力をシンクは持っていると見た。


 相手の動きを先読みするかのようなトリッキーな戦法も、オムと同じように、他者のなんらかの感覚を察知していたのだとすれば頷ける。


 シンクは確実にこちらの炎と波長を合わせてくるだろう。

 力の強弱は関係がなく力を取り込むはずだ。

 オムはあえてその誘いに乗った。


「うおおおおおおおおっ!」


 渦を巻く炎。

 隊長クラスの全火力を乗せた拳の一撃。

 常にフルパワーを放出し続ける『炎魔の双碗』に小細工は必要ない。


 当たれば爆風が防御を吹き飛ばし、火炎が敵の体を焼く。

 爆撃のような一撃はまともに食らえば人間の身体など跡形も残さない。

 シンクがあの大型トラックに何を仕込んでいようと、軽々と吹き飛ばしてやれるだろう。


 シンクは避ようとしない。

 緊張か熱量か、額には汗が浮かんでいた。


 彼はそっと左手を突き出して、オムの拳を受け止めた。


「っ!」


 腕の先から力が吸い取られるような感覚。

 やはり、シンクはオムの攻撃を受け入れ、取り込もうとしている。


「があああああっ!」


 炎を失った拳が勢いだけでシンクの左手を跳ね飛ばす。

 だが、すでに膨大なエネルギーは敵の中にあった。

 体を一周した炎の力がシンクの右腕に宿る。


「そっくり返すぜ! うおおおおおおっ!」


 先ほどのオムと同等の声量で叫びながら、炎を吸収したシンクが反撃に転じる。

 自分自身の力による攻撃を受けることになってしまったオムは、しかしニヤリと笑った。


「勝負だ、新九郎ぅ!」


 オムは左腕を振り上げた。

 この『炎魔の双碗』はその名の通りに両腕に宿る。

 全力攻撃の直後にまったく同威力の攻撃をもう一度繰り出せるということだ。


 さらに、オムはやや右腕の力を弱めて攻撃を放った。

 つまりこれから放つ二撃目の攻撃はシンクが吸収した一撃目を上回る。


 騙し合いは俺の勝ちだ、新九郎!


 爆炎を纏った拳同士がぶつかり合う。

 まさにその刹那、オムの動きが止まった。


「……なっ!?」


 まるで見えない何かに全身を絡め取られたように左腕が動かせなくなった。

 眼前には威力を絞ったとは言え、確実な死を予感させる業火が迫る。


 ガードしようにも体が動かない。

 避けることすらできない。


 なにが起こったのかを考える余裕はなく、オムはとっさに残った力を爆発させた。


「うっがああああああああああああああああっ!」

「うおっ!?」


 生き延びるため、後のことなど何も考えず、炎と爆風を全身からまき散らす。

 直撃を受けたシンクは遠くに吹き飛び、アスファルトの路上に投げ出された。




   ※


 なんとか致命的な反撃を受けずに済んだ。

 最後に立っていたのはオムの方だった。


「はぁ、はぁ……」

 

 肩で息をするオムに、もはや闘う力は残っていない。

 あの一瞬、オムの体を拘束したのは明らかに何らかの能力だ。


 最後までオムは部外者の警戒を怠っていなかった。

 周囲から悪意は感じられなかったし、あれは明らかに班長クラスの力があった。


 ならば、あれはシンクの七番目の能力なのだろう。

 騙し合いには彼が勝ったが、最後はオムが地力でギリギリ勝利を掴んだ。


 とはいえ、ここまで力を使い果たしてしまっては、しばらく戦闘行為など不可能だ。

 反乱を止めるという目的を考えれば、シンクの勝利と言ってもいいだろう。

 オムはふらつく足取りで遠くに倒れている友人へと近づく。


 全力の一撃ではなかった。

 だが、至近距離で爆発を食らったシンクは無事ではないはずだ。

 殺し合い同然の戦闘をしておきながら今さらと思うが、生きているのなら医師を呼んでやりたい。


 万が一、彼が命を落としていたら、その時は……


「なんだと……?」


 オムは足を止めた。


 信じられない現象に呆然とする。

 数秒後、シンクが勢いをつけて立ち上がった。


「ちっ、流石に用心深いな。近づいた瞬間にぶっ飛ばしてやろうと思ったのによ」

「何故あれを食らって立ち上がれる?」


 シンクは気を失っていなかった。

 こちらの油断に付け込んで反撃を目論んでいたのだ。

 彼がそれを狙っていたのは、近づくにつれビンビンと感じる悪意でわかった。


 あれだけの爆風を受けて意識があるのか。

 死んでもおかしくないだけの威力だったはずだ。


「こいつのおかげだよ」


 オムの質問に対して、シンクは黙って左手を挙げて手の甲を向ける。

 彼の中指には指輪があり、中心の宝石からは奇妙な薄碧の光を放っている。


「ひまわり先輩から渡された。なんかよく知らねえけど防御力を上げるリングだってよ。まだ試作段階だけど、銃で撃たれようが車に撥ねられようが大丈夫なんだと」

「『Dリング』か……!」


 ラバース本社の一部の特殊部隊だけが装備することを許されている携帯式防御システム。

 装着すれば全身に防弾チョッキを着込んだような状態になる道具。

 オーバーテクノロジーもいいところだ。


 かつての『あの街』ではすべての能力者が携帯していたが、致命的な欠陥が見つかってからは、長い間お蔵入りになっていたレアアイテムである。


「さ、そんじゃ続きをやろうぜ。見ての通り遠慮は必要ないからよ」

「……実を言うと、さっきの一撃で力を使い果たしている。もう戦うだけの余力は残っていない」


 両手をあげ、ハッキリと事実を告げる。

 降参するから辞めにしようと言っているわけではない。

 昔から傍でシンクのことを見ていたオムは、彼の性格をよくわかっているつもりだ。


「だから、手加減してくれ」

「オッケー。んじゃ覚悟しろよ」


 龍童の力も、炎も纏わないただの一撃。

 シンクの拳がオムを殴り飛ばした。




   ※


 決着はついた。

 大の字でアスファルトに体を投げ出しながら、オムは友に問いかける。


「何か聞きたいことはあるか?」

「そりゃ山ほどな。俺が勝ったんだから、何を考えてこんなことやらかしたのか、洗いざらい喋ってもらうぜ」


 オムは苦笑いする。

 最初から説明はすると言っているのに。


 一度でも敵と定めた相手には、命の危険を冒してでも叩きのめす。

 そうしなきゃ話もできない直情な性格は相変わらずだ。


 もうオムはすべてをシンクに話すつもりでいた。

 知恵を借りたいとか、自分を止めてもらいたいなんて言うつもりはない。

 すでに腹は決まっているし、無理を通そうとしても、今のオムにはシンクを撥ね退ける力はない。


 この親友に自分の身を委ねよう。

 そのつもりで事実を語ろうとした、その直後のことだった。


 まったく別の悪意が急速に膨れ上がる気配を感じた。


「おいおい! オムの奴、やられちまったみたいだぜ!」

「しょうがねえから命令通りまとめて始末しちまおうぜ」


 彼らはすでに能力を具現化させていた。

 真っ白なロボットのような鎧に身を包んだ、二体の怪物。


「聞かなくてもわかるぜ。亮、どうやらお前もそいつらに騙されていたみたいだな」


 満身創痍の二人の前に現れたのは≪白き石の鎧≫が二体。

 折原の放った刺客は、どうやらオムたちの決闘を監視していたようだ。

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