6 シンク強襲
ミカと別れたオムたちは国道一号線を程ヶ谷方面へ向けて走行していた。
エンジンの爆音に心を浸しながらオムは考える。
ミカを置いてきたのは正しかった……はずだ。
オムのやっていることは組織に対する裏切りだ。
しかし、それを言うならアミティエの方こそ自分たちを騙していたのだ。
やってきたことを過ちであったと認めるには誰もが多くの罪を犯し過ぎた。
だが、SHIP能力者を救うという目標とは別に、自分にとっては第四班のメンバーたちもかけがえのない仲間なのである。
すべてが無事に終わったその暁には、彼らにすべての事情を説明して選択してもらおう。
より巨大な悪に立ち向かうか、本当の意味で日常に帰らせるか……
何をするにしてもアミティエを縛るフレンズ社という鎖は断ち切らなければいけない。
今は恨んでくれても構わない。
だから、自分はいつか来るその日のため全力で戦う。
少なくとも、こんな不安定な状態で自分と共に戦ってくれることを選んでくれた、この四人の仲間たちだけは何があってもリーダーとして守りたい。
そんな決意を新たにしながら、環状二号線との交点あたりに差し掛かった。
平戸立体の高架下を通り過ぎようとした、その時。
右から眩い光が突っ込んできた。
「っ!」
信号無視の中型スクーターである。
オムは加速してそれをかわすが、後ろの四人はどうなった?
「バカヤロウ! ぶっ殺すぞ!」
危惧したクラッシュ音は聞こえなかった。
代わりにリュウの怒声が辺りに響く。
「よせ、今はバカに構ってる暇はない」
自分たちも似たようなことをしているのだし、他人の危険運転に腹を立てている暇はない。
血の気が多い仲間たちを宥めようと振り向いたオムは、そこに違和感を覚えた。
後方に続く単車は四台。
だが、搭乗者が三人しかいない。
運転手を失ったしんがりの一台が、エンジンブレーキを効かせながら減速していく。
掴む者のいないハンドルが大きくブレて、やがてバランスを失い転倒。
地面に横腹をこすりつけながら路側帯に突っ込んでいった。
「ノリオぉっ!」
異変に気づいた他の三人も単車を停めて振り返った。
姿を消した仲間の姿を探し、あり得ない場所にその体を発見する。
表の顔は不良チーム
単車の腕前は班随一と言われているノリオ。
彼は高架の柱の傍で頭から血を流して倒れていた。
柱は横断歩道よりも外側で、しかも周りを高い柵に囲まれている。
相当な衝撃で吹っ飛ばされない限り、あんな場所で倒れているはずがない。
考えられる原因は数秒前に見た暴走車両――
その男は環状二号へと合流する一方通行路を逆走し、悠然とオムたちの前に姿を現した。
「よう」
「……新九郎!」
まぎれもなくオムの友人であり、第三班の壊滅から意図的に逃れさせた、新九郎こと紅蓮のシンクである。
オムはゾッとした。
こちらを睨むシンクから張り裂けるような悪意を感じたからだ。
それは仲間への騙し討ちに加担したオムに対する怒り。
何が起こったのか理解できず呆然としている仲間たちの前で、シンクは立てた親指を逆さにしてみせた。
途端、現状理解よりも早く仲間たちの怒りが暴発した。
「テメエぇぇぇっ!」
リュウ、ヤス、キーチ。
それぞれ表のチームを束ねる血の気の多い若者たち。
仲間を攻撃したと思われる乱入者に対する怒りを抑えることはできなかったようだ。
「ついてこいよ、クズ共」
「待ちやがれクソが!」
シンクは交差点を突っ切って環状二号を磯子方面に向かって走り去っていく。
オムが止める間もなくリュウたちは彼を追いかけて行った。
「くっ……!」
追わなければと思う気持ちもあるが、それよりもノリオの怪我の確認が先だ。
オムは歩道に車両を停めて柵を乗り越えノリオの傍にしゃがみ込む。
「大丈夫か!」
「ぐ、あ……っ」
意識はあるが朦朧としている。
強くぶつけた左腕は折れているようだった。
オムは携帯端末を取り出し、素早く救急車を呼ぶと、怪我人の状況と場所を告げた。
「すまないが、もう少し我慢してくれ」
シンクはオムでなく仲間を狙った。
ならば、彼を追って行った三人も危ない。
あのゾッとするような悪意を放っておくわけにはいかない。
柵を乗り越えて単車に飛び乗り、残り香を漂わせる悪意を追ってオムは走り出した。
※
シンクは環状二号を全速力で直進しながらちらりと後方を振り返った。
追ってくる人数は三人。
思ったよりも少ない数である。
第四班全員を相手にする気だったので拍子抜けだが、好都合だと思っておこう。
「待ちやがれェ!」
怒声を張り上げている先頭の男は以前に戦った記憶がある。
表の顔はいずれかの少年チームの頭だったはずだが、名前は覚えていない。
彼らの単車はいずれもゴテゴテの族車仕様である。
流石にロケットカウルはないが、派手な外見に反比例して速度はたいして出ない。
シンクが現在乗っている借り物の150㏄スクーターでも裏路地に入れば十分に撒けるだろう。
信号が赤になったタイミングを狙って右折する。
飛び出してきた車がクラクションを鳴らしながら急ブレーキを踏んだ。
後方から続けて命知らずの不良たちも飛び込んでくる。
そこにシンクはトラップをかけた。
「うおおっ!?」
不良たちの叫び声が重なる。
タイヤが地面をグリップせず単車が横滑りしているのだ。
一人は地面を蹴り、一人は倒れる前にアスファルトを噛んで体勢を立て直したが、最後の一人は派手に転倒して中央分離帯の街路樹に突っ込んだ。
シンクは曲がる直前、地面に氷の膜を張った。
≪
「ノリオぉ!」
残った二人は事故った仲間を心配しながらもシンクを追い続ける。
しかし肝心の亮……オムが追って来ていない。
だが、あいつは仲間をやられて黙っている男ではないだろう。
本当ならこんな手段は選びたくないが、こちらも班の仲間をやられているのだ。
かつての友人を討つために卑劣な手段を用いることに躊躇いはない。
「追いついたぞ、この野郎……っ!」
シンクの隣にヤンキー仕様の単車が並ぶ。
左右に一台ずつ挟み打ちにされるような格好になった。
彼らは怒りと愉悦がない交ぜになったような、獲物を補足した肉食獣のような表情で、やや高い位置からシンクを見下ろした。
わざと追いつかせてやったことにも気付かずに。
「リーダーのダチとは言え、こんなナメたマネしてタダで済むとは――うおっ!」
口上を最後まで述べるより先にハンドルを蹴りあげる。
フラフラと不安定に蛇行する車体に手を伸ばし、ハンドルロックをかけた状態でキーを奪う。
「うぎゃああああっ!」
左向きに進路を固定された単車はバランスを失って当然のように電柱に激突した。
奪ったキーを無造作に放り投げ、シンクはただ一人残った敵に向かって人差し指を立てた。
「あと一匹」
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