5 チカとミカ

「ん」


 オムがいなくなった後、折原チカは取り巻きに向かって手を伸ばした。

 そのメンバーは慌てて携帯端末を手渡し恭しく頭を下げる。


「遅ぇよバカ」

「す、すみません」


 後頭部を掌でひっぱたく。

 あまりに傍若無人に振舞いだった。


 しかし、メンバーが不快感を表に出すようなことはしない。

 彼女の機嫌を損ねればより酷い仕打ちを受けると知っているからだ。

 折原は彼らのことなど眼中になく、携帯端末を操作して何者かに連絡を取った。


「あ、あたし。うん、いま向かったと思うよー」


 会話相手の声は取り巻き達には聞こえない。

 相手が誰か知りたいとも思わないだろう。

 余計な詮索なんて命取りになるだけだ。


「反応はちゃんとある? そ、よかった。じゃあ後はそっちで好きにしちゃって。うん、まったねー!」


 それだけ言うと折原は通話を切った。

 その途端、取り巻き立ちに緊張が走る。


 彼女は使い終わった物を投げ捨てる癖がある。

 取り巻きはどこに携帯端末が放り投げられてもキャッチしなければならない。


 だが、身構える彼らをよそに折原は続けて別の人間に連絡を取った。


「あ、あたし。予定変更を伝えるよん。ジョイストーン持ってくる奴はそのままで、それ以外はみんなで程ヶ谷方面に向かって。そ、シーカー見ながら適当に距離を置いてオムの尾行して。チャンスがあったらその場にいる奴ら皆殺しにしちゃっていいからさ」


 不穏な命令が目の前で下されるが、もちろん意見などはしない。

 今度こそ通話を終えたチカは取り巻きたちの方を向いた。

 詳しく聞かせるつもりのない独り言を大声で言う。


「所詮世の中なんて騙し合い。最後に勝つのは裏の裏をかける策士ってね。よっと」


 掛け声と同時に携帯端末を空高く放り投げる。

 必死に受け止めようと走る取り巻きたちを眺めながら、折原はけらけらとおかしそうに笑った。




   ※


 五台のバイクが国道一号線コクイチを走っている。


 先頭を行くのはアミティエ第四班班長オム

 法定速度を無視し、爆音を奏でながら邪魔な車を追い越していく。

 それに従う四人はいずれも戸塚市内で名を売った少年チームのリーダーであった。


 アミティエ第四班という裏の顔を知らない表の不良たちが見れば、ドリームメンバーの大集合と言うべき光景に驚き恐れるだろう。

 実際に沿道から訝しげな、あるいは驚愕の表情で彼らを見送る人間も多く見られた。


 オムたちはギャラリーを意に介しない。

 彼らは決戦に向かう戦士の表情で道路の先だけを見据えていた。

 ただ一人、先頭から二台目のタンデムシートに不安げな表情で跨る派手な格好の少女を除いて。


「ね、ねえっ!」


 その少女、ミカが大きな声で呼びかけた。

 彼女が身を預けている運転者のリュウではなく、前を行くオムの背中に向かって。


「やっぱりどう考えてもおかしいよ、オムちゃん! もう一回よく考えてみようよ!」


 エンジンの爆音と風を切る音に邪魔され、その言葉が届いたのかどうかはわからない。

 だが、オムは応えるかわりにそっと赤信号で停止した。


「ミカ、お前は帰れ」


 振り向かずにそっけなく言い放つ。


「今から俺たちがやろうとしている事は、どう言い繕ったところで組織への裏切りでしかない。迷いがある者は参加すべきじゃない」

「そっ、そういうことじゃなくてさ! そもそもオムちゃんが裏切らなきゃいけない理由がわかんないんだって! 何か悩みがあるなら相談してくれたって……」

「俺はSHIP能力者だ」


 短い返答にミカは言葉を詰まらせる。


「今まで隠していてすまん。だが俺は自分自身や、虐げられてきた他の兄弟たちのためにも、ラバースを打倒しなければならないんだ」

「な、なんでよ。そりゃ少しは驚いたけどさ、うちらの仲間にも元SHIP能力者はいるし、みんな仲良くやってるじゃん。オムちゃんが秘密を隠してたからって差別なんてしないよ!」

「彼らの陰には束縛を拒んだ数十数百のSHIP能力者がいる」

「それはそいつらが自分で選んだことじゃない。危険な力を持ってる奴を放っておいたら、いろんな人に迷惑がかかるのは事実なんだし。私たちはむしろ平和のために……」

「俺たちは望んでこんな力を持って生まれたわけではない!」


 突然の怒鳴り声にミカだけでなく周りの四人も身を竦ませる。

 誰の記憶をたどってもこんな風に激昂したオムの姿を見るのは初めてだった。


「……すまん」


 怒りは一瞬で静まり、オムはバツが悪そうに小声で謝罪する。


「だが、俺はもう組織に従って戦い続けることはできない。詳しい説明をしている余裕はないが、俺たちが救ってきたつもりでいたSHIP能力者たちは、実は何一つ救われてなんかいなかったことを知った」

「わ、わかんないよ。オムちゃんは何を言ってるの?」

「俺は確かめに行くのだ。その行為自体が裏切りだとわかっていても」


 ミカはふらつくようにリュウの単車のタンデムシートから降りた。

 そのまま彼女は路上にへたり込む。


 すでに信号は青になっており、後続車のクラクションが停止したままの彼らを急かしている。

 オムはアクセルを吹かして前を向いたまま他の四人にも言葉をかけた。


「ミカだけじゃない、お前たちもいつでも抜けて良いんだぞ」

「何度も言わせんなって。理由なんか関係なく俺たちはアンタについて行くっていったろ?」

「……バカ共が」


 小さな呟きと共に、オムは単車を発進させた。


「いつまでも座り込んでると危ねーぞ」

「俺たちが戻らなかったら他の奴らをよろしくな」


 そんな言葉がミカの耳に届き、リュウたち四人もオムの後に従った。

 鳴り続けるクラクションの音も耳に入らず、ミカは覚悟を決めた男たちの背中を呆然と見送ることしかできなかった。

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