3 反逆者と裏切り者

 戸塚中央駅近隣にある検車区の一角。

 そこにはオムの他に五人の男女がいた。


 第四班のたまり場ではない。

 すぐ近くの建物ではLR線の社員がまだせわしげに働いている。

 勝手にこの場所を陣取ったのは、目の前の携帯端末に話しかけている女、折原知香おりはらともかである。


「おっけー。んじゃ片がついたらもう一回連絡してねー。ううん、楽しみにまってるよー」


 上機嫌で通話を切ると、折原は無造作に携帯端末を放り投げた。

 それを取り巻きの一人が慌てて素早くキャッチする。


「A部隊は新菊を過ぎた。シーカーの反応は慶大から南に動き始めてるってさ」

「……そうか」

「いやあ、アンタのプラン通りに進んでるよ。このまま行けば綱温あたりで第二班班長とぶつかる。ブラックペガサス本隊と真正面から戦うことなく叩きのめせるわ」


 この時間、テンマはまだ第二班の仲間たちと合流していない。

 大学が終わったら徒歩でひと駅隣の自宅に戻り、それから川崎のたまり場に向かうのが日課である。


 同じアミティエ所属とはいえ班が違えば情報のやり取りはない。

 ましてやプライベートな話題を外部に漏らすなど絶対にあり得ない。

 この情報を仕入れるため、オムは隠密を差し向けるようなマネまでした。


「さてと、B班はもう片付け終えた頃かな? ちょっと連絡取ってみようか」


 オムに話しかけているわけではない。

 周りの取り巻きに対して言ってるわけでもない。


 折原が独り言を喋っている時に反応しても無視されるだけだ。

 この数日の付き合いでわかった彼女の性格である。


 ポシビリテは折原を含めて二十一人のメンバーがいる。

 彼らは現在、三つに分かれて作戦行動を行っていた。


 まずはA班。

 人員は八人で、そのうちの三人が≪白き石の鎧≫を持たされている。


 A班のターゲットはテンマだ。

 あの≪白き石の鎧≫のオリジナルと言える能力を持つ男を三倍の戦力で一気に潰す。

 その後はそのまま頭を失った第二班を襲撃し、余裕があればショウ不在の第一班も牙にかける。


 次にB班。

 こちらも人員は八人だが≪白き石の鎧≫は五つ。

 B班はさらに二つに分かれ、片方が第三班本部を襲撃し、もう片方が陸夏蓮を始末する。


 戦力の内訳は三班本部襲撃に五人と≪白き石の鎧≫が二つ。

 陸夏蓮への奇襲に三人と同数の≪白き石の鎧≫だ。


 三班本部にはアオイがいるが、≪白き石の鎧≫が二つもあれば十分なはず。

 むしろ一対一では確実に分が悪い陸夏蓮に対して安全のため対テンマと同等の戦力を投入する。


 そしてここ、戸塚にチカと四人の取り巻きが二つの≪白き石の鎧≫と共に残っている。

 B班の襲撃成功の連絡が入り次第、電車で平沼駅まで移動。

 南北からフレンズ本社を挟撃する計画だ。


 戦力の面では圧倒的にこちらが上。

 その上でなお最善を期した万全の布陣である。

 最大の懸念事項だったショウは海外出兵中で一週間は帰らない予定のはずだ。


 すべてオムが提供した情報あってこその計画だった。

 後悔はしていない、たとえ仲間を売るようなマネだと非難されても。


 そう、裏切ったのは向こうが先だ。

 SHIP能力者の一人として、ラバースを打倒しなくては――


「おっ、来たかなっ♪」


 オムの内心の葛藤は陽気なメロディーで中断させられた。 

 さきほど折原が放り投げた携帯端末である。


 取り巻きの一人がおずおずと差し出すと、折原はひったくるように受け取った。


「はぁい、首尾はどう?」


 仲間からの連絡、おそらくは第三班を襲撃したB班からだ。

 その予想を裏付けるようにチカはわざとらしく反復してみせる。


「アミティエ第三班壊滅! よくやりましたっ!」

「……くっ」


 わかっていたことだが、罪悪感に胸が締め付けられる思いだ。

 シンクだけは逃がすことに成功したが、それだって思い上がりだ。

 ポシビリテに協力することで自分は彼から仲間たちを奪ったのだから。


 ニコニコ顔で通話相手に何事か指示を飛ばす折原をサングラス越しに睨みつける。


 いや、悪いのは自分自身というのは解っている。

 何も知らないままいた方が良かったなんて考えは甘えだ。

 そんなものは罪悪感から逃れるための都合のいい言い訳でしかない。


「……は?」


 直後、折原の表情から笑顔が消える。

 何だ? と思うより早く彼女の様子が一変した。


「なんだそりゃ。おい、ふざけんじゃねえぞ!」


 聞いたことのないような口汚い言葉遣いである。

 一体何が起こっているのか、取り巻きたちもアワアワしている。


「やられてましたじゃねーんだよ。くそが! 台無しにしやがって! あーもういい! お前らは一旦こっちに戻って来い。負け犬の始末? 知るか、ジョイストーンさえ無事なら捨てとけバーカ……ちっ」


 一方的に通話を終えると、折原は携帯端末を乱暴に放り投げた。

 受け取り損ない壊してしまえば周囲に怒りをまき散らす。

 取り巻きの一人がなんとか必死にキャッチした。


 苛立たしさを隠そうともせず、歪んだ顔でチカはオムを見る。


「おい、どうなってんだよ。アオイの奴は第三班のアジトに居なかったらしいぞ」

「説明したはずだ。奴は本社への出向が多く、時期もまちまちだから不在の可能性はあると」


 フレンズ社長にしてアミティエの指揮官であるルシフェルはラバースコンツェルン総帥の息子に当たる人物だ。


 ただし親子仲は険悪。

 ルシフェルの代わりにアオイがラバース本社とのパイプ役を務めてるらしい。

 具体的に何をしているのかは調査してもわからなかったが、彼女は他の班長と違い、実質的にルシフェルの側近のような立場を担っている。


 襲撃の際にアオイが三班の集合場所にいない可能性は十分にあった。

 だが、それよりもショウが日本にいないチャンスを逃すわけにはいかなかったのだ。


 この程度の作戦のズレは許容範囲内のはずだ。

 折原の怒りは単なる八つ当たりである。


「……龍童か?」


 アオイもシンクもいない第三班に負けるとは考えられない。

 だとすれば考えられるのはそちら、陸夏蓮打倒に向かった方だ。


 折原は唾を吐き、憎々しげに部下の失態を語る。


「ジョイストーンを使う間もなくぶっ飛ばされたってさ。どうしようもないバカ共だよな。帰ってきたらマジ殺してやろうか」


 これがきっと折原の本性なのだろう。

 彼女の言葉に周りの取り巻きたちは萎縮する。


 アミティエ第四班を離れ、ポシビリテに加入してからの彼女に何があったかは知らない。

 だが、短期間のうちにチームリーダーになっただけのことはある。

 恐怖で人を縛る術を心得ている者の顔だった。


 オムは癇癪を起こしている折原に背を向けた。

 立ち去ろうとするとたちまち背中に声が掛かる。


「おい、どこいくんだよ」

「先行してフレンズ社に向かう」


 これは事前の取り決めの通りである。

 オムが裏切ったという情報は現時点でまだ漏洩していないはずだ。

 今のうちにフレンズ社に侵入して『神器』と呼ばれるジョイストーンを奪う手筈になっている。


 大体の場所も検討はついている。

 アミティエの班長ならまず疑われずに進入できるだろう。


 戦力としては十分でも≪白き石の鎧≫は潜入工作に向いていない。

 折原が第四班ごとオムを裏切らせた本当の理由はここにあった。

 フレンズ社の内部に詳しい人間がどうしても欲しかったのだ。


 とはいえ、この作戦は現段階で一つの不確定要素が入っている。

 オムはすでに自分の裏切りをシンクに示唆していた。


 彼がルシフェルまたはアオイに連絡をとり、オムを怪しいと報告してフレンズ社の守りを固めさせていたら、作戦の成功率はガクンと下がる。


 結果として、作戦の成否を友人に委ねることになった。

 それは何らかのストッパーを期待する深層意識の表れだったのか。

 自問しても答えは出てこなかった。


 ともかく、作戦は抜きにしても、この場からすぐにでも離れたかった。

 抑えようともしない悪意を振りまいている折原の傍にこれ以上いては、比喩ではなく全身を棘で刺されるような不快感がある。


 折原はオムに背を向け、どうでもいいという風にハタハタと手を振った。


「あっそ。期待してるから頑張ってね」


 まったく期待してなさそうな彼女の態度に愛想を返す気にはなれない。

 オムは何も言わずに検車区から立ち去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る