4 旧友との再会
椎名亮はシンクの中学時代のクラスメイトであった。
友人と言うほど親しくはないが、いつもグループにいたのを覚えている。
思い出すと恥ずかしくてたまらないのだが、中学時代のシンクはとにかく荒れていて、近隣の中高生の悪そうな奴に片っ端からケンカを売りまくっては自分のグループを拡大していい気になっていた、どうしようもない不良少年であった。
卒業間近のある時、ふと我に返った。
中学卒業と同時に南橘樹市に引っ越してからは忘れようとしていた過去である。
この近辺、久良岐市南部から戸塚市、鎌倉市北部にかけては、シンクの名を聞いただけで震えあがる若者も少なくない。
ケンカが強いという理由だけで自然と周りの不良たちから慕われていたあの頃。
正直に言えば取り巻きなんて疎ましいとしか思っていなかった。
亮はそんなシンクに憧れる取り巻きの一人であった。
特にケンカが強いわけでもなく、見た目もこれほどゴツくなかったのだが……
「いや、マジで気づかなかった。まさかあの貧弱な亮がこんなになってるとは」
「必死で鍛えたんだよ。昔の俺を知ってる奴なんて同じ中学の奴らくらいだけど、うちの班にはいないしね」
かつては自分の腰巾着だった男が、今じゃアミティエの能力者たちを仕切る班長とは。
時間の流れとは恐ろしいものである。
「で、なんで俺を呼んだんだ? まさか強くなった自分を見せつけたいとかじゃないよな」
「それもちょっとはあるけどね。とてもじゃないけど新九郎には敵わないよ」
「謙遜するなよ。俺はここじゃ新参だぜ」
班長を名乗るからには、あのテンマやひまわり先輩に匹敵するくらいに強いのだろう。
コピーさせてもらった爆炎の技は劣化版とはいえかなりの威力を持っていた。
「いやいや、JOYを手に入れて一か月ちょっとで第三班のエースになった新九郎の方がすごいって。ところで本題なんだけど、実はちょっと困ってることがあってさ」
「なんだ?」
正直言えば面倒事はごめんだが、技をコピーさせてもらった恩もある。
昔のよしみで多少の頼み事なら聞いてやってもいいと思った。
「うちの班なんだけど、大部分は同年代か一つ二つ上の戸塚市の不良グループの奴らなんだよね。『ムジュラ』とか『癌愚』とか、新九郎も知ってる奴いっぱいいると思う」
各班の構成員はそれぞれのカラーによってずいぶんと異なる。
シンクたちの第三班は普通の学生が多く、雰囲気も和気藹々とした仲良しサークルである。
対してテンマのいた第二班は班長であるテンマの所属する不良チーム『ブラックペガサス』のメンバーだけで構成されている。
第四班はその中間と言ったところだろうか。
「そりゃ面倒だな。班内の雰囲気なんか最悪だろ」
かつて争い合っていた少年グループの人間たち。
一つの班に纏めるなど、よほどカリスマのある人物が中心に立たなきゃ上手くいくものではない、
「それなりに言うことは聞いてくれるんだけどね。ずっと気を張っていなきゃいけないから、ものすごく疲れるんだ」
不良時代の何人かの知り合いを思い出してみる。
あいつらをまとめるには『亮』では荷が重い……というか無理だろう。
最強クラスのJOY使い、炎使いの『オム』を演じ続ける必要があるわけだ。
「ただ、最近それも怪しくなってきてね。理由は一か月前の事件なんだけど」
シンクはコーラを口元に運ぼうとしていた手を止めた。
一か月前の事件といえば、シンクも深く関わったあの事件を思い出す。
はたして亮の言わんとしていたことはシンクの想像していた通りだった。
「あの上海の龍童にテンマがやられちゃったじゃん?」
「……ああ」
第二班の班長、土使いテンマ。
実質的にアミティエのナンバー2と呼べる能力者。
そのテンマが外から来た少年に敗北したという噂は、あっという間にアミティエのメンバーたちの間を駆け巡った。
「テンマの『ブラックペガサス』は結束が固いから、それで瓦解することはなかったんだけどね。うちらの方のメンバーがそれで調子づいちゃって、この機会に川崎に乗り込めなんて話も出てるんだ」
「穏やかじゃねえな」
要は内部抗争を起こそうとしている奴らがいるという話か。
アミティエの普段の相手はあくまで組織に属していない天然のSHIP能力者たち。
班が違うとはいえ、仲間内で争って得することなど何もない。
だが、そこは血気溢れる若者たちだ。
力を手にすれば他の奴よりも上に立ちたい気持ちはわからないでもない。
それでなくてもこの地域の若者は地元意識が強く、逆に周辺の地域に対して無意味な敵愾心を持ちがちなのだ。
「んで、お前はそれを黙って見てるのか?」
「そんなつもりはないよ! ただ、強く言うこともできなくて……」
「なんでだよ。お前は班長だろうが」
戸塚市をホームにする第四班と川崎市をホームにする第二班。
両者が争えば、久良岐市をホームとした第三班も他人ごとでは済まない。
不必要な争いの火種があるなら偉い奴が責任を持って消してもらいたいものだ。
「確かに俺は班長だけど、アオイやテンマほどメンバーたちからの信用はないからさ……」
「いやいやいや。じゃあなんで班長なんてやってんだよ」
「たまたま強い能力を持っているからだよ。他の班長みたいなカリスマがあるわけじゃないし、できるなら誰かに代わってほしいくらいだよ」
見た目は変わっても内面は以前の亮そのままだ。
組織を纏められるような器じゃない。
「まさかと思うけど、俺に班長を代われとか言うんじゃないだろうな」
「新九郎が望むならいつでも譲るけど、流石にそこまで迷惑はかけられないよ。頼みって言うのはさ、みんなの前で同盟を結んで欲しいんだ」
「同盟?」
「そう。一応は同じ組織とは言え、班同士なんてリーダー間くらいしか繋がりがないだろ? うちの奴らはアオイを嫌ってるし、仲良くしろって言っても聞かないだろうけど、この辺りで名前の売れてる『紅蓮のシンク』が言うなら聞いてくれると思うんだ」
「で、俺に抗争は止めろって言えって? んなことしたらうちとお前らの戦争になんじゃねえの」
「もちろん、そうはならないよう努力するよ。俺の友人として新九郎を紹介するだけなら誰も文句は言わないだろうし」
「はぁ……」
シンクは頬杖をついて外の景色を眺めながら考えた。
あまり賢いやり方とは思わないが、亮なりに考えた解決策なんだろう。
それで丸く収まるなら協力はしてやらないでもないが……
「具体的にお前の班の傘下ってどれくらいいるんだよ」
「第四班の活動の中心は戸塚市、それと鎌倉、藤沢の一部まで勢力に入ってる。『ムジュラ』を筆頭に『癌愚』、『湘南デストロイ』、『ニュータイタンズ』から七、八名ずつ。後は各中学で頭を張っていた奴が何人か。もちろん全員が能力者ってわけじゃないけど全員で五十人程度かな」
表のいがみ合いを考えれば、夢の共演なんて次元じゃない。
飢えた虎とライオンとクマを同じ檻の中で飼っているようなものだ。
「すげえな。この辺りのバカ共をそれだけまとめ上げるなんて、初代タイタンズ総長以来の快挙なんじゃねえか?」
「そんなことないよ。俺は単なるお飾りのトップで――」
「あれ、オムさんじゃないっすかぁ?」
シンクたちのテーブルに二人組の男たちが近づいてくる。
どちらもチャラい格好をした軽薄そうな奴らだ。
亮の知り合いのようだが……
「ああ、お前らか」
亮は素早くサングラスをかけ、声色を低くして男たちの方を向いた。
「珍しいッスね。なにやってんすか」
「プライベートだ。昔の知人と会っている」
「へー」
男はガムをクチャクチャと噛みながらにやけ面で亮を見下ろしている。
もう一人は露骨にシンクにガンを飛ばしてくるが、気にしないでコーラを喉に流す。
「せっかくだし合席してもいいッスかぁ?」
亮のことをオムと呼んでいるのだから第四班のメンバーだろう。
それにしては班長に対する尊敬や遠慮というものがまるで見られない。
「いや、食い終わったから俺たちはもう行く。良ければ席を使え」
亮は律儀に空いたゴミを乗せたトレイを持って立ち上がった。
コーラが少し残っていたが、シンクもその後に続いた。
「なぁんだ。行っちゃうんスかぁ」
すれ違いざまにその小憎らしい面を覗く。
見覚えのある顔ではなかった。
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