7 シンクVSレン

 冷汗が頬を伝う。


 シンクがコピーした≪空間跳躍ザ・ワープ

 この瞬間移動は空間を渡った直後に僅かな隙ができる。

 移動後は強制的に両手を下ろした直立の姿勢にリセットされてしまうのだ。


 つまり、移動から攻撃に移るまでにわずかなタイムラグが生じる。

 素人相手なら死角からの奇襲で全く問題にならない程度だが……


 レンはシンクが空間を渡った直後に気配を察知し、あっさり先手を打ってくる。


 とんでもない戦闘センスの持ち主だ。

 だからと言って負けを認めるつもりはない。

 なにせレンは絶対にやってはいけないことをしたのだ。


 本気で戦えない甘さがあるなら、そこに付け込む。


「うおおおおっ!」


 シンクの体にエネルギーの光が浮かび上がる。

 体の底から湧きあがるような力が溢れてくる。


 レンの腕の袖をつかみ、引き寄せながら殴りかかる。

 しかし彼は曲芸のような動きで攻撃をかわした。


 少年は後ろに飛びつつ掴んだ腕を振り払う。

 彼の周囲にもシンクと同様の光が浮かんでいる。


「それ、レンと同じ?」


 着地したレンが初めて構えをとった。

 腰をかがめ、半身になって拳を突き出す武術の構えだ。

 彼の両手の甲にはそれぞれ『武』と『闘』の光文字が浮かんでいる。


「どうしよう、わくわくしてきます。シンくんは恩人なのに戦ってみたくなってます」

「ゴチャゴチャ言わずにかかってこいよ!」


 この期に及んで戦闘をためらうレンにシンクは強い苛立ちを込めて叫んだ。

 既にこちらは怒りをもって戦う決意を固めている。


「わかった、そうします。でもころしちゃったらごめんね」


 レンの体が爆発したように見えた。

 それほどのエネルギーの奔流が巻き起こった。


 全身から放たれるエネルギーは翠色。

 結んだ長い後ろ髪が解けてふわりと浮きあがる。

 服のボタンが弾け飛び、胸元に『龍』の光文字が浮かび上がった。


 これこそが≪龍童の力≫と呼ばれるレンの力だ。


 この力にはどうやら段階が存在する。

 コピーしたシンクが使えるのは『武』と『闘』の第二段階まで。

 だが、本来の使い手であるレンはさらに上の『龍』という第三段階に至ることが出来る。


「いくですよ」


 レンが呟いた。

 直後、すでに彼はシンクの目の前に迫っていた。


「くっ……!」


 超速で突き出された拳をシンクはなんとか瞬間移動で避ける。

 大きく離れた場所に現れた直後、攻撃の余派で砂利山が吹き飛ぶのを見た。


「マジかよ……」


 桁違いのパワーだ。

 第二段階と第三段階のエネルギー量の差は恐らく数倍以上。

 圧倒的な力の差に戦慄を覚えたもつかの間、レンはすでにシンクの位置を把握していた。


「あは!」


 力いっぱい地面を踏み締める。

 足もとから震動が伝播し、地面に亀裂を走らせる。

 飛び込んできたレンの眼前の地面が盛り上がり、壁となって彼の動きを封じた。


「おっと」


 レンは足を止める。

 シンクはその頭上へと瞬間移動する。


 少年は立ち止まったままこちらを見上げた。

 この状況から攻撃してもまた避けられてしまう。


 かわりにシンクは冷たい風を起こした。

 人を凍りつかせるほどの強烈な冷気ではない。

 舞い散る雪と急激に下がった気温で視界と判断力を奪う。


 次にシンクは意表をついてレンの正面に出た。


「オラッ!」


 シンクは迷うことなく全力で拳を振るった。


「おっと」


 レンはそれも片手で受け止めてしまう。

 考えて防御したというよりは反射的に体が動いた感じだ。


 莫大なエネルギーに頼るだけではない。

 確かな経験に裏打ちされた、戦闘センスがレンにはある。

 翠色の光に覆われたレンの掌はまるでミットかゴムタイヤのようだった。


 だが、シンクの攻撃はこれで終わりではない。


「うおおおおっ!」


 シンクは叫ぶ。

 触れあった拳から爆炎が噴き上がる。


「わっ」


 自らの放った攻撃の余波に巻き込まれる前に瞬間移動で後方に逃れる。

 さっきまで立っていた場所は舞い上がる砂埃で何も見えなくなっていた。


 シンクのJOYはあらゆる能力をコピーして己のモノにする能力である。

 大地を盛り上げたのはテンマの能力。

 冷気を起こしたのはひまわり先輩の能力。

 そして最後の爆炎はビルで会った巨漢の能力だ。


 完全な模倣ができるわけではない。

 テンマのようにアスファルトの鎧を纏うことはできない。

 ひまわり先輩のように周囲の空間すべてを凍りつかせることもできない。

 さっきの巨漢の爆炎もレンの≪龍童の力≫も本物には遠く及ばない。


 だから、シンクには小技を応用して確実にダメージを与えていく。

 さっきの巨漢の力をコピーできたのは幸いだった。

 あの爆発パンチは劣化してもシンクが現在使える中では最大の破壊力がある。


 これが通用しなければ……


「シンくん、すごいなぁ!」


 砂埃の中から楽しそうな少年の声が聞こえてくる。

 視界が晴れると、服は破れても火傷一つないレンの姿があった。

 長い髪が自らのエネルギーが生み出す風によってふわりと広がっている。


「この前の人もだけど、すごい人がニホンにはいっぱいいるよ! 来てよかった!」

「付き合ってられねえぜ……」


 真性のバトルマニアぶりにシンクは呆れるしかない。

 それと同時に、こいつを放っておけば本当に大変なことになると再認識する。


 いいや、そんなことはどうでもいい。

 マナ先輩を傷つけた落とし前はきっちりとつけてやる。

 それが一度は守ると決めた相手に対してシンクが拳を振う唯一の理由だ。


「ねえシンくん。レンが勝ったら、もうレンの邪魔しないって約束して。レンはがんばってシンくんをころさないようにやっつける。そしたらもういちど仲よくしよう。レンの友だちになってよ」


 勝つこと前提の上から目線か。

 レンの体を覆うエネルギーはその自信に根拠があることを示している。

 悔しいが、爆炎攻撃を叩き込んでダメージなしでは、シンクにほとんど勝機はないだろう。


 しかし。


「いやだね」


 シンクはハッキリと拒絶の意思を示した。


「どうしてです? 前はあんなにやさしかったのに。レンはシンくんのことが嫌いじゃないよ。できればころしたくないです。どうしてレンの邪魔するの?」

「決まってんだろ」


 シンクは空間を渡る。


「てめえが――」


 現れたのはレンのすぐ背後。

 回し蹴りを叩き込むが容易く防がれる。

 後ろに大きく飛んでクールタイムを稼ぎ、再び姿を消す。


「――ぶん殴ったマナ先輩のことが――」


 次に現れたのは斜め上空。

 手の先から複数の氷の矢を放つ。


 氷矢の着弾を待たずシンクは空間を渡る。

 遠距離からの狙撃に気を取られているレンの正面へ。


「――好きだからに決まってんだろ!」


 大声で叫びながらもう一度全力の爆炎パンチを叩き込む。

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