8 色と波長

 レンはシンクの攻撃を容易く防いだが、明らかに動揺しているように見えた。


「な、何を言ってるの。いまは戦いなのに、変だよ」

「うるせえ! これが約束を破ってお前をぶん殴る理由だ!」


 理不尽だろうと構わない。

 シンクは心の中から湧き出る感情に素直に従っている。

 続けざまにで爆炎パンチを撃とうとするが、それよりも先にレンの反撃が来た。


「や!」

「ぐっ!?」


 エネルギーを纏った小さな拳が腹に叩き込まれる。

 シンクは打ち上げられた砲弾のように吹き飛ばされた。


 後方の砂利山に激突……する直前、瞬間移動で難を逃れた。

 一度の移動範囲ギリギリまで大きく空間を渡って距離を取る。


「がっ、げほっ」


 強制的に直立の姿勢に戻ったシンクは殴られた腹を抱えてよろめいた。

 胃の中をすべてぶちまけてしまうかと思うほどのダメージである。

 不安定な体勢、腰も入っていないパンチでこの威力とは……


「逃げてばっかりはダメだよ」

「……っ!」


 すぐ近くから聞こえた声にギクリとする。

 レンはすでに目の前に迫っていた。

 考えるより先に空間を渡る。


「あはっ! おいついた!」

「くそっ……!」


 瞬間移動できる距離は精々三〇〇メートル程度。

 動けるようになった直後にはレンは傍までに迫っている。


 圧倒的な反射速度と機動力に戦慄を覚えるしかない。

 慌てて地面を盛り上げ壁を作るが、体当たりで打ち砕かれた。


 連続での瞬間移動は不可能。

 再使用までは二秒ほどの間が必要になる。

 近づいてくるレンを死に体のまま待つ時間が異様に長く感じる。


「それっ!」


 拳が顔面を打つ直前、間一髪で再び空間を渡る。

 だが、レンの反応はさらに鋭さを増していく。


「次はそこ!」


 姿を現した直後には、すでにレンは地面を蹴っていた。


「つかまえ――」


 迎撃は無理。

 防御も間に合わない。

 体勢を立て直す暇すらなく敵が眼前に迫る。

 その好戦的な笑みを目にした瞬間、シンクは敗北を悟った。


「っ!?」


 ところが、レンは急ブレーキをかけるように地面を滑った。


 なんだ……?

 レンの体を纏うエネルギーの色が薄くなる。

 広がった髪が重力に引かれて落ち、同時に胸元の『龍』の文字も消える。


 それはほんの一秒ほどのことで、再び翠色のエネルギーと文字が浮かぶ。

 レンは追撃を再開するが、余裕を得たシンクは大きく離れた場所へと移動した。


 視界の端に何かが見えた。

 それが何か瞬間的に理解する。

 頭の中に勝利への道筋が浮かんだ。


「……よし」


 あらかじめ次の移動地点との間に土と氷の壁を配置。

 シンクの下にたどり着くには遠回りするか壁を破壊するしかない。

 レンが接近に手間取っている間に、横に飛んで瞬間移動再使用のための時間を稼ぐ。


 シンクは瞬間移動を繰り返して逃げ続けた。

 一発でもレンの攻撃がクリーンヒットすれば終わりである。

 時には爆炎でタイミングをずらしながら、ギリギリの回避を繰り返す。


「シンくん、いい加減にっ!」


 レンが苛立っている様子が手に取る様にわかる。

 ちらりと見えた彼の表情と怒気を帯びた声。

 そして全身から放たれる『色』からも。


 いける。

 シンクの中で自信は確信に変わった。


 だが、まだ足りない。

 これではダメージを与えることはできても、一撃で倒すの不可能だ。


 攻撃のチャンスは一度きり。

 できるなら一発で仕留めたい。

 そのための何かが、まだ――


「っ!」


 レンの感情が一気に膨れ上がった。

 空気を入れ過ぎた風船が破裂する直前のような緊張感。

 シンクが足を止めた時、レンの右腕にかつてないエネルギーが集まっていた。


「龍撃波ァ!」


 エネルギーの塊が龍の形となって右腕から放たれた。

 まぎれもなく最大級の破壊力をもった一撃だ。


 必殺技ってやつか。

 直撃すれば死ぬかもしれない。

 しかし、シンクはその龍の『色』をしっかりと見据えた。


 避けるでもない。

 瞬間移動で逃げるでもない。

 シンクはエネルギーの龍を右腕で受け止めた。


「うおおおおおおおっ!」


 それはシンクの腕を食らいながら喉元に齧り付こうと体を駆け上ってくる。

 体を食われる恐怖を大声で紛らわしながら、シンクはエネルギーの波長を龍の『色』に合わせた。


「なっ!」


 レンが驚愕の表情を浮かべる。

 一段階弱いとは言え、シンクが纏うのはレンと同質のエネルギーだ。

 彼が生み出した力に飲み込まれることなく取り込むことだって不可能ではない。


 ≪心理色彩ハートパレットリーディング≫で読んだ感情の波長を合わせれば。


「見てたぜ、お前がテンマの野郎を倒すところは!」


 体を半周した龍がシンクの腕に纏わりつくように頭の向きを変えた。

 それは、さながら巨大な龍の形の手甲のようでもある。


「ああああああっ!」


 膨大すぎるエネルギー量を制御するにはやはりシンクの力では足りない。

 もって数秒、攻撃として転換できるのは一度きりだろう。


 だが、十分だ。


 レンの感情の色が驚愕から焦燥へと変化する。

 その瞬間をシンクは見逃さない。


「いまだ、マナ先輩っ!」

「おっけー!」


 レンの体を纏うエネルギーの色が翠色から黄色に。

 直後にレンの動きが空中で完全に停止した。


「なっ、なにっ!?」

「さあ捕まえたよ! やっちゃえシンクくん!」


 走行中の新幹線でも受け止めるという≪不可視縛手インビジブルレストレイント

 レンの背後に姿を現したマナ先輩が彼の体を完全に拘束する。


 シンクは空間を渡った。

 次に現れたのはもちろんエネルギーを大幅に失い無防備になったレンの眼前。


「悪いな、恨むなよ」

「ひ――」


 怯える少年の表情にわずかに浮かんだ罪悪感を振り払い、シンクは最後の一撃を放つ。

 拳に纏った膨大なエネルギーの龍が本来の主を夜空の向こうへと吹き飛ばした。

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