4 決意と行動
「シンクくんは、アミティエのことは嫌い?」
「俺は……」
「私は好き。大好きだよ」
シンクが返答する間を待たず、マナは自分の気持ちを告げる。
「皆がいるこの場所が好き。不思議な力を使える楽しい活動が好き。普通に暮らしてたら絶対に味わえなかったドキドキが好き。だからがんばるの、この場所にずっといたいから」
「でも俺はマナ先輩が辛そうにしている姿は見たくない」
考えるよりも先に口から言葉が出た。
マナが目を大きく開いてこちらを見る。
シンクは慌てて口元を手で押さえた。
それでいまさら恥ずかしい言葉をなかったことにできるわけでもない。
マナはちょっと照れたように頬をかいた。
「心配してくれてありがと。でもね、私は自分のために頑張りたいんだよ。今は特にね」
「どうして?」
「だって私、シンクくんがアミティエに入ってから一度もいいところ見せてないじゃない」
思ってもいない言葉に今度はシンクが驚いた。
「シンクくんはいきなりツヨシくんに勝っちゃったり、テンマくんと互角に戦ったり、すごい才能を持ってるのにさ。ナビゲーターの私がオドオドしてるばっかりじゃカッコ悪いでしょ」
「俺は、そんな……」
活躍なんて活躍は何もしていない。
いつも自分勝手な行動でマナに迷惑をかけてばっかりだ。
「だからさ、出番があるのが嬉しいんだ。ちょっとくらい辛くても頑張れちゃうくらいね」
どくん。
なにかが胸の奥に落ちてきた気がした。
「正直に言ってこれまで裏方で楽ばっかりしてきたからさ。そろそろ自分のやるべきことと向き合わなきゃいけないんじゃないかって、シンクくんを見てたらそう思えてきたんだ」
ああ、そうか。
なんでいま自分はここにいるのかか。
怪しい、うさんくさい、痛い、面倒くさい、腹が立つ……
そんなことばかりでくだらないと思っていた、この組織に自分がまだ所属している意味は。
その理由は、目の前にあった。
「よぉし。十分休憩はとったし、もうひと練習いくぞーっ!」
元気に立ち上がるマナを見てシンクは思う。
悪い、レン。
お前との約束を破るわけじゃない。
だけど、俺は……
※
廊下の向こうに空き缶を放り投げる。
細長い通路に乾いた音が響く。
「何だ!?」
それを聞きつけた黒服サングラスの警備員が保管室から出てきた。
シンクは素早く背後に回り込み首筋に手刀を当てる。
巨体は声も出さずに崩れ落ちた。
「何があった?」
「っ! 賊か!」
中からさらに三人の黒服警備員が姿を現した。
その中の一人が即座に状況を把握して懐から拳銃を取り出す。
「おらっ!」
「ぶべ!」
シンクは慌てずに男の顔面に鍵の束を叩きつけた。
相手が怯んだ隙に懐へ飛び込み、腕をひねって拳銃を奪い取る。
「動くなよ。どうなっても知らないぞ」
関節を極めつつ、男のこめかみに銃口を当てる。
「い、痛い、痛い!」
呻き声を無視してシンクは残る二人の警備員に命令した。
「俺のジョイストーンを持ってこい。七色に光るやつだ」
「貴様、こんなことをしてタダで済むと――」
警備員が文句を言いかけた瞬間、シンクは黙って腕に力を込めた。
「うぎゃあああっ!」
腕の中の警備員が絶叫を上げる。
シンクは躊躇なく彼の腕を折った。
もちろん腕は放さず掴んだままである。
「ぎゃああああああ!」
「折られた腕をさらに痛めつけられるのはキツイぞ?」
「き、貴様……」
続いて絶声をかき消すような銃声が響く。
駆け寄ろうとした二人の足元に小さな穴が空いた。
「態度には気をつけろ。悪いけど、ちょっと今日は本気モードだからよ」
黒服警備員たちは体格や物腰を見ても護身術の類を学んでいることは予想できる。
だが、能力者ではない普通の人間だ。
親譲りの殺しの技術を惜しみなく発揮したシンクの敵ではない。
「右の奴、足首に隠している拳銃をこっちによこせ。三秒以内に渡さなきゃ鉛球をぶち込む」
「ぐ……」
隠し手を見破られた警備員が動揺する。
戸惑うこと三秒、シンクは予告通りに銃弾を撃ち込んだ。
「おぎゃあああああ!!」
聞くに堪えない絶叫と共に哀れな警備員は血を噴出させて床を転げ回る。
シンクは容赦なく男の傷口を踏みつけ、スーツのズボンを破って拳銃を奪い取った。
手には二丁の拳銃、片手でセーフティロックを外し、それぞれの銃口を倒れている二人に向ける。
「いい加減に本気だってわかっただろ? 同僚を殺されたくなかったら言うとおりにしろよ」
「……お前、イカれてやがる」
「アミティエの奴らやルシフェルほどじゃないさ」
殺気の籠った笑みを向けられ、二回り以上も年上のはずの警備員は目に見えて怯えていた。
視線を逸らすようにちらりと横に向けると、その表情が希望に変わる。
部屋の入口に立つ別の男の姿があった。
「誰だ、お前」
スーツ姿にサングラス。
スキンヘッドに筋骨隆々の肉体。
一見すると黒服警備員たちの仲間に見える巨漢の男である。
しかし、身に纏う空気は明らかに他の奴らと違っていた。
「無意味なことはやめろ」
「俺はジョイストーンが必要なんだ。邪魔するならお前も怪我してもらうぜ」
シンクは片方の銃口を現れた大柄の男に向ける。
男は気にもせず、シンクを無視するように部屋の隅まで歩く。
そして手のひらを白い壁面に叩きつけた。
轟音と共に爆風が吹き荒れ、壁に大穴が穿たれる。
「能力者かよ……」
ここにきてシンクに初めて焦りの感情が浮かぶ。
こうも早く襲撃を嗅ぎつけてやってくるとは。
しかもかなり強力な能力の使い手のようだ。
「お、お前っ! 何をやっている!」
「騒ぐな」
何故か慌てる警備員の言葉を無視し、能力者の男はあけた穴から壁の向こう側に行った。
シンクは銃口を向けたまましばらく様子をうかがっていたが、やがて中から出てきた男がシンクに何かを放り投げた。
虹色に輝くジョイストーンである。
「お前のだ。持っていけ」
「……どういうつもりだ?」
「言葉通りだ。それを使って龍童を止めてみせろ」
「ちっ。結局、都合よく利用しようってことかよ。俺がここに来るのもお見通しってわけか」
誰かの掌の上で踊っているよう苦いものを感じる。
だが、目的が達成されるなら文句を言うつもりはない。
「礼は言わねえぞ」
「かまわん。本来ならこちらへ回ってくるはずの役割を押し付けているだけだ。むしろお前に――」
シンクは男の言葉を最後まで聞かず≪
「……相変わらず、せわしない奴だ」
「お、オムっ!」
数秒前まで怯えていた黒服警備員が怒りの形相で男に詰め寄る。
「どういうつもりだ! 奴のJOYはあらゆる能力をコピーする恐ろしい力なんだぞ!?」
「無論、聞かされている」
「ならばなぜ奴の前で≪
巨漢の能力者、アミティエ第四班班長オムはうるさい黒服警備員を拳で黙らせた。
「騒ぐな、ルシフェルの許可は取ってある。それに……」
オムはサングラスを外し、誰に聞かせるでもなくにやりと口元を緩めて言った。
「面倒ごとを押し付ける旧友への手土産としてはこれでも不足なくらいだ」
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