3 マナの能力
ラバース横浜ビルの七十階の細い通路の途中。
黒服サングラスの男二人に守られている部屋がある。
ここはジョイストーンの保管庫である。
社長室から退出したシンクたちはビルから出る前にその部屋へ寄った。
ルシフェルから受け取った許可証を提示し、透き通るように透明なジョイストーンを受領する。
アテナさんが携帯端末で班の仲間たちを呼び出した。
フレンズ本社ビル前で待つこと三十分、第三班の能力者が集まってくる。
班員全員ではないが、中には本牧で出会ったシャルロットの姿もあった。
一行は分かれてタクシーに乗り込み、PF横浜特別区の奥部にある桟橋まで移動した。
「いつでもオッケー」
マナがロータリーの中央に立つと、以前に山下公園で感じたのと同じ、異空間に入り込んだ時の奇妙な違和感がした。
これは人払いのJOYを使われた感覚らしい。
SHIP能力者狩りには必須の能力だ。
「これ、第三班では自分しか使えないレア能力なんすよ」
アンドウと名乗った班員が得意げに語った。
直後、陸地側からすごい勢いでバイクが走って来る。
「全然人を払えてないじゃないか」
「いや、あれうちのメンバー」
その二輪車がマナの横を通り過ぎようとした、その瞬間。
「うわっ!」
バイクがライダーごと急停止した。
フルブレーキをかけたというレベルではない。
推定で時速百五十キロ近い速度で走っていた車体が一瞬で停止したのだ。
よく見ると車体がわずかに浮いている。
タイヤが空転しながら徐々に回転速度を落としていく。
何が起こったのか理解できないシンクに、隣に立ったアテナが解説をしてくれた。
「≪
「すごい能力じゃないですか。以前に聞いた時はほとんど使えない力だって言ってたのに」
「もちろん、欠点はあるわよ」
苦い表情のアテナの視線を追う。
マナが膝をついて苦しそうに息をしていた。
仲間たちが慌てて彼女の傍に駆け寄って介抱をする。
「ど、どうしたんですか?」
「心配ないわ。少し休めば元に戻るはずだから」
アテナは憐れむようにマナを囲む仲間の輪を眺めながら説明する。
「能力の強さにマナの体が耐え切れないのよ。≪
能力には才能に応じて使える限界があると、ルシフェルも以前にそんなことを言っていた。
「でも、マナ先輩自身の能力なんでしょう? 本人が使えないなんておかしいじゃないですか」
「自分の身に余る能力を得てしまうこともあるのよ。アオイも最初は≪
あのひまわり先輩も最初から強かったわけではないのか。
どんな能力を得られるかは運次第だが、幸運だけで強くなれるわけではないのだ。
「さて、私たちも連携の訓練をしないと。慣れない力を使うのにぶっつけ本番はよくないものね」
少しは回復したのか、マナは再び立ち上がっていた。
バイクが道路の向こうに移動し、また全速力で走ってくる。
それをマナがJOYで捕まえる。
さっきと同じように膝をついて体力の回復を待つ。
別の場所ではアテナが四人の能力者と共に繰り返し同じ動作の練習をしていた。
大雑把な作戦の概要はこうだ。
マナが能力を使ってレンの動きを封じる。
あの能力は長く持続出来ないので、動きを止めた隙にアテナたちが本格的に拘束する。
一緒にいる三人のうち二人は拘束系の能力者だ。
もう一人は細い注射針のようなもので捕えた相手を突き刺す練習をしている。
アテナは≪
シンクは何もすることがない。
そもそも作戦に組み込まれてすらいないのだ。
作戦を遂行する人物以外はもしもの時のため周囲で待機するだけである。
攻撃系の能力を持っていればいざと言う時の出番もあるだろう。
だが、現在のシンクはなんの能力も持たされていない。
マナの傍に行って急停止するバイクを眺めたり、アテナたちの下手な演劇のような反復練習を眺めたりしながら時間を潰す。
そんなことを繰り返しているうちに太陽は西へと傾き始めていた。
※
「マナ先輩、おつかれです」
自販機でスポーツドリンクを買って、歩道の段差に腰掛けてぐったりしているマナに手渡す。
「あ、ありがとう……」
「かなり辛そうですね。体は大丈夫ですか?」
「うん……あ、ううん。えっとね、私が体力ないから辛そうに見えるだけで、実際の疲労は一〇〇メートルを全力ダッシュするくらいなんだよ。それにちょっと酔っ払ったような気持ち悪い感じが加わるの。本当はそんなに心配してもらうほどじゃないんだ」
それだってかなり辛いだろうに。
彼女が痩せ我慢しているのなんて見ていればわかる。
作り笑顔で心配させまいとしているマナの姿はとても痛々しかった。
「マナ先輩は……」
「うん?」
なんとなく、シンクは気になっていたことを訊ねてみようと思った。
「なんで、こんなふうに頑張るんですか?」
「どういう意味?」
「今もそうだし、ここ数日はほとんど家にも帰らないで班の連中と連絡を取り合ってたじゃないですか。もう最初に言ってた気楽なサークル活動って感じじゃないですよ」
「そっかなあ? スポーツとかだって、本気で勝ちたいと思ったら努力するものじゃない?」
「これはスポーツじゃないです。命が掛かってるんですよ? そこまでして先輩が手に入れたいものってなんですか。やっぱり将来はひまわり先輩みたいくラバースの企業に就職するんですか?」
仮にこの行為が将来に繋がっているとしても、それでも見合わないとシンクは思う。
先日壊滅した第二班の中には大怪我を負った人物もいるらしい。
本牧での戦いでは命を落とした者もいる。
マナ先輩には絶対にそうなって欲しくない。
「えっとね、私の場合はだけど」
マナはドリンクで喉を潤してから、少し真面目な表情で語りはじめる。
「みんなが一生懸命だから、私も一緒にがんばりたいと思ってるだけだよ」
「はあ……」
「私たち能力者組織のやってることってさ、治安維持もあるけど、悪く言っちゃえばラバースが開発した不思議な能力の実験体でしょ?」
「そうですね」
そういう考えはシンクにもあった。
なにせ世間に公表できない力を使った活動なのだ。
しかし、マナがそんなふうに考えているとは思ってなかった。
「でもね、これって人が新しい技術を得るための、とっても有意義で、かけがえのないお仕事だと思うんだ。そりゃ危険もあるけど、それに見合って余りあるほどのやりがいもあるんだよ。だからみんな一生懸命になれるし、普通のクラブ活動じゃ味わえないようなドキドキも味わえるんだよ」
マナは一点の曇りもない瞳で流れる雲を眺めてそう言った。
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