4 マナの励まし

 牢屋から出ることを選択したシンクは黙ってひまわり先輩の後ろに着いて歩いた。


 正面にエレベーターが現れる。

 ここは建物の地下だが直接外には出れないようだ。

 一度上階のフレンズ本社を経由して行かなければならないらしい。


 途中の階をすっ飛ばす直通エレベーター。

 シンク達はフレンズ本社入口の階にまで戻ってきた。

 エレベーターから降りると細い廊下の先からマナが駆け寄ってくる。


「シンクくん!」


 少女は零れそうなくらいに瞳を潤ませていた。

 わなわなと拳を震わせてシンクの前に立ち塞がる。


「まだ入って数日目なのに、どうしてこういうことするのかなあっ! 私の立場も考えてよぉ!」

「あーっ……なんかもう、すみません」

「すみませんじゃすみませんよぉっ!」


 初日から新規に帰らされ仲間の笑い物になったあげく、今度は別の班と揉め事だ。

 ナビゲーターの彼女の立場としては本当に頭が痛いのだろう。

 いやほんと、こんな新入りですいません。


「とにかくっ、もうシンクくんが一人で変なことしないよう、私が見張ることにしたからっ!」

「見張るって……」

「言い忘れていたけど、あなたはしばらくマナの家に寝泊まりしてもらうわ」

「はあ!?」


 シンクは思わずひまわり先輩の方を見た。

 視線をマナに戻すと、しきりに首を縦に振っている。

 どうやら冗談ではないらしい。


「何よ、不満があるの?」

「いや……不満っていうか、何で俺がマナ先輩の家で暮らさなきゃならないんですか」

「だってあなたのアパートはテンマのアホが壊してしまったじゃない」


 そう言えば今まで失念していた。

 まあ、家には金目のものも貴重品もなかったし、それは別に構わない。

 それにVIPカードがあれば大抵の物は買い直せる。

 パソコンの中のデータはおじゃんだけど。


 くそ、あの土野郎。

 っていうかひまわり先輩もさりげなくアホとか言ってるけど仲悪いのかな。


「だ、だからってマナ先輩の家っていうのは、ちょっと問題があるんじゃないですか?」

「生意気言うんじゃないわよ。どうせマナに手を出す度胸なんかないくせに」

「おいこら。何を根拠に言ってやがる」

「だったら野宿でもする? まさかと思うけど、紗雪の家に転がり込むつもりでいるなら殺……やめてほしいわ。無関係な人間を巻き込むことになるし、できれば南橘樹市内に住んで欲しくないのよ」


 確かに野宿は辛い。

 かといって紗雪の家など問題外だし選択肢にも入っていない。


 あいつの親とは小さい頃からの知り合いだから、事情を説明すれば泊めてくれなくもないだろう。

 とはいえ朝から晩まであのうるさい幼馴染と顔を合わせるのなんてこっちが勘弁してほしい。


「い、言っておくけど、南橘樹市が第二班の担当区域だから面倒事を避けたいだけなんですからねっ。あなたが紗雪とイチャイチャするのがむかつくとか、そういうんじゃないですからねっ」

「なんでいきなりツンデレ口調なんですかひまわり先輩。言っちゃなんだけど気持ち悪」

「ていっ」


 久しぶりのアイスクリームパンチが飛んできた。

 油断していたのでモロに顔面にヒットする。


「うおお……」

「とにかく決定に変更はないわ。マナ、この馬鹿を連れて行ってあげなさい」


 シンクが顔をおさえて蹲っていると、マナの小さな手に掴まれて無理やり立たされた。


「ほら、行くよ! 心配しないでもうちは部屋多いからシンクくんが期待するようならぶらぶドキドキイベントはあんまり起こらないと思うよ!」

「いや別に期待なんてしてないです。っていうか、痛い! ひっぱらないで痛い!」

「男の子なんだから泣きごと言わない! ケンカはよくないけど、怪我は男の勲章です!」

「そうじゃなくて、いまひまわり先輩にやられた鼻がっ」


 相変わらず強引な人だけど、彼女の明るさのおかげで沈んだ気持ちも多少はマシになった。

 ひょっとしたらマナなりにシンクのことを気遣ってくれているのかもしれない。


 シンクがそれに気づいたのは鼻の痛みが引いた後のことだった。

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