5 激レア能力

 シンクがマナと会っていたのとほぼ同時刻。

 同じフレンズ本社敷地内にテンマもいた。


 社長室から出てきた彼は真っ黒なスーツに身を包んでいる。

 元々が整った容姿のため、昨晩不良たちを率いていた時とはずいぶん変わった印象を受ける。

 だが苦々しそうに歪んだ表情は紛れもなく不良たちの頂点に立つ男のものであり、あろうことか奇麗に磨かれた大理石の床に唾を吐き捨てた。


「よう、荒れてるな。そんなに邪魔されたのが気に入らなかったのか?」


 廊下の壁にもたれかかっていたショウが話しかけてきた。

 長い後ろ髪につり目がちの瞳、都筑市を中心に活動する第一班の班長。

 昨晩テンマと≪龍童の力≫を奪ったコピー能力の少年との一騎討ちに横槍を入れた男だ。


 それができる実力者で、アミティエの中で最強と呼ばれる人物である。


「違えよ。いや、それもあるけど、ルシフェルの野郎にまた面倒事を押し付けられた。龍童を横須賀の研究所まで運ぶから護衛しろだとよ」


 配下のメンバーを率いてのSHIP能力者狩りは楽しんでやる。

 だが、自分やブラックペガサスの仲間たちをつまらない仕事に使われるのは不愉快だ。

 ましてや『能力を封じられたガキを数十キロほど車で輸送するから、その周りを十台くらいのバイクで固めて護衛しろ』などと雑用もいいところである。


 くだらない命令を受ければ腹も立つ。

 そんな仕事は警察にでも任せておけばいいのだ。


「お前くらいじゃなきゃもしもの時に龍童を抑えられないからだろうよ。万が一ってこともあるかもしれないしな」

「わかってるよ」


 それでも組織に属する者としての立場はわきまえている。

 不愉快だろうと上からの命令は従うしかない。


 あまりにも逸脱した命令に対しては拒否する権限を持ち合わせているが、この程度なら波風を立てるべきではない。


「で、お前は何しに来たんだよ。暇なら仕事代わってくれ」

「俺もルシフェルに命令を受けた。今から上海支社の跡地に行って、龍童に壊滅させられた能力者組織のデータを救い上げて来いだとさ」

「撤回するわ。とんでもなく面倒な仕事だな」

「新技研に行って光学迷彩スーツを借りてくる。自力で飛んでいいなら数時間で戻れるさ。申請が通ればの話だけど」

「通らない可能性があるのか?」


 山梨県にあるラバース新技術研究所。

 そこでは現代科学の数歩先を行くあらゆる技術が研究されている。

 中にはEEBCANC反核反応システムなど、前世紀の常識を根本から崩したものもある。


 実用化に至った物は商品化して順次市場に回るが、活用できるまでは外部に一切情報を漏らさない。

 そうしてラバースコンツェルンは常に世界よりも一歩先の技術を独占しているのだ。


 ショウが借りようとしている光学迷彩スーツとは着込んだものを透明人間にしてしまう服である。

 もちろん市場には出ていないし、そのような道具を開発していること自体秘密だ。

 日本政府や極一部の傘下企業の人間しか存在を知らないだろう。


「ダメなら優雅に飛行機旅行だ。ゆっくり休ませてもらうよ」

「飛んでるところを見つかるのが嫌なら夜中に行けよ」

「また始末書を書かされるのはゴメンなんでね」


 おどけたように言った後、ショウは少し真面目な顔つきになる。


「ところで、こいつを見たか?」


 ショウが何かを放り投げた。

 テンマは片手でそれをキャッチする。

 それは虹色に輝く宝石のようなものだった。


「なんだこれ……ジョイストーン?」

「龍童と一緒にいた奴が持っていたもんだ」


 昨晩、テンマと一戦交えた男のことか。

 苦戦した記憶が甦ってまた気分が苛立つ。


「こいつがどうしたんだよ」

「ちょっと使ってみろ」


 JOYを引き出してみろということだ。

 たしか、他人の能力を真似する力だったか。


 明らかに劣化していたとはいえ、あいつはテンマやアオイの力をコピーした。

 それどころか封じられているはずの≪龍童の力≫まで引き出して自分のものにした。


 珍しい能力だとは思う。

 しかし、そこまでの脅威とは思わない。

 良くてもせいぜい副班長クラスのレア度だろう。


 テンマはジョイストーンを握って拳に力を込めた。

 自分の能力をインプラントして以来なので他人の能力は実に二年ぶりだ。


 かつては様々な能力を使い分けながらSHIP能力者を狩っていたことを思い出す。

 多少のブランクはあってもジョイストーンの扱い方を忘れるはずはない……はずだった。


「――っ!?」


 力を引き出そうとした瞬間、とてつもない倦怠感がテンマの全身を襲った。

 思わず石を放り投げ、めまいや吐き気に耐えながら、必死で膝が折れるのを堪える。


「なん、だっ、そいつはっ!?」


 テンマはこの感覚を知っている。

 能力に対して資質の足りない者が味わう感覚。

 自身のキャパシティを超えたジョイストーンを使ったときに起きる現象だ。


 未熟だった頃に≪大地の鬼神ダグザズレイジ≫を使おうとした時にも同じ感覚を味わった。

 自ら生み出した力を使えないことが悔しくて、必死に他の能力で経験を積んで、ようやく自身の能力に相応しい資質を手に入れた。


 最強クラスの力を使いこなせる資質を。

 そう、手に入れたはずだった。


「びっくりだろ。あいつ初めてでこれを使ったんだぜ」

「ふ……ふざ、ける、なっ。こんな、こんなことがあってたまるかっ……!」


 この力を根こそぎ吸い取られるような感じ。

 テンマの能力よりもはるかに多くの資質を必要とする。

 あのガキが作り出したのは隊長クラス以上のレア能力だと言うのか。

 

 そして、あいつは紛れもなくこの力を使いこなしていた。

 新入りごときが自分よりも格上なんて認められるか。


 認めてはいけない。

 なのに……


 テンマの心は強く打ちのめされた。

 昨晩の戦いで奴にぶっ飛ばされた時以上の強烈な屈辱感だった。


「ルシフェルが見込んだだけのことはあるぜ。こいつは本社が管理することになったらしいが、恐ろしい才能の持ち主もいたもんだな。俺たちもいつまでも胡坐をかいているわけにはいかないぞ」

「……わかってる!」


 言葉とは裏腹に余裕に満ちたショウの態度が癇に障る。

 テンマは怒声を捨て台詞にエレベーターに乗り込んだ。

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