2 最強の介入

 湧き上がってくる力。

 それは腕の中の少年から伝わってくる。


「うおおおおおおおおおっ!」


 シンクが気合いを発すると、突風に似た衝撃が生じ、周囲の瓦礫が吹き飛んだ。


 体が熱い。

 まるで熱湯に使っているようだ。

 あるいは誰かに抱かれているような、激しくも心地よい熱。


 有り体に言えば。

 力が。

 溢れてくる。


 シンクは駆けた。

 こちらに側面を向けている灰色の巨人に向かって。

 敵が気づいて振り向くが、シンクは構わずに拳を叩き込んだ。


 激突。

 衝撃。


 テンマの巨体が吹き飛ぶ。


「んっ……だとぉ!?」


 瓦礫の上を転がり、地面に突き刺した腕を軸に跳ね上がる。

 ありえない挙動で灰色の巨人は再び地面に立つ。


 石の仮面に覆われてその表情は見えない。

 しかし、テンマの声は明らかに動揺していた。


「てめえっ、何だその力はっ!」


 シンクは答えない。

 力の流れを足に集中して地面を蹴る。

 また再び一足跳びでテンマの懐へと飛び込んだ。


 巨体の腹部に拳を叩き込む。


「オラララララララァッ!」


 連続で何度も何度も打撃を繰り返す。

 鋼鉄のような装甲を殴っても拳に痛みは感じない。


「図に乗ってんなよぉ!」


 防戦一方だったテンマが反撃に出た。

 下から救いあげるような攻撃だ。


「ふっ!」


 吹き飛ばされながらもシンクは空中で身をひねって着地した。

 ガードした左腕がズキズキ痛むが、耐えられないほどではない。

 

「そうか……てめえ≪龍童の力≫をコピーしやがったな!」


 テンマが何か叫んでいる。

 その質問にシンクは答えなかった。


 肝心なのはこの力の正体じゃない。

 この力を使ってでどうやって戦うかだ。


 シンクは駆けた。

 今度こそ確実にあの巨体をぶっ飛ばす。


 テンマが飛んだ。

 己に挑む未知の力を叩き潰そうと。


 両者が瓦礫の山の中心で拳を交差させる。


 その瞬間。


 風が吹いた。


 双方の動きが停止する。

 二人の間には人の姿があった。


「そこまでにしておけ。テンマも目的を忘れるな」


 シンクが気絶する前に目にしたのは、長い後ろ髪と釣目がちな鋭い瞳。

 そして、きらりと月光を反射して輝く日本刀の剣閃だった。


 首筋に強烈な一撃を受け、シンクは意識を失った。




   ※


 灰色の装甲が割れる。

 その中から現れたテンマは瓦礫の上に飛び降りた。

 目の前にはよく見知った仲間の姿がある。


「ちっ。せっかくいいところだったのに、邪魔するんじゃねーよ」

「これだけ派手にやらかしたんだ。もう十分だろ」


 都筑市を中心に活動する第一班の班長にしてアミティエ最強の能力者、ショウ。

 彼はぶつかり合う二人の間に割って入り、愛刀『大正義』のみねうちで敵の少年の意識を奪ったのだ。


「勝負はお前テンマの勝ちだ。こいつはもうほとんど力も残ってない」


 それはそうだろう。

 こいつは普通の能力者ならまず扱えないテンマやアオイのJOYをコピーした。

 さらには龍童の力まで己のものとし、数分とはいえ『燃ゆる土の鎧』と互角に渡り合ってみせたのだ。

 あんな無茶な力の使い方をして気力が持つはずがない。


「で、こいつは何者なんだ? 龍童とやらは結局どいつなんだよ」

「さっきルシフェルから画像データが送られてきた。上海の龍童はそっちで眠っている水色の髪の少年で間違いないぞ」

「んだよ、やっぱ人違いだったのか。ってか男なのかよアレ」

「こっちの奴はアオイが良く知ってるみたいだ。詳しいことは本人に聞け」

「あん?」

「迷惑をかけたわね」


 振り向くと、アオイとオムの姿があった。

 班長会議でもないのにアミティエの班長が勢ぞろいである。

 その珍しい状況を遠巻きに見ていた不良たちは慌ててバイクのエンジンを切った。

 目上の者に対する礼儀はきっちり叩きこまれている。


「彼は私のグループのメンバーよ」

「そりゃどういうことだ。返答次第じゃただじゃ済まさねえぞ」

「言葉通り。彼は第三班に所属する、今日ジョイストーンを渡されたばかりの新規メンバーなの」

「ふざけるのも大概にしろよ。あの力はどう考えても副班長クラスかそれ以上だ。劣化コピーとはいえ俺やお前のJOYを同時に真似て、さらには封じられてるはずの≪龍童の力≫まで使いやがった。こんな新入りがいるわけがねえだろ」

「普通はそうね。でも、彼がルシフェル直々に選び抜いた人物だとしたら?」


 テンマは眉をしかめた。

 冷たい眼を向けるアオイを睨み返し、神妙な面持ちで聞き返す。


「もしかしてコイツ、ショウやあいつらと同じ――」

「なあ、立ち話はやめにしようぜ。近所の人にも迷惑だしさ」


 質問を投げかけようとしたテンマの声はショウに遮られた。


「龍童はこのまま研究所へ送るから、そっちの新入り君はいつもの病院に放り込んでおけばいいさ。後のことはルシフェルが勝手にやってくれる」

「……気に入らねえな。そもそもの話、なんでこの新入りと龍童が一緒にいたんだよ」

「それは恐らく偶然だろう」


 これまで黙っていた第四班班長のオムが話に入ってきた。


「なんだよ。妙なところで口を出すな」


 この巨漢が積極的に喋るのはテンマが驚くのと同じくらい珍しいことである。

 オムはさらに意外な言葉を続けた。


「その男のことは知っている。困っている子どもを見たら放っておけないような奴だ。行き倒れていた龍童をそれと知らずに拾い介抱してやったに違いない」

「んだよ、俺以外の班長全員の関係者かよ。何も知らなかった俺一人バカみたいじゃねえか」


 テンマはこれ以上の文句を重ねるのをやめた。

 なにか、もういろいろどうでもいい。


「そう言うなって。龍童を捕らえられたのは間違いなくお前の手柄だぜ」

「ちっ……おい、帰るぞ!」


 ショウのねぎらいの言葉を聞き流し、テンマはブラックペガサスのメンバーたちに号令をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る