第四話 アルコ

1 シンクVSテンマ

 まったく、面倒なことになった。


 一体なんなんだこの状況は。

 さっきまで自分の部屋で寝ていたのに。

 気が付いたらいつの間にか裏の畑で超能力バトルだ。


 シンクのアパートの周りには単車に乗った不良たちが取り囲んでいる。

 旗に描かれた黒い天馬のシンボルをシンクは知っていた。


 県下最大勢力を誇る武闘派で知られた少年グループ。

 その伝説は中学時代に噂で聞いたことがある。

 街で絶対に争ってはいけない奴らだ。


 しかし、遠巻きに見つめる彼らからは何の威圧感も受けることはない。

 目の前にいるたった一人の男の方がよっぽど脅威だと本能的にわかる。


「……ずいぶんと大見栄を切ってくれたじゃねえか」


 確かテンマと言ったか。

 こいつがブラックペガサスの総長。

 南橘樹市を担当するアミティエ第二班の班長でもあるらしい。

 表の顔も裏の顔も街の不良少年たちの頂点に立つ人物ということだ。


 シンクは手の中に握りしめたジョイストーンの感触を確かめる。

 確かな存在感を持って掌の中に納まる小さな石。

 そこから溢れるような力が伝わってくる。


 いける。

 戦える。


 昨日のような恐怖感は全くない。

 むしろ早くこの力を試したいと高揚感が湧き上がってくる。

 不良たちの頂点だろうと最強クラスの能力者だろうと、負ける気はしない!


「ってか、ついに俺も能力者かよ」

「あ?」

「何でもねえよ。いいからさっさとかかってこい」


 シンクの独り言に反応したテンマを冷たくあしらうと、奴の額に青筋が浮かんだ。


「後悔するんじゃねえぞ、ガキがぁっ!」


 テンマが殴った地面が奇妙に盛り上がる。

 蛇がうねるように何かが土の中を突き進んでくる。

 それはシンクの目の前一メートル地点で急激に跳ね上がった。


「喰らい付け!」


 地中から飛び出した土の蛇が襲い掛かってくる。

 しかし、その攻撃はシンクに当たらない。

 噛みつかれる直前で姿を消した。


 文字通りに一瞬前に立っていた場所から消えたのだ。

 次に姿を現したシンクは目の前にあるテンマの背中を殴りつける。


「オラッ!」


 拳にはいくつもの棘のついた氷のグローブを纏っている。

 その内側は軟化させた土で衝撃を吸収させてある。

 思いっきり殴っても腕を痛めることはない。


 瞬間移動。

 氷。

 土。


 三つの能力を同時に扱い、テンマの死角から強烈な一撃を放つ。


「しゃらくせえっ!」


 だがテンマはシンクの攻撃を肘でガードした。

 防御部位には硬化した土が覆われている。

 強い衝撃と硬質な激突音が響く。


 さすがに一筋縄でいく相手ではないか。

 シンクは追撃を諦めてもう一度空間を渡った。


「どこから現れようが、ぶっ飛ばしてやるよ!」


 テンマが勢いを込めて地面を踏みつける。

 地雷が爆発したかのように周囲の地面が吹き飛んだ。

 まるで土の散弾だ、まともに浴びれば全身穴だらけになる。


 しかし、シンクはすでに射程圏内にいなかった。

 彼が次に現れたのは周囲を取り巻く不良たちの中だ。


「うおっ!?」


 テンマを応援しているつもりなのか、単車のアクセルをひねって爆音を上げていた不良Aは、突然のシンクの登場に驚いてひっくり返る。


「借りるぞ」

「ぶっ!?」


 シンクはその横っ面を蹴りつけ乗っていたバイクを奪った。

 クラッチを握ってギアを落とし、アクセルをひねって畑の中に突っ込んでいく。


「野郎! どこに逃げやがった!」

「こっちだよ」


 狙うはシンクの姿を見失ってキョロキョロと辺りを見回しているテンマの背中。

 奴が接近する単車に気づいた時には、すでにシンクは傍まで迫っていた。

 およそ二五〇キロの重量がテンマを襲う。


「ちっ!」


 テンマは真横に飛んで間一髪で撥ね飛ばされるのを避けた。

 グズグズになった土の上を転がり、泥まみれになりながらも間一髪で躱す。


「ちっ」


 轢きそびれたシンクは急制動をかけた。

 不安定な土の上ではバランスを保つことは難しい。

 シンクはバイクを捨てて車体から飛び降りて土の上を転がった。

 直前に能力で地面を軟化させたのでダメージはない。


「面白いぜ、お前……」


 再び向い合ったテンマは悪鬼の形相を浮かべていた。


「言っただろうが。万倍にして返してやるってよ」


 能力を手に入れたとはいえ、シンクの基本的な戦い方は変わっていない。

 覚えたての能力をメインにはせず、サポートに使いつつ普段のケンカ術でいく。


「そうかい、そうかい……なら当然、てめえも死ぬ覚悟はできてるんだろうな!」


 テンマの足元の土が急に動いた。

 流れに乗って畑から脱出し、不良たちの間に立つ。


「そ、総長! まさか……」

「下がってろ」


 テンマはコツ、コツ、コツと三度踵を鳴らす。

 舗装された地面のアスファルトが急激に盛り上がる。

 粘土状になって幾重にも重なり合いテンマの体を這い昇る。


「『燃ゆる土の鎧』」 


 テンマは瞬く間にアスファルトの鎧を纏った。


 良く言えば古代の重装歩兵のよう。

 悪く言えばゴツゴツした人型の石饅頭か。


 本来の体より二回りほど大きく、トゲトゲしいシルエットを持つ灰色の体。

 まるでSF映画に出てくるパワードスーツのようだ。


「こいつを使うのは久しぶりだからよ。ちょっと加減できないかも……なっ!」


 重厚な外見にそぐわない速度で一気に駆けて来る。

 アスファルトの巨人は即座に最高速度に達し、わずか二秒足らずでシンクの眼前に迫る。


「死んでも恨むなよ!」


 砲撃のような拳を振り下ろす。

 地面が抉れ、直撃を受けたバイクはバラバラになった。

 その圧倒的な破壊力によって激突点には小さなクレーターが残った。


 しかし、シンクはすでにその場にいなかった。


 瞬間移動でテンマの背後に回る。

 腕を頭の横から前に回して中指で敵の目を狙う。

 だがそこにあるはずの柔らかい感触に触れることはない。


「ちっ!」


 シンクの指は固い岩に阻まれた。

 こちらを向いたテンマの顔は完全に石の仮面に覆われていた。


「わかりやすい弱点をわざわざ残しておくと思うか?」


 今度は上半身ごとグルリと回転する。

 遠心力の乗った巨大な腕がシンクに襲い掛かる。

 ただ腕を振ったその挙動だけで十数メートル以上も吹き飛ばされる。


「ぐがっ!」


 ぶつかった背中で窓ガラスを割り、アパートの一階の部屋へ放り込まれる。


「うっ、ぐあああっ……!」


 今のはまともに食らってしまった。

 全身が焼けつくほどに痛い。

 バラバラになりそうだ。


「こいつ、強ぇ……」 


 鉄壁の防御と重機のようなパワー。

 そのくせスピードはシンクよりも速い。

 覚えたばかりの能力もケンカの技術も通用しない。


 そもそもケンカになる次元の相手じゃないのだ。

 あれは人間が戦えるレベルをはるかに超えている。


 これが最強クラスの能力者の切り札か……


「けど、降参する気はねーけどな」


 シンクは立った。

 怯えて何もできないのは二度とごめんだ。

 割れた窓と反対側に向かって走り、玄関ドアから表に飛び出す。


 外階段を駆け上がって自分の部屋を目指す。

 建物全体が大きく揺れた。

 テンマがアパートの一階に踏み込んだのだ。

 破壊をまき散らしながら、下の部屋で暴れている。


「オラオラァ! 出てきやがれェ!」


 見当はずれの場所を探している隙にシンクは外に飛び降りた。


「総長! アイツは外にいます!」


 地面を軟化させて着地。

 不良たちが騒ぐ中を一直線に走る。

 倒れている少年の元へと全速力で駆ける。


「レンっ!」


 シンクは畑の中で横たわっていたレンを抱き起こした。

 声をかけると、うっすらと目を開く。


「あ、シンくん……」

「起きれるか? 逃げるぞ!」


 このまま戦ってもあいつには勝てない。

 けど能力を上手く使えば、振り切って逃げるくらいはできるだろう。

 少なくともこのままあのバケモノの相手をするよりはよっぽど生き残れる可能性は高い。


「――っ!?」


 すさまじい破壊音がすぐ背後で響いた。

 シンクが先ほどまでいたアパートが崩壊を始めたのだ。

 元々がオンボロなことに加え、暴れるテンマの力に耐えられなかったらしい。


 崩れた瓦礫が散弾のように襲い掛かってくる。


「あの野郎、建物まで武器にするかよっ!」


 ただシンクを探して暴れ回っていたわけではないようだ。

 逃げ回る相手を確実に追い詰めるためわざとアパートを破壊したのか。


「えっ、あっ」

「頭を伏せてろ!」


 シンクはレンを抱きしめ、迫りくる破壊の雨に備えた。


 淡い光の中にいる。

 大きな流れが体の中を駆け巡っている。


 頭の中に文字が浮かんでくる。

 それが、このJOY能力の名前だということをシンクは知っていた。

 

 そして能力の中身も理解する。


 ――あらゆる力をコピーし、己の物とするという。

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