ドラゴンチャイルドLEN - LOVERS SAGA Ⅱ-

花実すこみ

第一話 ジョイストーン

1 画面の中から出てきたあの娘

『名前を入力してください』


 少年はモニターに映った文章を眺めていた。


 やや茶髪混じりの高校生くらいの少年である。

 着ている服装は室内着であるTシャツとジャージだ。


 彼は机の上に片ひじをつきながら、ちらりと視線を左下に向けた。

 デスクトップ型のパソコンにはUSBメモリが差さっている。


 今日の夕方、彼が学校から帰ると、ポストの中に謎の郵便物が入っていた。


 茶色い封筒で差出人は不明。

 宛先も書いてないのに切手にはしっかりと消印が押されている。

 不審に思いながらも開けて中を確認してみると、このUSBメモリが出てきたのだった。


 イタズラの可能性は高い。

 だが、中に何が入っているのかも気になる。

 誰かの個人情報や人には見せられない画像が入っていたりするかもしれない。


 もしヤバそうだったらすぐに消去すればいいさ。

 起動するたびに負荷にしかなっていないウィルス対策ソフトがまともに働いてくれることを信じよう。

 そう思いながら少年はメモリを挿入した。


「げっ……」


 デスクトップが立ち上がると、勝手にアプリケーションが起動した。

 焦ったが、別にデータが破損したり、個人情報が流出している様子もない。

 極端に動作が重くなったわけでもなく、念のためウィルスチェックもしたが問題はなかった。


 そして画面に表示されたのが、前述の一文である。


『名前を入力してください』


 最新のネットゲームか? と思ったが、それにしてはチャチなつくりである。

 画面は真っ黒な背景に緑色の文字が浮かんでいるだけ。

 下部には文字入力ボックスがある。


 少し考えた末、指示通りに名前を入力してみることにした。


『シンク』


 彼のあだ名であり、いつもゲームする時にプレイヤーキャラにつける名前でもある。

 主人公にデフォルトネームがない場合はいつもこの名前を使うことにしている。


 少年……シンクはその名前をキーボードで打ち込んで、エンターキーを押した。


 画面が一瞬だけ暗転。

 すぐに別の文章が表示される。


『あなたの好きなゲームはなんですか?』


 質問をされた。

 適当に小学校時代にやった名作RPGの第十作目の名前を略称で入力する。


『あなたの好きな武器はなんですか?』


 いったい何なんだ、と思いながらもシンクは適当に、


「男なら拳で語れ」


 と答えた。


 その後も奇妙な質問は続いた。

 これはあれか、ひょっとして心理テストの類か。

 全部入力し終わると「あなたはこのような人間です」とか勝手な批評をされる奴か。


 せっかくだから付き合ってやろう。

 シンクは次々と表示される質問に答えていった。


 基本的には何が好きで嫌いかという質問が多かった気がする。

 時々二択や三択もあったが、どれもすんなりと答えられるものだった。


 どうせ誰かに見られるわけじゃない。

 答えに詰まった時は適当にネタに走ってみる。


 ところが、とある質問でシンクは思わず手を止めた。


『好きな女の子のタイプは?』


 頭の中にある少女の顔が浮かぶ。

 別に好きな人というわけではない。

 なんとなく印象に残っているだけだ。


 クールな自分に好きな女の子などいるわけもない……と、シンクは心の中で言い訳をした。

 なので無難に『元気で明るい娘』と答えておくことにする。


『それでは最後に、ナビゲーターを選択してください』

「ナビゲーター?」


 シンクは思わず声に出して呟いたが、無味乾燥な文字の羅列が返事をしてくれるわけでもない。

 代わりに画面に四つの名前が表示された。


 瞬間、シンクの動きが再び停止する。


 サナエ。

 マナ。

 ツヨシ。

 シャルロット。


 その中の一つをシンクは凝視する。


 それはただの文字の羅列に過ぎない。

 けど、その中のたった二文字がシンクに呼吸を忘れさせた。


 頭の中に先ほど想い浮かべた少女の顔がまた現れる。

 シンクは息を吸ってマウスのカーソルをその上にあわせた。


 偶然だ。

 これはただのゲーム……

 いや心理テストか、ともかく現実のあの人とは全く関係ない。


 単にキャラを選んだだけ。

 文字以外には何の情報もない四つの名前。

 その中から一つを選択するためのきっかけでしかない。


 シンクは上から二つ目の名前をクリックした。


『それでは、ナビゲーターを転送します』

「うっ!」


 ディスプレイが激しい光を放った。

 ありえない光量にシンクは思わず目を閉じる。

 パソコンが故障したか、それともやっぱりウィルスだったか。


 後悔した時にはすでに遅い。

 とりあえずこのままでは目も開けられない。

 仕方なく物理的に電源をオフにしようと手探りでスイッチを探していると、


「はじめまして! ナビゲーターのマナですっ!」


 シンクのパソコンディスプレイにスピーカーはついていない。

 音声出力機器は常にヘッドフォンに接続してある。


 こんな大きな声が聞こえるはずはない。

 何より、その女の声は何故か後ろから聞こえてきた。


 気がつけばディスプレイの光は消えていた。

 アプリケーションも閉じ、見慣れたデスクトップ画面が映っている。


 シンクは恐る恐る後ろを振り返った。

 そして、彼女の姿を見つけた。


「あはっ、驚いちゃったかな? でも心配しないでいいよ。怪しい者じゃない……かどうかはわからないけど、あなたに危害を加えるためにやってきたわけじゃ絶対にないから」


 聞き覚えのある元気で明るい声。

 それはシンクの部屋にいるはずのない女の子のもの。


「……中座先輩?」

「えっ」


 彼女はきょとんとしながらシンクの顔を眺めていた。

 可愛く首をかしげて、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 その表情は頭に思い描いたより少し幼く見える。


「えっと、まだ名字は名乗ってないよね……」


 彼女の視線がシンクを飛び越え、壁にかかっている学生服に向かう。


「……ひょっとして、岡高の人?」

「そうですけど」

「私のこと知ってるの?」

「そりゃ、名前くらいは……生徒会の人だし」


 うちの学校の生徒会役員と言えば校内では有名人だ。

 同じ学校の生徒なら顔くらいは覚えていても不思議ではない。


 繰り返しになるが、別に彼女のことを好きだというわけではない。

 単に好みのタイプだから覚えていたってだけ……

 いやいや好みとかじゃない。

 なんとなく、だ。


「そっか……えへへ、初めてのナビゲーション相手が同じ学校の子なんて、ちょっと照れくさいな」


 まあ、とにかくそんな感じで少しだけ気になる女の子が自分の部屋にいて、恥ずかしそうに笑いながら手を差し伸べ、シンクにとってはまったく意味不明な事を言った。


「ようこそ信頼と喜びの『アミティエ』へ。これからよろしくねっ!」

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