第68話 陰謀の香り
門番は私が魔女と名乗った事ですんなりと中に通してくれました。
魔法使い、魔女、それらはギュスターヴ王国の者の証でもあります。魔法を使える人材はそれほど世界全体で見れば少なく、だからこそギュスターヴ王国は大国として名を馳せ、属国を持つに至っています。
そして、ギュスターヴ王国の貴族階級からあぶれた人間が魔法使いや魔女として野に下るのは、何も国内だけの話ではありません。当然この南国にも居るでしょうし、その存在は珍重されています。
少なくとも回復魔法を掛ける事ができる……それだけでも城の中に入れるには十分な理由だったでしょう。
私と付き添いのシェルさんは王宮の奥の間に通され、広いベッドの上で氷嚢を頭に乗せている王子その人と対面しました。向こうは意識混濁状態なので対面と言っていいのかわかりませんが。
熱が出ているという事は、体がまだ戦っている証拠、中に毒が残ってしまっています。胃洗浄では間に合いませんでしたか。
「容態を診させてください」
沢山の使用人をかきわけ、私は王子に近付きました。
褐色の肌に黒い髪、額に赤いひし形の入れ墨を入れた高貴なるお方に近付くと、私はまず熱と脈を測りました。もちろんこちらには体温計も無いので素手でですが、高熱と判断していい熱、脈は弱いです。
こちらの国では毒見役の人はいないのでしょうか?
「毒見役の方は大丈夫ですか?」
「いえ、毒見役も伏しております。王子共々胃洗浄は行いましたが、何の毒か判別できず……」
「今は緊急事態です。その方も併せて診ます。この部屋に連れてきてください!」
「は、はい!」
寝台ごと運ばれてきた毒見役の女性と、王子の眼底や口腔内を診ます。皮膚もです。
殺鼠剤では血液を異常な程さらさらにしてしまいます。そのため、出血症状が出ます。今は熱も出ている事と、摂取して間もない事から、粘膜を中心に調べましたが……眼底出血、口腔内出血、皮下出血を起こしているのが両者ともに見られます。
(これは……アレンジされたあの毒で間違いないでしょう。レシピを作った時には即効性だったので解毒薬を特に考えていなかったのが痛いですね……)
私は広い王子のベッドの端にありったけの薬草を並べました。【調薬】のスキルで薬効を見ながら、自宅で医学書を読み漁った知識で対応する解毒薬を調合しなければなりません。
レシピは完全に元の物ではなくなっていました。おそらくこの症状からするに、血友病に対する治療方法が一番近いと思われます。
排毒の前に出血を止める薬を体内に注射したい所ですが、この世界に注射器などという物はありません。
前世の私は医者ではありません。研究員です。注射がうまくできる自信もありません。
ですが作るべき薬は作れます。この世界で得た知識と技術と魔法があれば、この2人を助ける事が可能です。
まずは【調薬】でこちらの世界で血友病に効くとされている薬を調合します。血液中の因子が毒によって破壊されているので、その因子を足し、破壊する毒薬を弱らせる薬です。バスケットの中の薬草でこれはすぐに完成しました。
「人払いをして二人の服を脱がせてください!」
「え?!」
「はやく!」
「は、はい!」
部屋の中はがらんとしました。いるのは私とシェルさん、そしてお付きの王宮医と思われるおじさんだけです。
下着姿になったお二人には申し訳ないのですが、全身にこの調薬した薬液を掛けます。
注射が出来ないのなら浸透させるしかありません。全身にです。【創造】で注射器を作る事も考えましたが、必要な消毒用アルコールなどを揃えている時間が惜しかったというのもあります。創造は便利ですが時間が掛かるのです。
全身に調薬した薬液をふりかけた二人に、私は回復魔法を使いました。
回復魔法……それは別に万能の治癒魔法ではありません。本人の自己治癒能力を高めたり、薬の効果を高めるといった効果があります。
薬液を本人の身体の一部として回復魔法を掛ける事で、私は2人の身体に薬液を浸透させました。これで症状は軽くなるはずです。
「はぁ……はぁ……」
ここまで緊張で息をつめていたせいで、魔法を使う時の魔力量の調整が効きませんでした。私はぺたんと座り込んでしまいまして、シェルさんに支えられてどうにか上体を起こしているといったところです。
少し振り返ってシェルさんを見ます。
「あの、シェルさん……二文字魔法の【回復】は使えちゃったり……」
「しますよ。必要ならば使いましょう」
二文字魔法の回復。私が掛けた回復魔法よりも効力は数段……いえ、とびぬけて上です。一気に病状が回復する可能性があります。
私がやったのはあくまでも毒の破壊と、毒によって破壊された体内の因子を足す事。
そこにさらに二文字魔法の回復が掛かれば……一。
「……お願いします。これは、私が清算しなければいけない事なので……助けてください」
助けてください、というのも少し恥ずかしかったのですが、もう頼れるものには頼るしかありません。
「お任せください、マリー様。貴女のためならば」
状況的に私のためじゃなくてもやって欲しいんですけどね。それは言わないお約束です。
「では……【回復】」
部屋の中に魔力で風が吹きます。
魔法を掛けられた二人の身体がほの緑の光に包まれて持ち上がり……ゆっくりと寝台に降りてゆきました。
目に見えて皮下出血がなくなり、呼吸が安定しています。
私は床に手を付いて立ち上がると、毒見役の女性の脈を測り、熱も計りました。平熱、脈も強く、呼吸も規則正しいものになっています。
王子の方も同じように調べました。眼底出血も口腔内出血も収まっています。熱もありません。
「よ、かった……」
ひとまずの問題は片付きました。
しかし、私にはまだやる事が残っています。
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