第67話 それは唐突に

 先日思いついた、虫を寄せて殺す、というアイディアの為に、私は日々マーケットに出向きました。物騒? 南国の虫の多さを舐めないでください。結構虫刺されできてますからね私。


 こほん、市場に出向いているのはどの果物が一番虫を寄せるのか、特に困っている事は無いか、そういった事を調査する為です。


 果物屋さんでいくつもの果物を買い込み、スパイスや花と同じように閉じ込めた虫の中にその欠片を置いてみました。


 結果、一番虫の食いつきがよかった果物が分かりました。この世界独特の果物で、現代日本で言うならばマンゴーが近いでしょうか。もっと干し柿のようにねっとりとした食感で、非常に甘いです。匂いも強く、この果物に蚊はよくよっていきます。


 何日か日を置いて腐っていてもその果物に寄って行く事が分かりました。果物の名前はマニーバという物らしい。この国の特産品で、暑い地域でしか育たず、日持ちしないので乾燥させたドライフルーツが他国には出回っているとか。


 マニーバを液状にするのは難しいです。ねっとりとした果実はただ絞ってもただ粘状のものになるだけで、果汁を抽出するというのは難しいようです。


 かといって、腐ると物凄い悪臭を放ちます。それでも蚊はよっていくので、余程この果実は蚊に大人気なのだと分かります。悪臭を抑えつつも、蚊を寄せるにはある程度匂いが届いた方がいいはず、と思い試行錯誤を繰り返しましたが、なかなか難しい。


 ちょっと思い立って、乾燥させたマニーバを手に入れてみました。


 乾燥マニーバの方は蚊の食いつきがあまりよくありませんね……。


 そもそも、蚊と人間の嗅覚にはどれ程差があるのでしょう? もし蚊の方が鋭い嗅覚を持っているのならいいのですが……。


「におい……におい……あっ!」


 マニーバの精油を作れば、長い期間匂いを発し続けます。精油ならば遠心分離機を使えば圧搾法で取り出す事が可能です。あぁっ! どこ〇もドアが欲しい!


 無い物を強請っても仕方が無いので、私は市場でありったけのマニーバを買い込みました。そろそろここに滞在して一ヶ月近くが経ちます。ここでの研究には限界がありますし、一度帰って本腰を入れて研究する段階がきたものとします。


 海での気分転換で泳ぐ(水着はもっと露出の少ない物を作りました)のも良かったのですが、ここでは道具も実験器具もなさすぎます。かといって、コテージに遠心分離機を置いて行かれても迷惑でしょう。持って帰っても二つあっても仕方ありませんし。


 他にも、採取した花を育ててそこから防虫成分を取り出すこともしなければなりませんし、いい加減引き上げ時ですね。よし、帰りましょう。


「マリー様!」


 そんな事を私がコテージのリビングで考えている時でした。


 出掛けていたシェルさんが慌てて転がり込んできました。どうした事でしょう。


「どうしました?」


「た、大変です……、この国の王子が毒で倒れられました。今街はその噂で持ち切りです。医師はいるのですが、こちらでは薬膳の発達はしていますが現状王子を助けられる医者がおらず、王宮から街に医療の心得がある者を探し回っている始末で……!」


 それは大変ですが、シェルさんがそこまで慌てている理由が分かりません。そういう事なら私が出向くのもやぶさかではありませんが……。


「それで、どうしてそんなに慌てていらっしゃるんですか?」


「その王子に盛られた毒というのが、ギュスターヴ王国から流出したという噂なのです……!!」


「えっ?!」


 これには私もビックリしました。


 というか……時期が合いすぎませんか? 私がこの国に来て一ヶ月。その少し前に殺鼠剤としてレシピの改変を行い国王陛下に直々にお渡ししたばかりです。


 あれは配合さえ変えれば遅効性の毒にもなりますし、とにかく毒薬としては性能と使い勝手が良すぎる代物です。何故あの組み合わせを思いついてしまったのか、私よ。


「今、胃洗浄を繰り返し行っているようですが……マリー様、どうか王宮に赴いてはいかがでしょうか」


「そうですね。私が診る方が……いいえ、私が診るべきかもしれません」


 こうして私はシェルさんに連れられるまま、街の奥にある王宮へと走って向かいました。バスケットをもって。バスケットの中にはいろいろな薬草が入れっぱなしになっています。この国のスパイスや薬草も色々手に入れました。あとは病状を診て、可能なら解毒剤を【調薬】するしかありません。可能であれば。


 できれば私が考案した毒薬にかすりもしない毒薬でありますように……!


 しかし、こういうタイミングの良さとかを思うに、たぶんほぼ確実に……いえ、悪い想像はしないに限ります。


 しかし、なんで私がこの国にいる時にわざわざ毒殺騒ぎが起こるのでしょうか? 何かの嫌がらせですかね。


 急いで街中を駆け抜けながら、私は頭の中でそういう事をしそうな人間を思い浮かべていました。


 元公爵家、これでも人脈というか、王宮の相関図的なものは頭の中に入っています。


 大国とは言え、南の国とは良好な関係を築いていたはずです。何故王子に毒を盛るのか、考えられるのは王位継承争いに誰かが要らない入れ知恵をした可能性です。


 王宮に辿り着きました。私は門番に向って叫びます。


「私は魔女のマリー、医学に心得があります! 中に入れてください!」

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