第64話 虫が多すぎます

 改めて街に出てみると、様々な工夫が凝らされているのだとわかります。


 建物はどれも大きな窓が付いており、一階は吹き抜けの構造になっており、そこの前に屋台が出ています。店主が立っているのは一階部分の日陰で、屋台の上だけを布で覆っているので風通しがよさそうです。


 一階をそのまま店舗にしているお店もありましたが、ここもカウンターのような造りで風が通るようになっています。どの建物も一階の中の部分に階段があり、人が住むのは二階から上のようです。


 大通りにはたくさんの屋台やお店が並んでおり、平たく焼いたパン、濃い色の果物、木の実、野菜などが並んでいました。他には鮮やかな色に染められた布や服も売っています。あ、水着もありました。こちらの世界仕様で少々ダサいので購入は見送りましたが……あとで露出度を抑えつつ自分で【創造】しましょう。


 肉類や魚類は見かけません。調理した串焼きはあったのでそこの串焼きを3本買って三人で分けました。


 その時聞いた話によると、肉類や魚類は腐りやすいので朝の陽が昇る前後か、陽が暮れてからしか市に出ないそうです。こうして焼いたものも、朝のうちに焼いておいてそれを温め直して出しているのだとか。生活の知恵ですねぇ。


 スパイスの効いた串焼きは少しぴりっとしますが辛すぎる事もなく、スパイスの風味が鼻に抜けてさわやかな味わいでした。おいしかった。帰りにアオイさんにも買って帰りましょう。


 しかし……虫が、多い!


「本当に虫が多いですね……!」


 ぱちん! と私は自分の腕にとまった蚊を叩きながら言いました。食べ物に不潔感は無いのですが、小さな虫がさっきからよく飛んでいます。


 飲食店の方々は商品の上に薄いベールをかけて、欲しい物を言うとそれを紙袋に入れて渡しています。


 人体には害が無く、かつ植物から採れるもので、なんとか虫よけスプレーや蚊帳、あぁいった商品にかけるベールまで開発したいですね。


「お、いい匂いがするな」


「そうですね。夕食の為に少し買いましょうか」


 イグニスさんとシェルさんが言ったいい匂い……それはスパイス屋さんでした。


 麻袋にどっさりと入った色とりどりのスパイスが、確かにいい香りを放っています。


 不思議な事に、このお店では商品にベールをかけていません。というか、このお店の近くは虫がいません。という事はこのスパイスの中に虫の嫌う匂いを発するものがあると思われます!


 収穫です! とりあえず全種類ちょっとずつ買って帰る事にしました。


「すみません、全種類50gずつください!」


「あいよ! 中には火を噴くほど辛いものもあるから気ぃつけな、嬢ちゃん!」


 店主のおじさんは愛想よく笑いながらスパイスを量り売りしてくれました。


「火を噴くほど辛いそうですよ。本当に火を噴かないでくださいね、トカゲ」


「抜かせ馬。我の舌はそのように貧弱にはできておらぬわ」


 お会計を済ませると、さっとシェルさんが荷物を受け取ってくれました。


「ありがとうございます」


「いえいえ。執事の勤めです」


 笑顔でやり取りする私たちに何を思ったのか、イグニスさんが店主に「少し邪魔するぞ」と言って店の中のスパイスを嗅ぎはじめました。しかも口呼吸です。ヤコブソン器官大活躍ですね。


「ふむ……大体わかったぞ」


「何がです?!」


「虫の嫌う匂いとやらだ。帰ってから教えてやる」


 ド、ドラゴンのヤコブソン器官凄い……! 私たちは店主の方にお礼を言うと、足早にコテージに帰りました。


 中に入るとアオイさんが人の姿で床に転がっていました。毛がなくて表面積が多い方が涼しいという事に気付いたのでしょうか。何も知らなかったら殺人現場かと思う所ですが、生憎アオイさんを暗殺できるような人はそうそういません。


 ぴく、と肩を揺らして起き上がったアオイさんは、顔をしかめました。どうやらシェルさんの荷物に対してのようです。


「匂いが……すごいな。混ざり合って大変な事になっている……」


「今からこれのそれぞれを調べるので、きつかったら部屋で寝ててください」


「悪いがそうさせてもらう……俺は夜に、森の方に行ってみる」


 アオイさんがふらふらと部屋に入り扉が閉まるのを見届けてから、かってきたスパイスを少量ずつ皿に出しました。


 イグニスさんは先程と同じように口で匂いをかぎ取ると、これ、これ、これ、と3つの皿を避けました。


「この三つは虫が嫌う匂いが入っている。嗅いでみろ」


「は、はい」


 どうやら【調薬】では匂いの性質までは分からないようです。薬効は分かるのですが、虫が嫌う、という薬効はありませんので仕方ありません。


 嗅いでみると、主に柑橘系の物を乾燥させたスパイスを嫌うようです。


 レモングラスは分かりますが、他の2つはこちらの植物なのでしょう。どれもさわやかで良い匂いです。


「この系統の匂いを虫は嫌うようだ。スパイスという事は人体にも害が無い。この辺を参考に何か作れるものは無いか?」


 私は少し考えました。これは乾燥させたスパイスです。そうではなく、生のこれらがこの国の土壌から採取できれば生産・流通に乗せられます。産地を聞いておくべきでした。


 しかし、これは収穫です。夜、アオイさんが森に行く時には連れて行ってもらいましょう。この三種類だけの匂いならそこまで嫌がらずに嗅いでくれると思うので、アオイさんの鼻を頼りに夜の植物採集です!

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