第53話 国王陛下襲来

 アオイさんとのデート(?)の後、暫くは採取した野草や庭の薬草の手入れや栽培をして慎ましやかにも健康的に過ごしていました。


 そんな庭仕事の最中、この辺では見かけない高級そうな箱馬車が門の前で止まりました。先日の夜会で見たどの馬車よりも立派です、この田舎では目立つ事おびただしい。


 都ぐらしの時にはよく目にしたものですが、そして実際乗ってもいましたが、まさかこんな辺境の地でお目にかかるとは思っていませんでした。


 うちの前に止まったということはうちに用があるのでしょうが、このパターンにいい思い出はあまりありませんね。この、というのを解きほぐすと高貴な方がお尋ねになってくる、となります。


 御者さんがドアを開けそこから降りてきた人を見て私は叫びそうになったのを、土塗れの手袋で口を抑えて堪えました。危な。


「……これは、もしや驚かせてしまったかの」


「こんな所で何をされているのですか、……国王陛下」


「それを話す前に、顔を洗ってきたらどうかね?」


 とっさの事でしたので私の顔は土汚れが付いてしまったようです。家畜小屋で作業を終えたブルーに片手を上げて合図すると、駆け寄ってきてくれました。


 そして、まさかこんな所にいるはずの無い高貴なお方の姿に絶句しています。


「ブルー、この方にお茶を。私は身支度を整えて参ります」


「か、かしこまりました」


 こうしてブルーに後を任せると、私は裏口に回って手袋を干し、洗面所で顔を洗い、自室でちょっとよそ行きのワンピースに着替えました。


 私はもう国民でも貴族でも無いのでこれでいいのです。日焼けした肌にお化粧もちぐはぐですしね。


 リビングに降りて向かいに座ると、お茶を楽しんでいる国王陛下がいます。ちぐはぐ。凄い違和感です。身形は伯爵位に抑えてありますが、それでもご尊顔を存じておりますのでお忍びもへったくれもありません。


「……それで、追放された私にどのようなご用件でしょう」


「今は家名なきマルグリート……、いや、不老不死の魔女マルグリートよ。事態は儂の手に余る。知恵を借りたい」


「……知恵、ですか?」


「そうだ。貴殿は既に監視されていた事は知っておろう。円滑に交流を図ろうとした事もだ。しかし、それらは全て失敗に終わった。儂が何故そうした接触を持とうとしていたかは理解しているであろうか」


 国王陛下の顔は真剣です。


 実のところ、全くもって思い当たる節が無い訳じゃ無いんですけど、それは客観視すればのお話。主観では無駄なことをと思っていました。


「毒薬のレシピですね? ご存知かと思いますが、今の私にあのレシピをどうこうする気はございません。地位も名誉もいりませんし、都に関わる気もございません」


 口約束でどうにかなる事では無いと分かっていますが、そもそも調薬すらしてない毒で国外追放食らってますからね。今更恐れる物などございません。


「それは、生活ぶりを聞いて理解しているつもりだ。それに不老不死ともなれば、もはや何事も些事であろうと思う。状況が重なり国外追放としてしまったが……それについては、馬鹿息子に充分に責があった。本当にすまない……このレシピ、貴殿がどうこうする気はなくとも、貴族の間に出回ったらどうなるか、儂はそれをずっと案じておる」


 まぁそれは大変なことになりますね。


 おさらいというか、基本的にこういった薬や毒などの研究職の方は徹底的に身元を洗われ、半軟禁状態で、その研究成果も完全に外部には秘されています。そして国が管理します。


 私のレシピもその中に突っ込めばいいだけだと思うんですが、市井の人でも簡単に作れる、という点が問題なのでしょう。研究職の方々はプライドが高いので、他人のこんなレシピを見たら……自分たちが最高の環境でも作れなかった物をポッと出の女の子が作ったと知ったら。


 嫉妬は安易に人を狂わせます。間違いなく出回ることでしょう。


 処分する、には惜しいといった所でしょうか。欲をかくのは良くないと思いますけどねー。


「わかりました。では、そのレシピを問題のない物にしてしまいましょう」


「で、できるのか?! ……レシピを」


 背後に控えていた御者さんの胸元から厳重に封をされたレシピが仰々しく出てきました。


 御者さんとブルーに部屋を出てもらい、2人きりになった私は手近な棚からペンとインクを持ってきました。


 レシピの材料は変えません。これは元は殺鼠剤ですので、それぞれの数値の部分を黒く塗りつぶし、配合を変えました。即効性を高める薬品の量をうんと減らし、代わりに持続性を持たせ、毒としての効能を薄めます。鼠用なので。


 サラサラと迷いなく私が配合を変えた事で、国王陛下は難しい顔をしていました。


「いいですか、これは殺鼠剤です。人間が死ぬには……それなりに大量摂取する必要があるでしょうね。苦しみはするでしょうが、胃洗浄と既存の解毒剤で助かります。殺鼠剤としてこのレシピを広めてください。『詳しく調べた結果人間には大した効果がない事が分かった』というお触れが付けば問題ないでしょう。実際私は調薬も実験もしていないのですから、王立研究所で改めて研究してしまえばいいです」


「筆跡は確かに貴殿の物……噂だけ知っていたものもこれを見れば、承服するか」


「そういう事です。国王陛下が国外追放した、という事実は消えませんが……毒は毒でも『人間に』効果が無ければ人は安心しますし、危惧されていた血で血を洗うような暗殺なんかにも使えません。まして、市井で殺鼠剤として扱われているものに貴族が興味を示すはずもありません」


 立派な髭を蓄えた顎をさすり、国王陛下は暫く考えこまれました。


 これ以上は私としても関わりたくないです。というか、他に方法が思いつきませんでした。


 やったことの責任は取らなければなりませんが、この紙切れ一枚が決め手で私は国外追放されました。


 国外追放がこのレシピの有用性を裏付けてしまったのです。皮肉ですけど、こうなったらそもそもの元が間違いだった、という泥を国王陛下にも被ってもらわなければ解決しません。


「……助かった。この通りだ、不老不死の魔女マルグリート、礼を言う」


「いえ、私が原因なのは変わりませんから」


 深々と頭を下げられた国王陛下を慌てて宥めて頭を上げてもらいます。


 レシピは再度厳重に封をされ、国王陛下の懐へと仕舞われました。


「この礼と詫びをしたい。望む事はないか」


「……でしたら、医学書をさり気なく貸してください。読み終わったらお返しします。私は今はただの魔女です。人の役に立ちたいんです」


「その程度のことなら」


 こうして私と国王陛下は硬い握手を交わして別れました。お忙しい方ですからね、帰りも速やかでした。


 偉い人と話すのも、貴族としての自分として振る舞ったり考えたりするのも疲れました。


 ソファに横になり、シェルさんの甘い物を行儀悪く摘みます。


 これでもう、あの国が私にちょっかいをかけてくることは無いはずです。安堵と疲労で眠気までやって来ました。


 ベッドまで向かう気力も無くソファで昼寝を始めた私に、誰かがブランケットをかけてくれました。


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