第52話 デート?
「マリー、聞きたいことがある」
夜会から数日、ポールさんが置いて行った医学書を読んでいると、珍しく人型のアオイさんに話しかけられました。
夜会の日は大層お楽しみだったようで、帰ってくると後片付けに奔走するブルーと庭で転がっているアニマルズ、そしてアニマルズを潰したと思われるクリス神様が優雅にお茶を嗜んでいるという図が待っておりました。無礼講は構わないんですけど、私が居ない時にってのがちょっと気に入らないですね。私も混ざりたかった。
「はい、なんでしょう?」
「男と女が二人で出掛けるのは、デートというのか?」
「はい? えぇ、まぁ、はい。たぶんそれはデートですね」
「ならば、俺とデートしよう」
突然のことに飲んでいたお茶を噴き出しそうになりました。堪えたんですが少し気管に入ったようで大いにむせます。
「げほっえほっ……な、なんです藪から棒に」
デートってこんな淡々と誘われるものでしたっけ?
「嫌か?」
「嫌、じゃないですけど……」
先日、淡い恋心に決着をつけたばかりの私が、人外とはいえイケメンとデートというのはなんだか尻軽なような……。
クールダウンする時間が欲しいのが本音ですが、アオイさんの言うデートが人間同士のそれでない事は先ほどの会話から推測できます。
二人で出掛けたい、だけなんでしょうね。それならお付き合いしましょう。読書ばかりしてこもりきりでしたし! 気分転換大事!
「じゃあ、行きましょうか。お弁当を作ってもらいましょう」
「いや、必要無い。すぐに出発するぞ、時期が過ぎてしまう」
そう言ってアオイさんは私の手をぐいっとひっぱりました。
本が落ちるのも構わず外に連れて行かれると、大きなフェンリルの姿になって腹這いになっています。乗れ、という事でしょうか。
フカフカの背中に乗り込むと、しっかり捕まっていろ、と言われて私はアオイさんの毛を掴みました。
……絶叫系は苦手なんですってば。
背に伏せていると眼前の景色が後ろにどんどんと流れていきます。迫りくる枝も岩も灌木もかわしてアオイさんは森の中を自由自在に駆け巡ります。私は目を閉じてるのも怖かったので只管悲鳴を堪えています。
「わ、ぁ……!」
森を抜けて一気に視界が開けたと思ったら、アオイさんが足を止めました。
物語の中に出てくるような、色とりどりの花が咲く景色がどこまでも広がっています。
所々で目の端に薬効が出てくるのが邪魔でしたが、これはいい場所です。薬になる花は摘んで帰りましょう。ポケットに【収納】すれば元気な状態で持ち帰れそうです。
「ここで待っていろ。好きにしていい、……この花畑は俺の縄張りだ」
言いおいて、アオイさんは再び森の中に入っていきました。
もしかしてアオイさん、これを見せたくて急にデートとか言い出したんでしょうか。
花畑……しかも縄張りという事は他に知る人がいない花畑です。両手に抱えきれない花束を渡されたような気になります。
御礼を言う暇も無く森の中に戻られてしまったので、私は見た事のない野生の花々に目を輝かせながら、薬効のある花を根から掘り起こしては収納していきました。ただ摘むよりもこうしておけば庭に植え替えができるので!
森から随分と離れたところまで来てしまいました。急に、先ほどまでは頰を撫でる心地よい風だったものが、孤独を掻き立てるように感じて森の方を目で探します。穏やかな丘になっていて、中々元の方向を思い出せません。
「すまない、待たせた」
そんな時に、背後から花畑を駆け抜けてアオイさんが来てくださいました。私はほっとして、思わず首に抱きつきます。もふもふふかふかな首に暫く埋もれてから、「どこに行ってたんです?」と尋ねました。
「これを採ってきた。食べるといい」
そう言って体を伏せたアオイさんの背中には、見た事のない果物や木の実がいっぱい乗っていました。
ここで一つ問題があります。アニマルなアオイさんと私では味覚が違うかもしれない問題です。
せっかく採ってきてくださったのに、美味しくなかったらどうしましょう……。
しかし、食べないという選択肢はありません! ひとまず口に入れてみなければ分からないものです!
伏せたまま尻尾を振っているアオイさんの背から、なるべく熟してそうな濃いオレンジの実をとります。袖で拭いて、薄い皮ごと齧ってみました。
「美味しい……!」
口の中に瑞々しい果汁が溢れます。食感は洋梨に似ていて、味はマンゴーに近いでしょうか? 濃厚な甘さと独特な香りがします。
「よかった。……どうだ、少しは元気が出たか」
アオイさんは、どうやら私に元気が無いように見えていたようです。……実際、そんなに平気だった訳ではありません。
私は座ってアオイさんにもたれかかりました。柔らかな毛足の背もたれは安心して寄りかかることができます。
「マリーは優しい。優しいから、諦めも早い。他人事なら変な行動力を見せるのに、自分の事となるとうちに篭りすぎる。もっと、自分に優しくしてやれ」
できないうちは、俺が優しくしてやる。
優しい声でアオイさんが言いました。私は果実を齧りながら、ボロボロと涙を溢します。何も言えません。
ポールさんとの事は、あの決着でよかったと思っています。しかし、間違えない事と、自分が幸せな事は一緒じゃありません。
しゃぐ、しゃぐ、と果実を食べ切ると私は涙を拭いました。
そして思い切りアオイさんに体を委ねます。午後の日差しが心地よいです。
「私は果報者ですね。優しい皆さんに囲まれていますから」
「それはお前が優しいからだ」
「ふふ、だったら嬉しいです」
アオイさんの毛皮は太陽の匂いがします。
私はいつの間にか眠ってしまいました。ここのところ、夜はよく眠れなかったので。
「……ゆっくりおやすみ、マリー」
そんな優しい声と温かな風に包まれて、久しぶりにぐっすりと私は眠ったのでした。
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