第49話 一方その頃アニマルズは

「では、マリー様も出掛けられましたし始めましょうか」


 そう私が言い出したのは、テーブルにシェル様、アオイ様が撃沈し、イグニス様がふんぞりかえっているリビングででした。


 パン、と手を叩くと皆様がこちらを見られました。一体何のことだ、と言いたげな皆様の視線を受け、私はニヤリと微笑みました。


「幸い食材は山ほどあります。マリー様も美味しいものを食べてこられるはずです。偶には皆さん、元のサイズで心ゆくまでご飯を食べたいと思いませんか?」


 私のこの提案に、最初に食いついてきたのはアオイ様でした。


「……いいのか?」


「もちろんですとも。日頃皆さんにはお世話になっています、村から牛を三頭買い取って潰してあります。もちろんお高めの穀物の飼料もありますよ! 外で焼いて思う存分食べましょう!」


 私は嬉しすぎてニコニコしながら続けます。あぁ、元のフェンリルはどれほど大きいのでしょうか。ドラゴンの胃に牛が三頭では少ないでしょうかね。


「そうですね……、たまには私たちも息抜きが必要です」


 ペガサスのお姿で飼料を食むのを見るのは初めてですね。じっくり観察したい所です。


「そうじゃな、今日は無礼講といこう。酒は無いのか?」


「ご安心ください、樽でご用意しております」


 肉といえば赤ワイン。こちらも上質なものを買っておきました。


 家計を握るのは使用人の役目。偶にはこうして幻獣種の皆さんと楽しく食事する位は許されましょう。


 ちなみに、お会計は私がこちらに派遣されている国からの特別賃金を使っております。普段はマリー様がお金を出してくださいますが、これは私の独断先行。主人のお金に手をつけるのはもっての外です。


 マリー様の献身は素晴らしいものです。私という監視役がいなくとも、あの方は毎日働き、村の方々と交流を持ち、こうして幻獣種の皆様を助けて暮らしているのだろうと思えます。


 が、私もできることなら幻獣種の皆様と仲良く暮らしたい。役目を降り、国に暇をいただき、いっそここに骨を埋めたい。楽園です、普通ならば災害とされたり、手懐ける事が困難とされる幻獣種に囲まれて暮らす日々。お手入れまでさせていただける。動物好きにはたまらない場所です。


 そんな事を思いながら、庭の洗濯物を干す広い空き地をがらんと開けておきました。そこにイグニス様とアオイ様に頼んで家畜小屋に隠しておいた牛を運んでいただきます。生きたまま連れてきてもらい、早朝のうちに潰しておいたので鮮度に問題はないかと。


 かくして、庭に三頭分の肉が詰まれ、皆様が本来のお姿をとられます。最高の景色です。


 ドラゴンの姿のイグニス様はやはり壮大で、家よりも少し背が低い程度ですが巨大でございます。アオイ様も、本来の大きさは5メートルはあろうかというお姿。銀の毛並みが美しいです。


 お高めの飼料を大きな桶に開けると、シェル様も翼を広げたペガサスのお姿になられます。雑食らしいですので、気になったら肉に手を出してくださってかまいませんよ。


 イグニス様の炎が牛をいい具合に焼いていかれます。焼けた一頭にアオイ様が口をつけられました。大迫力です。


 私は少し肉を分けてもらい(それでも巨大なステーキです。充分な量にございます)早速宴会が始まりました。


「しかし、アレだな。マリーはまだ人の心で安定していない。今日のポールと言ったか? あの監視役に傷つけられねばよいが」


 焼いた肉を食べながらイグニス様が放ったお言葉に、私はぎくりと肩を揺らしました。彼らにはどうやらお見通しだったようです。


「それも人生経験だろう。あの監視役にマリーが入れ上げているのは事実だ。しかし、そうなれば数十年先に待っているのは愛する者の死だ。マリーはそこまで馬鹿では無いだろう」


「そもそもあの監視役はマリー様が不老不死だと知らない様子。向こうは向こうでマリー様に懸想していますからね。さて、どうなることやら」


 肉と飼料に顔を突っ込みながら、アオイ様とシェル様も続けます。しかし、何と言いました? マリー様が、不老不死?


「あの……マリー様は不老不死なのですか?」


 私が控えめに訊ねると、思わぬところから答えが返ってきました。


「そうですよ、まだ本人は上辺だけの実感しか無いですがね」


 背後から祈りの間に飾られているクリス神様がふわりと現れました。宴会ならば混ぜてください、との事でしたので勿論輪に加わっていただきます。


「マリーは不老不死になりました。ポールがどう思おうと、マリーがどう思おうと、それは事実。……たぶん、今日何か答えを掴んで帰ってくるのではないでしょうかね」


 神様は持参のサンドイッチに焼いた肉を薄く切って食べていらっしゃいます。


 不老不死。まさか、そこまでの寵愛を神から受けているとは思いませんでした。


 本格的に暇をいただいて此方に永住させていただこうかと私は考え始めます。国は不老不死ではありません。国とは栄華を極め、その後は緩やかに衰退しゆるもの。どちらに仕えるかと聞かれれば、私はここに仕えたいです。そして骨を埋めたい。


「マリーが傷付かなければそれで良い。ポールとマリーの間にあるのは確かに恋だ、本人たちは無自覚であろうが」


「我々は悠久の時を生きるもの。マリー様のお気持ちがどうあろうと、待つ事は苦になりません」


「永遠に俺たちが選ばれない、という事もあるだろうな。まぁ、種を残したいという本能が無いから構わないが」


 皆さんのお言葉は私には分かりかねます。ですが、マリー様は決して寂しいからと手慰みに誰かを愛する真似はされないでしょう。性質の良さなど見ていれば分かります。


 なまじ調薬の才能があったばかりに、毒薬を作るという凶行と即効性の致死毒のレシピなど作られて国を追われこうして監視を付けられていますが、……不老不死ならば国が先に滅びるでしょう。


(後は、ポールが自分の人生を間違わない事……それが、どんな答えであれ……国に加担する事だけは、彼の愛する人にとって最悪の答えだというのだけは、理解できるよう)


 私にできるのは祈る事だけです。


 宴会は、お酒も入り盛り上がっていきます。


 私は国から離れる決意を固めました。

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