第50話 秘密
ポールさんとのダンスは楽しい時間となりました。練習しただけあって、お互いの足を踏むこともなく踊りきることができて満足です。
踊った後は料理を食べに端に寄りました。
この世界では15歳以上からお酒が許されています。シャンパンを貰い、くいーっと傾けて喉に流し込みました。美味しい。
ポールさんも同じくシャンパンを片手に、どの料理を食べようかと物色していました。
「あ、これうまそうですよ」
なんて言いながら私の皿にひょいひょい料理を乗せていきます。今は侍女がいないので自分でコルセットを締めているのですが、おかげでお皿いっぱいの料理も食べきれそうです。ビバ、自己判断コルセット。
ちょっとお皿を置いておいたりできるテーブルの周りに並んで陣取ると、美味しい料理を感想を言い合いながら食べました。
途中、ポールさんがお得意様を見つけて声をかけに行かれたので一人で食べていましたが、ちょっとまずかったですね。料理ではなく、シチュエーションが。
壁の花になっていらっしゃるお嬢様方の集団が、口元を隠しながら私をじろじろみています。あぁ、国外追放された魔女だとバレているんですね。それを黙っていることができない程度にお子様で、それでいて同じ会場にいる事に眉を潜める程プライドも高い、と。
前世三十路の私は今更陰で何を言われても痛くも痒くも無いのですが、修羅場は勘弁願いた……こっち来たー?!
「あなた、国外追放された方でしょう?」
「名乗る家名も無いのによくこんな所にのこのこ出てこられましたわね」
「知ってるんですのよ、あの国の皇太子を毒殺しそうになったって。あの連れ合いの方はご存知なのかしら?」
噂って変な風にねじ曲がりますよね〜。
この場所もよくないですね、ホールのちょうど隅の方です。
かと言って正しい情報を提供したところで、言われる嫌味の内容が大して変わることもないですし。
この方々も婚約された男性が他の女に入れあげて自分の事を見向きもしなくなる、なんて状況になったらどうするつもりなんでしょう。しかも自分より身分が上、こちらからは婚約解消もできません。
割と辛いですよ、と説明してもきっと分かってもらえないでしょう。半笑いで私を馬鹿にするのにここに来ているのは明らかです。
私はせいぜい戸惑った表情で狼狽えるしかありません。その間も言葉の矢はどんどん私に刺さります。
「ご一緒されている方も、なんであなたなんか連れてきたのかしら。品位を疑われますわ」
「仕方ありませんわよ、あの方も普段は行商人をしていらっしゃるらしいですもの。こんな女しか連れてこられなかったのですわ」
私の悪口ならまだしも、ポールさんのことを言われるのはカチンと来ますね。
言い返そうと口を開きかけた時に、そっと令嬢方と自分の間にポールさんが体を滑り込ませました。
「お嬢様方、こちらのマリー嬢に何かお話が? 何なら私が代わりに承りましょう、皆さまのご両親にはご贔屓に頂いているのでお顔もお名前もよく知っていますよ」
その一言で彼女たちの嫌味を止め、かつ、これ以上言うならご両親にお話ししますよ、と釘を刺して黙らせてしまいました。
鮮やか! 顔が眩しくないだけで、まるでヒーローですね。
彼女たちは「何でもありませんわ!」と言い捨てて離れて行きました。くるりとポールさんが振り返ります。
「大丈夫ですか? すみません、席を外してしまいました。嫌な思いはされてませんか?」
心底心配そうに聞いてくるポールさんに、私はとても安心してしまいまして。
言われる事は覚悟していました。ポールさんも私が国外追放されている事は知っていますが、その理由までは知らないはずです。
そんな女をこんなに大事にしてくれる。
嬉しさと、恥ずかしさで、顔が歪んでしまいます。泣き笑いのような顔で、「えぇ……」と言うのが精一杯です。
この人と私は同じ時間を生きられない。何故か今、そんな事がすごく気になってしまって。
顔を逸らして垂れてきた髪を耳についと掛けます。ポールさんの顔が見られません。
「少し、外の空気を吸ってきます」
「マルグリート嬢」
硬い声でそう告げると、私は露台のある窓に向かって逃げました。
露台の欄干を掴んで涙を堪えるために何度も深呼吸しました。
ふと、気にかかる事が胸の奥から湧いてきます。
私は魔女のマリーとしか名乗っていません。でも、今日、踊る時も今さっきも、マルグリートと呼ばれました。
(秘密があるのは私だけではないの……?)
呼吸がし辛いです。こんなに苦しいのは、何故でしょう。
何もかも、都合が良すぎた気がします。
「マリーさん」
追いかけてきたポールさんが背中から私に声を掛けます。心底心配してくださってるのが分かる声でした。
「ポールさん……、私たち、お互いに秘密が多いと思いませんか?」
振り向くこともできず、心の声を止めることもできず、私はそんな事を口走りました。
私はポールさんが、好きです。等身大の私でいられるこの方と、ずっと一緒にいたい。でもそれは叶いません。一人だけ老いていき、やがてその差に彼は悩み、そして私を置いて逝くのです。
それがポールさんにとって幸せだとは思えません。
そして、ポールさんは私の本名を知っている。ブルーのほかに、私の動向を探る人が居てもおかしくないです。なんせ、監視をつけられていたくらいですから。
行商人というのは、実にうまい口実だと思います。私が何をしていて、どうやって生活をしているのか、何を作っているのか、お金を払えば全部わかります。……毒なんて、もう作ってもいなかったのに。
「私の秘密をお話しします。ポールさんの秘密も……教えてくださいな」
これを言ったら絶対に結ばれる事はない。ポールさんは、監視役であろうと、一緒に過ごした楽しい時間は変わりません。私に向けてくれた好意も違わないでしょう。
「マリーさんの、秘密……? そして、アッシの秘密、ですか」
私は涙を拭って、笑って振り向きました。露台の篝火が風に揺れます。
「私は不老不死の魔女、マルグリート。大国で毒殺未遂を起こして国外追放された女。今も……この瞬間も監視されています。あなたに」
胸を張って毅然と告げました。ポールさんは絶望に顔を歪めています。
「不老不死……」
「私の勘違いだったらごめんなさい。あなたも私に好意を抱いてくれていたと思います。それ程、あなたは私に優しかった」
「勘違いなんかじゃ、ねぇです」
でも、不老不死の私と、あなたでは幸せになれない。その位、即座に理解したでしょう?
だからそんな、辛い顔をされているのでしょう? 私の顔もきっと鏡写しのようになっている筈です。
「アッシは……私は、たしかに大国の命を受けてあなたに近づきました。ですが、実際に接した貴女は、本当に可愛いただのお嬢さんに見えました。……近々暇を出して、本当に行商人のポールとして生きて、貴女の元に帰りたいと、思っていたんです。……思って、いたんですが」
私はポールさんの唇にそっと指を当てました。
「行商人として生きられるのはいい事だと思います。そして私は、永遠にあなたのお得意さんの魔女のマリー。……それが幸せだと思いませんか?」
涙が頰を伝います。私の手を包むように握ったポールさんが、跪いて私の手の甲へ口付けました。
「マリー……マルグリート。騙していてすまなかった。……互いの幸せのために、それがいいのは分かる。全ての清算を済ませたら……、またあなたの家を訪ねてもいいだろうか」
「ええ、もちろん。……そして、いつか何処かに腰を落ち着けて、素敵なお嫁さんを貰って、……息子さんやお孫さんにまた行商人になってもらって、私をずっとご贔屓にしてくださいな」
長い沈黙の後、ポールさんは伏せた顔を上げて笑いました。
「それがあなたにとって幸せなのなら」
「はい。私の幸せです」
立ち上がったポールさんは私を恐々と、壊れ物に触れるように抱きしめました。私も腕を回して抱きしめ返します。
「……息子さんはともかく、お孫さんにはポールさんというお名前がいいですわ」
「まずは嫁さんを探さなきゃなりません」
「ふふ。ポールさんならすぐ見つけられます」
「だと、いいんですがねぇ」
抱き合って話していた私たちは顔を見合わせ、そして、ふっと笑いました。
これでいいのです。不老不死の私と只人のポールさん。結ばれてもきっといい事はありません。一時的に幸せかもしれませんが、それよりも、ポールさんの家族がずっと私をご贔屓にしてくれる方が……うん、幸せです。
手に手を取って、私たちはホールに戻りました。今日のデートはまだ終わっていません。
最高に楽しい1日でした。これからずっと続く私の人生の中でも、思い出に残る。
この思い出があれば長い人生を生きていける、そう思う程に。
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