第35話 【鑑定】魔法

 リビングのテーブルの上に広げた財宝を一先ず横に避けて、今日はポールさんと二人だけでディナーです。


 いつもならみんなで食べるんですが、お客様がいらっしゃるので今日はブルーもシェルさんもアオイさんもダイニングの方で召し上がるようです。アオイさんは貴族の方と親交があったのでその辺弁えていらっしゃるようで。話が早くて助かります。


 とはいえ、別にシェフが居るわけでも無いので、猪肉のシチューにパンとサラダというごく普通の食事を楽しみました。


 ポールさんは本当にいろんな国を回っているようで、私が行ったことのない外国の話もよくしてくれました。


「南国はいい所ですが、いかんせん暑くてね。食い物は美味しいし人も陽気でいいんですが、虫が出るのがねぇ……宿屋に泊まっていても刺されましたから」


「それで病気になったりはしなかったんですか?」


 心配そうに訊ねるとポールさんは笑います。


「何、その国の物を食べてれば自ずと防げるようでね。食事がスパイスを多用したものが多かったのは、たぶん食事が薬代わりなんでしょう。お陰でこの通りでさ」


 蚊による伝染病は結構侮れないのですが、スパイスも言わば薬草の類です。ポールさんは好き嫌いをしない性質のようで、逆に北国の料理は味が濃い、都会に行く程味が薄いが満足度は高い、などなど食事についても色々とお話ししてくれました。


「マリーさんとこの料理はこの辺にしては味が薄くてちょうどいい具合でさ。大概田舎ってのは味が濃くてパンや飯が進む味付けなんで、こんなに良いものが食えるとは思ってなかった」


「あら、お口に合ってよかったです。後で使用人にも伝えておきますね」


 たしかに、言われてみれば此方にきてからずっと、私は誰かに作ってもらった料理ばかり食べていましたが、味に馴染めない事はありませんでした。


 神様お手作りの料理もしかりですが、シェルさんやブルーの料理は、18年間公爵令嬢として生きてきた私の肥えた舌にも馴染む味付けです。感謝しなければいけませんね。


 食事の後は、祈りの間にご案内してみました。精巧なクリス神様の像に、ポールさんは驚きを隠せないようです。


「この方はクリス神様です。私のことをいつも見守ってくださっていて、お陰で私は調薬で食べていけています」


 働かなくてもお金はあるのですが、まぁそこは言わなくてもいいでしょう。


 私が膝をついて祈りを捧げると、ポールさんも片膝をついて一緒にお祈りしてくださいました。


「旅をしていると、時々目には見えない大きな力を感じる時があるんでさ。今日も霧がいよいよ濃くなった時にマリーさんの家を見つけられましたし、アッシも神様は居ると思っているんでね。それがこんな美形だとは知りませんでしたが」


「美しいだけでなくお優しいんですよ。クリス神様の事を広めるのは私にとって神様への恩返しなんです」


 私の言葉にポールさんは何か考えていたようですが、祈りの間を後にしてリビングに戻りました。


 食事の跡は無くなって、かわりにお茶のポットと茶碗、財宝の入った袋がテーブルの上に置いてあります。今日も隙なしです、ブルーさん。


「クリス神様を広めるってのはアッシとしても興味がある話ですが、まずはこっちの鑑定をしちまいましょう。1日でどうにかなる量じゃないんで、暫く滞在させてもらえるとありがてぇんですが……」


「もちろんです。どれだけでも居てくださいな」


 私は笑顔で心からそう言っていました。


 なんというか、安心するというか、ウキウキするというか……、ポールさんと一緒にいると胸のあたりがほっと暖かくなる感じがします。


 思えば神様だったり幻獣種だったり監視役だったり、対等の立場で話せる方って居なかったんですよね。


 話題も私の事に終始しがちですし……、シェルさんやイグニスさんに話を聞いたら、こういった旅の話も聞けるのかもしれませんが。たぶんスケールが人間大じゃない気もします。それはそれで楽しいでしょうけど。


「じゃあ始めますね。……【鑑定】」


 私がちょっとトリップしてる間に、ポールさんは財宝の中から比較的扱いやすい装飾品の類から鑑定を始められました。


 鑑定魔法とはどんな感じなのでしょう。二文字魔法の使い手はそうそう居ないので、他の魔法が使えないとしても王宮でも働き口がありそうなものです。


 次々と鑑定しては分けられていく装飾品の数々をじっと見ていたら、ポールさんが顔を上げました。


「いや、夢中になっちまって申し訳ない。因みにこれ、どうやって手に入れられました?」


 出所、そりゃ気になりますよね。ドラゴンを助けたお礼なんです、というと顎を手で押さえて、なるほど、とポールさんは呟きました。


「まるで年代がバラバラなのもそれなら納得がいきます。まずですね、こっちの小さい山なんですが、どれもこれも強力な魔法が掛かっています。失礼ながらマリーさんが着けてるその腕輪もそうですよね。魔力がほんのり立ち上り続けています」


 なんと、そんな事まで分かっちゃうんですか。と、思いましたが私も【調薬】のおかげで見るだけで薬効が分かったりします。二文字魔法が強力と言われる所以ですね。


「この魔法がかかった装飾品は、マリーさんが持っていた方がいいとアッシは思いますね。たぶん何かあった時に助けてくれる物でしょうし、コレを金に換えちまうのは勿体ねぇです」


「分かりました。大切に保管します」


 イグニスさん、腕輪も自分で魔法を掛けられたと言ってましたしね。ご厚意の感じられる物は大切にしましょう。


「で、こっちの装飾品の山は特に魔法的効果はありませんが……どれもこれも一級品の古骨董アンティークです。コレクションの趣味がねぇんでしたら、買取は無理ですが委託販売しますよ」


「じゃあ、それでお願いします。私はこんな感じで質素に暮らしてますし、特にコレクションしたり身に付けたりしたい訳でも無いですし」


「じゃあ、委託販売分から本は買ってきましょう。これなら医療書の類、何十冊と買えるでしょうなぁ」


 ポールさんは骨董品の売り先にもコネクションがあるようです。魔法が使える貴族階級の商人ともなれば、それなりのお付き合いの身分が高い方もいらっしゃるのでしょう。


 医療書はその伝手で手に入れてくれるのかもしれません。


 その日は財宝の五分の一程を鑑定した所で、良い時間になったのでお休みする事にしました。


 外はまだ霧雨が降っています。まだもう少し、降っていてくれてもいいな、と思ったのは内緒です。

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