第29話 魔法と法則

 ユージンさんの奥さんは、翌日意識を取り戻し、熱もだいぶ落ち着きました。抗生剤が効いて本当によかったです。3日分、毎食後に飲んでもらうように薬を処方して、私は家に帰りました。


 家にある本を徹夜で読みまくりましたが、まだまだ読んでない本があるとは言え、ウイルス性の病気だった場合の薬はかなり限られています。この世界には外科医という職業は無いので、ある程度体力がある間に回復魔法をかけるのが一般的なのです。


 3日後に私も回復魔法をかけにいきます。本人の体力が無ければ、余計に体力を消耗してしまいますので、それまでに薬で細菌を退治して、ご飯を食べてもらわなければ。


 ふと、調薬せずとも私は前世の知識で薬を【創造】してしまえばいいのでは? と、思いつきました。


 よくよく前世で読んだ論文の化学記号と原材料を思い浮かべ、まずは痛み止めを【創造】してみようとしました。


 机の上に掌をかざし、そっと呪文を唱えます。


「……【創造】」


 バチン! と何かに弾かれるような感覚と閃光が走り、机の上に焦げ跡が残りました。


「きゃっ?!」


「それは、できないんですよ」


 いつの間にか私の部屋の中にいつものラフな格好のクリス神様がいらっしゃいました。申し訳なさそうに眉を潜めています。


「何故ですか?」


 クリス神様は目を伏せ、どう説明しようか迷っていらっしゃいます。できないかもな〜、とは思ってはいたのですが、確信がほしくて。


「この世界は『クリスタルの約束』の世界です。この世界に存在しない物までは、創造しえないんですよ。つまり、この世界の中に存在する物なら【創造】できますが、貴女の前世の知識にある物でこの世界に存在しないものは【創造】できません。あくまでも世界が優先されます」


「……やっぱりそうですよね。私がもし、前世の知識で【創造】を使ったら……下手したら戦争に利用されてもおかしく無いものがいくらでも創れてしまいますしね」


 半ばわかっていた事とはいえ、血液検査の道具も粘膜検査の道具も何一つ知識を形にするようには持ち込めません。


 となると、やはりこの世界に準拠した知識を身につけて独自に開発するしかありませんね。今回は感染するタイプの病気でなかったから良いとして、流行病の時にどうするかはこれからの私の知識習得に掛かっています。


「まさか今になって国に帰りたいと思う日が来るとは思いませんでした……」


「マリーが国に帰るのは難しいでしょうね」


「ですよね。でも、この国の本以上の知識があそこにあると思うと……うぅ、18年間の悪役令嬢っぷりが恨めしい……」


 毒の知識だけはたっぷり蓄えたんですけどね。


 でも前世がまるっきり干渉してないわけでは無いんですよね。例の即効性の致死毒ですが、元はと言えば前世の殺鼠剤をこの世界風にアレンジしたものだったりします。だからお手軽に作れてしまうため、こうして監視付き国外追放されているんですが。


「前世の貴女の無意識が無ければ、確実にヒロインである彼女に毒を盛っていたでしょうし」


「そうなんですよね。皇太子ルートはそれで処刑エンドだったと記憶してます。追放エンドで済んだのは本当によかった、んですけど……うーん、知識が足りない……!」


 私は神様の目の前で頭を抱えました。


 そこにあるのは分かっているのに手が届かないもどかしさ。ブルーがいるからお使いも頼めません。これ以上私に知識を与える気はあの国には無いでしょう。危ないですからね、たぶん。


 知識はあるのに、この世界に合わせた知識も持たなければ意味がない。歯痒い事この上ありません。


「まぁまぁ、まずはこの家の本を読み切ってしまいましょう。貴女ならうまく使ってくれる、そう思って様々な魔法と魔力を授けたのですから」


 クリス神様はそう言って消えられました。


 それが18年間無意識に歯止めをかけ続けた私の前世の良心に対する信頼なのは違えようがありません。


 外は雨。往診はありますが、それ以外の時間はゆっくり本でも読むことにしましょう。


 ……因みに、【修復】は生き物には基本的に作用しません。イグニスさんの場合は『全身壊れていた』のに『不老不死のために生きている』という矛盾した状況だから使えましたが。どこか一箇所でも無事な場所があったら地道な治療が必要だったでしょうね。


 あと二つの【調薬】と【収納】については何度も使っているので以下同文と致しまして。


「……よし! 読んでたら何か分かるかもしれないし、新しい知識は一先ず置いておくとして読んでしまいましょう!」


 私は決意を新たにして、雨季の間家中の本を読み耽りました。時に書き込みを加え、時に【調薬】を試しながら、コツコツと。


 そして、いくつかの効果的な新薬のレシピも出来上がる頃、長雨の季節は終わりを迎えようとしていました。

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