第28話 雨季が来ました
長雨の季節となり、私は庭に出ることが少なくなりました。家の中の事はシェルさん(約2名の抗議により結局さん付けに落ち着きました)とブルーがやってくれているので、私はのんびりとお茶を飲みながらの読書です。
この家にある本は、前世の私からしても今の私からしても大変趣味に合う本で、薬草やハーブなどの植物図鑑から、調合手順の書いてある調薬の本などが多いです。なんでも、クズハさんのお父様がお医者様を兼ねていたそうで。ここに滞在する間は村のお医者さんもやっていたという事でした。
私もここに住む以上、その役割は担うつもりです。なので書き込みたっぷりのこの本の数々はとても勉強になります。勉強してたのは主に毒でしたからね。薬の知識はほぼありません。
そうそう、ブルーはすっかり馴染みまして、最近はアオイさんのブラッシングに夢中です。この方順応力高すぎませんか。
私の足元で蹲ってる時に毛が散るといけないので、なんて言ってフェンリルのお腹やあんなところやこんなところをブラッシングしています。アオイさんも気持ちよさそうにしてるので止めませんけど。ちょっと私もやりたかったです。
でもそれを言うとあと2名も期待した眼差しで此方を見てくるので我慢です。そちらもブルーが暇を見つけてはお手入れしてるようですが。ドラゴンのお手入れなんてどうするのか分かりませんが、晴れた日にデッキブラシと洗剤を持って外に出ていたので……そういう事なんでしょうね。
雨季なのでイグニスさんのお手入れはしばらく出来ませんね。と、思っていたら人型の時のお髪を梳かしていらっしゃって、いや本当に隙がない。隙が無いぞブルー。
すっかりシェルさんとも打ち解けて、シェルさんが厩に戻られると一緒についていって日々ブラッシングしているようです。たまには私もやりたいなぁと思うのですが以下同文ということで。3人分一気には疲れます。
「魔女さんはいるか!」
そんなお勉強をしている時でした。
けたたましいドアを叩く音と一緒に、聞き覚えのある声が聞こえてきました。ユージンさんですね。あの酪農家の方です。
私は知り合いなのでブルーにドアを開けてもらい、くつろいでいたリビングに通してもらいました。雨で濡れているので、シェルさんがすかさずタオルを差し出します。
そのタオルを掴む間もなく、ユージンさんは私の前にくずおれると、泣きそうな顔でこちらを見てきました。
「どうされましたか? 大丈夫ですか?」
私も流石に座って居られず近付いて手を取ります。
「かかぁが……魔女さんの薬を飲んでも熱がさがらねぇんだ、どうしたらいい? かかぁを助けてくれ……!」
なんと、緊急事態です。
私は村にちょっとした風邪薬や解熱剤は卸しています。クリス神様の布教のためにも例のパッケージで。お求めやすい価格ですので、結構売れ行きはいいようです。
しかし、それらは毒薬を作る前段階で練習に調薬しただけのものです。本当に簡単なものなので、効かない場合もあります。
ウイルス性だった場合感染拡大の恐れもあります。私はありったけの薬草と今ちょうど読んでいた調薬の本、他に必要そうなものをバスケットに【収納】し、ユージンさんの手を掴みました。
「行きましょう! まずは私が病状を診ます!」
こうして私は雨の中、ユージンさんと一緒に村に向かいました。
(どうかあまり酷い病気ではありませんように……!)
ユージンさんの家の中、寝室にお邪魔する時にシェルさんが持たせてくれたタオルで髪と体を拭きました。病人を濡らして冷やすわけにはいきません。
感染予防のためにマスク代わりの口布を巻き、ユージンさんは部屋の外に出ていてもらいます。
奥さんは酷くうなされているようでした。肩を揺すっても反応は薄く、意識の混濁が診て取れます。熱も高いです。
胸に耳を当てると、呼吸の度にザラザラとした音がします。ユージンさんにドア越しに尋ねたら、熱が出てから3日経っているそうです。肺炎になっているかもしれません。
(抗生物質が効くかは賭けですが、今はこれ以上の手が打てません……)
私はバスケットから本を取り出し、この世界における抗生剤の作り方のページを開きます。持ってきた薬草の組み合わせで【調薬】できそうです。
そもそも【調薬】は『レシピを知っているか、作ったことがあるもの』を『材料が揃っていれば』作れるという魔法です。他に薬草の効能などが目に入れれば分かるというオマケは付きますが、私に知識が無ければあまり意味が無い魔法です。
雨季の前に乾燥させておいた薬草を4種類取り出します。本のレシピをよく読み、間違いがないか確認しながらハサミで必要な量を切っていきました。
薬は何でも大量に混ぜればいいというものではありません。量によっては他の薬草の効果を打ち消してしまう場合があります。本の通りに慎重に薬草を切り分け、本来なら道具が必要な抽出等を【調薬】で省略して粉薬を作りました。
「お湯を沸かして、茶碗に入れて持ってきてください」
「わ、わかった」
ユージンさんが台所でお湯を沸かすその間に、【創造】で飲みやすいよう一箇所を尖らせた茶碗を作り、そこに先ほどの粉薬を入れます。
持ってきてもらったお湯で薬を溶かし、顎を持ち上げて奥さんの口に流し込みました。口端から垂れてしまうので「飲み込んでください」と何度も声を掛けながら、なんとか茶碗一杯分の薬湯を飲んでもらいました。
「明日も往診に来ます。もし意識が戻るようでしたら、この粉薬をお湯にといて飲ませてあげてください」
「わ、わかった。……かかぁは治るのか?」
「この薬でダメなら、また別の薬を調合します。ですが、一番は体を温め体力を落とさないこと、汗をかくことです。熱は体が闘っている証拠ですから、できるだけ暖かくしてあげてください。汗で衣類が濡れたら体を拭いて着替えを。それはユージンさんにしかできません、お願いしますね」
「わ、わかった。あったかくして、汗をかいたら着替えだな」
こういう時、手持ち無沙汰が一番いけません。できる事はちゃんとあるのですから、指示を出してやってもらいます。
明日には意識が戻るようでしたら、細菌性の肺炎であっているはずです。ウイルス性だった場合は……勉強するしかありませんね。帰ったらありったけの本を読みましょう。
幸い、本には症例や、より効能の高いレシピ等も書き込まれています。
回復魔法もある程度体力が無ければ意味がありません(代謝をよくして自己治癒力を高めるという魔法なので)。
どうか明日には、せめて意識が戻ってますように。
そう思いながら私は帰路につきました。
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