第26話 有能使用人VSシェルさん、ファイッ!

 残念ながら使用人さんは女性ではありませんでした。


「本日よりお世話になります。ブルーと申します、よろしくお願いします」


 烏の濡羽色というのでしょうか、青い光沢のある黒い髪を撫でつけ、使用人姿をした切れ長の目の、ちょっと近寄り難い雰囲気のこれまたイケメンさんです。


 王宮に通っていた頃はよくお見かけしました。紅茶を煎れるのがお上手なんですよね〜。


「お久しぶりです、今は魔女のマリーで通っています、マルグリートです。またブルーさんの紅茶が飲めると思うと楽しみです」


「……覚えていただいていましたか。恐縮です。確か、執事がいらっしゃると伺っていたのですが……」


「シェルさんですね! 今お呼びします」


 そこでブルーさんが片眉をあげられました。


「私の事もそうですが、さん付けはおやめください」


 確かに、貴族だったときはそれで通りましたが、今の私は一介の魔女マリー。なんだか呼び捨てにするのは忍びないですし、ずっとさん付けで呼んでいたので今更呼び捨てにするのも……。


「私の事はブルー、と。執事の事も」


 ブルーさんの圧が強いです。


「わ、分かりました。ではちょっと呼んできます」


 私は圧に負けました。使用人の圧に負ける主人……うーん、立場的によろしいのでしょうか。まぁいいでしょう、シェルさ……シェルとも、さんを付けなくてもいい位には仲良しなはずですし。


 台所の裏口から外に出ると、ちょうど作業を終えて厩から出てきたシェルと出会しました。


「あ、シェル。今使用人の方がみえたの、色々教えてあげてくださる?」


「マリー様……今、なんと?」


 シェルが固まって聞き返してきました。え、何かおかしい事があったでしょうか?


「だから、使用人の方が……」


「その前です!」


 あー……なるほど。名前ですね。そんな嬉しそうに期待を込めた目で見ないでください。


「シェル、使用人のブルーが来たので色々教えてあげてください。使用人部屋も空けてくださいね」


「よろこんで!」


 インテリ眼鏡なのに弾けるような笑顔です。うっ、久しぶりに眩しい……。そうだった、イケメンだった、慣れたと思ったけどまだまだでした。


 急いで家の中に戻っていったシェルを見送り、ふと思い立って厩を見に行きました。


 いつも厩は自分で整えてらっしゃるので気にしてなかったのですが……おかしいですね。鞍があります。鎧と轡もありますね。もちろん革紐で結ばれています。手作りですね……馬ご本人の。


 これはアレでしょうか。乗れと。ペガサスに。


 馬だ馬だと言ってはいましたが、怪我が治ってからは馬のお姿はほぼ拝見してなかったんですよね。お休みになられる時だけ馬の姿に戻られるので(食事は同じものを食べたりたまに飼葉や野菜を食べたりとまちまちですが全て人型です)。


「どうした、マリー」


 呆然としている私の元に、畑仕事を終えて道具を戻しに来たアオイさんが声を掛けてきました。


「いえ、いつの間にか立派な鞍があるなぁと思っていたところです」


「あぁ、時間がある時に作っていたぞ。いつか轡を咬ませてもらいたい、とも言っていたな。乗ってやったらどうだ?」


 アオイさんもアニマルなのでごくごく自然に仰いますが、私の中のイメージは皆さん大体人型で構成されているのでやや抵抗があります。いえ、かなり抵抗があります。


 可愛がるのはいいんですけどね……なんでですかね、やっぱり嗜みとしての乗馬以外で初めて乗ったのがドラゴンの背中だったのが効いているのかもしれません。


「……あぁ。そういえば、紅茶を煎れる道具も茶葉も無いんでした」


「村にあるのか?」


「さすがに街に出ないと無いでしょうねぇ……」


 辺境のど田舎村なので、雑貨屋兼薬屋兼鍛冶屋なお店が一軒あるだけで、肉や野菜は酪農家さんから直接買いますし。ラインナップには無かったはずです。


「なんなんですか、貴方一体!」


 と、何やら家の中から不穏な声が聞こえてきました。珍しいですね、シェルが声を荒げるなんて。


 アオイさんと一緒に様子を見に行くと、未使用の銀食器を黙々とブルーが磨いています。


 あ、察しました。シェルの仕事にブルーが満足できなかったんですね。


 寿命無く、人の中で人として暮らしてきて何でもできるシェルですが、使用人としての腕はそれで生きてきたブルーには劣るのでしょう。


 それは致し方ない事ですし、私はシェルの仕事に感謝こそすれ不満は無いんですが、ブルーとしては使用人のプライドとして中途半端な事は許せないのだと思います。


 その後も色々ありました。アオイさんと一緒にずっと見て回ったんですけど、家の中をシェルが案内する間、シーツのシワ一つとっても目敏くブルーは直していきます。私は気にしないんですけどね、前世はベッドのシーツなんて週1で適当に洗って替えてただけですし。


 更にはブルーはアオイさんにまで目を付けました。私が「アオイさん」と呼んでいるのに対して「庭師にもさん付けは不要かと」と。


 まぁさん付けしなくても大丈夫な仲だと以下同文ですけど、ブルーは真実を知ったらどうするのでしょうね。


 目の前にいるのは幻獣種のペガサスとフェンリルですよ、と。


 隠す事じゃないので早々にバラしてもいいんですが、何分隙が無い。とにかくあらゆる所を直し、掃除し、磨き上げながらの内覧会となりました。

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