第24話 アニマルズの日常
その日、私が畑仕事の休憩にハーブティーを煎れていると、何やら後ろでシェルさんがアオイさん(狼形態)を羽交い締めにしていました。
何か気になるので耳をそば立ててみます。
「なんだ、足の匂いを嗅ごうとしただけだ」
「辞めてください。マリー様の足の匂いを嗅いで一体どうするつもりだったんですか」
本当ですよ何しようとしてるんですかアオイさん?
「そもそも相手の尻の匂いを嗅ぐのは挨拶だろう。それで健康状態や今の気分などを判断するんだ。……が、クズハが小さい頃にそれをやったら怒られてな。『レディのおしりの匂いを嗅ぐのはめっ!』だそうだ。以来、足の匂いで判断している」
「全面的に却下です」
もっと言ってやってくださいシェルさん。私的にも全面的に却下です。もしかして足元に丸まっている時も嗅がれていたんでしょうか……? いーやー! やめてー!
「女性の匂いを……しかも妙齢のご婦人の……匂いを嗅ぐのは、番になった時に許される栄光ですよ。何さり気なく習性を盾にやろうとしているんですか」
おっとぉ? シェルさん、それ貴方の常識であって私は例え番になっても積極的に匂いを嗅がせる気はございませんでしてよ?
「そうか、人間とはそういうものなのだな。わかった、匂いを嗅ぐのはやめよう」
そこで漸く羽交い締めから解放されたアオイさんは、自然に近寄ってきて足元にすりよります。
……よく考えたら、この光景ちょっとまずいのでは? イケメン人間の姿にもなれる方が脚にすり寄って尻尾振ってるんですよ。背徳感の塊じゃないですか。嫌悪感は無いんですけど想像したらいけない事を想像してしまいそうです。
「匂いで生態を把握するのは当然のことでは無いか? 俺は毎日マリーの匂いを嗅いでいるぞ、今日も健康だな」
台所から外に出る裏口にいつの間にか立っていたイグニスさんがとんでもない事を言い出しました。さてはヤクブソン器官で判断してますね? このトカゲ野郎、うら若き乙女の体臭を舌で拾って解析してるんじゃありませんよ。
「私だってしっかりマリー様の体調は匂いで判断しています。ですが、そこの犬のように鼻面を押し付けて嗅ぐような真似は致しませんよ」
まてこらお前もか馬。ヤクブソン器官の発達してる奴はこれだから油断できない。香油でも作って香水でも作ろうかしら……。
「空気中に漂う匂いだけだと俺は他の匂いも拾ってしまうからな。二人のようにはいかないから、体調が優れない時は無理をするなよ? マリー」
そういえば、アオイさんは最初私を魔女と呼んでいましたが、いつの間にか名前呼びですね。
最近はすっかりうちに腰を落ち着けていますが、森の巣穴とかほっといていいんでしょうか。
「ところでマリー、今日はいい兎が獲れたぞ」
「あら、ありがとうございます」
イグニスさんは皇太子の一件があってから、またよく外に出て行くようになりました。そうして、兎や雉や、大きいものだと鹿なんかを仕留めては持ってきてくれます。
幸いにもシェルさんは何でもできるようなので、お願い、と目配せしてウサギを受け取ってもらいました。焼いて食べても煮て食べてもいいですね、何にしてもらいましょうか。
「俺も何か狩ってくるか?」
私が機嫌良くしているのを見上げてアオイさんが聞いてくれましたが、アオイさんはアオイさんで畑仕事をよくしてくれます。
そのうえ番犬のような事もしてくれてるので、うちの庭は荒らされることがなくてとっても助かっているんですよね。
「アオイさんは畑を見てくれているじゃないですか。はやく育って欲しいですね、そしたらイグニスさんの狩ってくれたお肉と一緒に食べましょう」
調理はもちろんシェルさんです。本当、ペガサスなのになんでこんなに色々できるんでしょう?
そう思って聞いた事がありました。案外素直に教えてくれましたね。
「ペガサスは幻獣種です。基本的に寿命は無く、魔法が使える……というのが人間にとってわかりやすいペガサスの基準ですが、幻獣種と呼ばれる所以としては『人に混ざって生活する』事から、ペガサスの姿を中々見つけられないのも理由なんですよ。冬とか寒いので年単位で人に混ざって生活してたりしますので、我々」
さらっとペガサスの生態を解明する事実を告げられてしまいました。いるんですか! 人の中に! 村にもいるかもしれないので今度観察してみようかしら……。
「それでこんなに何でもできるんですね……」
「何でもということはありませんが、一通りは」
謙遜して笑われる姿は本当にお美しいご尊顔で、思わず惚けてしまいました。そうなんですよね、よく考えたら皆さん本当にイケメンで。
それが毎日笑いかけてきたり、近くで喧嘩したり、懐いてくれたりして。
(乙女ゲームより乙女ゲームみたいだわ……)
プレイヤーだったら誰のルートから攻略するか悩ましいですね。なんて、おこがましい事を考えてしまいました。
そういえば、最初に神様が聞いてくれました。一緒に暮らす友人や恋人は、と。
そして私は答えました。それは自分で動いて手に入れるものだと。
クリス神様、見てますか? 今、私はこんなに賑やかでとっても幸せです。
と、そんな事を考えながらお茶にしていると、馬の嘶きが聞こえてきました。シェルさんは後ろに控えているので違いますね。
次いで、ドアをノックする音。一体何事かと思っていたら、どうやら手紙のようです。
「マリー様、あの国からの手紙ですが、ご自分で読まれますか?」
おやおや。私は結構辛辣に対応してお帰り願ったと思うのですが、まだ何かあると言うのでしょうか。
「シェルさん、読んでいただけます?」
「かしこまりました。…………、あちらから使用人を手配したい、という申し出ですね。端的に申し上げれば、ひっそりと監視するのはもう無理なので監視役を送り込みたいです、という話のようです」
私監視されてたんですね……初めて知りました……。
でも、まぁ、そうですよね。致死量の毒を考案する女を国外追放したからといって放ってはおけないでしょう。
「分かりました。返事を認めますので郵便係の方にお茶をお出ししておいてください」
「かしこまりました」
アニマルイケメンの皆さんとの気楽な生活は楽しいです。しかし、やったことの責任というものがあります。
何があったとしてもアニマルイケメンズは私の味方ですし。健康状態まで把握されてるので、派遣される方が悪意を持っていたらきっと守ってくださるでしょう。すっかり甘えてしまっていますが。
という訳で、申し入れをお受けしますと返事を認め(クズハさんの一件があったので村でレターセットを買っておきました、役に立ってよかったです)、お茶で喉を潤した郵便係の方にお渡ししました。
さて、どんな方が来るのでしょう。女性だと嬉しいんですけどね。
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