第4話



 ビィー! ビィー! ビィー!


 またしても危険を知らせる警報が鳴り響いた。


「今度は何事だ! ディック!」私は通信兵で唯一名前を覚えた彼を怒鳴りつけた。


「て、敵の『トゲハムシ』が接近中! その数……ご、五十!!」


 別の通信士が叫んだ。「到達地点は……ここです! 高高度の上空から司令部を狙って飛行中です! は、速い……どんどん距離を詰めています。到達まであと二十分!」


「何だと! 迎撃しろ! その……くそ!」私は士官がおらず、名前から兵器が想像できないことにイライラして毒づいた。


 しかしもう時間がない。部下たちに体裁を取り繕っている暇はないのだ。「ディック、教えろ! 『トゲハムシ』とは何だ!」


「は、はい! 『トゲハムシ』とは『ハムシ』の発展形で、より高度な敵国の兵器です。R連邦の第二標準語では『トゲトゲ』とも言います」


 私の苛立ちが頂点に達した。「貴様はそれでも我が国の頭脳明晰な精鋭軍人か! 説明になっておらんじゃないか!」


「ええと……申し訳ありません。敵の暗号で会話する日常に慣れすぎてしまって、一般的な説明が逆に難しいのであります! ハムシは初期型の大陸間弾道ミサイルで――」


「ま、待て! 新しい情報が入った! 『トゲハムシ』じゃない。『トゲナシ・・・・トゲハムシ』だ!」


 その声を聞いた兵士たちに、安堵の色が広がった。「第二世代ではないというのか?」「なら問題ない。余裕で撃ち落とせるではないか!」


「き、貴様ら、もっと上官に優しい会話を心がけんか! その『トゲナシ』とは何のことだ! 『トゲハムシ』と何が違うのだ!」


 ええ!? あんたがそれを聞くの? 一瞬そんな引き気味の空気が司令室に流れた。それでもディック通信士は丁寧に説明した。


「簡単に言いますと『トゲ』とはミサイルに搭載されたR連邦の高性能誘導装置であります! 『ハムシ』にその装置が取り付けられた物を『トゲハムシ』と呼びます」


「ん? んんー? で、では『トゲハムシ』なのに『トゲナシ』とは何なのだ?」


「それは敵国の兵器開発の歴史的な経緯であります。最初に『ハムシ』、次に改良された『トゲハムシ』が造られたのですが、大々的な軍事費用の削減政策が掲げられたあおりで『トゲハムシ』と同じ型の機体から『トゲ』を失くした兵器が採用されました。それが今回の『トゲナシトゲハムシ』、第二標準語で『トゲナシトゲトゲ』であります!」


「な、なんとややこしい……」


 その時点で私は、部下の説明の長さに目眩を感じていた。だが戦況の変化は、私に頭の中を整理するいとまを与えなかった。


「た、た、大変であります!!」兵士の報告は叫びに近かった。「また新しい情報が来ました! 『トゲナシトゲハムシ』ではありません! 『トゲアリトゲナシトゲハムシ』、別名『トゲアリトゲナシトゲトゲ』ですぅぅ!!」


「は、はあ?」


 今度の報告は我が国の屈強の兵士たちを恐怖と混乱に陥れた。「ま、まさかあの兵器が実戦投入されていたのか? 誤報告ではないのか!」「まずい……通常の弾幕など奴はAI予測で簡単にすり抜けるぞ! 衛星兵器で消滅させるしか無い!」「馬鹿言え! エネルギーの充電が間に合うものか!」


「デッカード! いい加減にしてくれ! 『トゲ』はあるのか無いのかどっちなんだ!」


「司令官、ディックであります! 『トゲアリトゲナシトゲハムシ』は、『トゲナシトゲハムシ』にR連邦が極秘開発していたと言われる頭脳・特化型AIを搭載した兵器であります。暗号名の先頭に付いている『トゲ』は第四世代を表す意味があり、『トゲハムシ』の『トゲ』とは違う言葉です。アクセントを前に置いて『トゥ(↑)・ゲー(↓)』の様に発音するが正しいのであります。ただしこれは訓練された通信兵でも聞き分けるのが難しく――」


「わ、わからん……わからん! わからん! もうそんな物はまとめて『トゲハムシ』で良いではないか!」


「いえ、過去に使った暗号名を使用することはできません。兵器ごとに存在する応戦マニュアルが機能しなくなります。ちなみにあなたの指示です、司令。訓練のやり直しに多大な時間が生じるかと……」


 ビィー! ビィー! ビィー! ビィー! ビィー! ビィー!


 突如として大きな危険を知らせる警報音が重なって鳴り響き、私と通信士の会話を切り裂いた。


「入電! 『ニセクロホシテントウゴミムシダマシ』を載せた揚陸艇が、我が領土に到達したとの報告が入っております! すぐに迎撃の指令を!」


「そ、そんな! レーダー一面に『オガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシ』の大群が!!」


「第三軍の精鋭部隊から増援要請の信号をキャッチ! 『エンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシ』の進軍を止められません!」


「司令! 『トゥ(↑)・ゲー(↓)アリトゲナシトゲハムシ』がすでに残り三分の距離にまで接近しています! 今すぐ衛星兵器の使用許可を!」


 こんなはずでは――私は椅子から立ち上がり、すでに真っ赤な輝点で埋め尽くされた戦略スクリーンを呆然と眺めた。


 私はA国の司令官ジェームズ・T・カミングスII世。建国の将軍カミングスの血を受け継いだ男。この国で最高の、そしておそらく最後の指揮官――。


 ビィー! ビィー! ビィー! ビィー! ビィー! ビィー!


 朦朧としていく意識の中で鼓膜をつんざく警報の音が、幻想世界の鐘のようにいつまでも鳴り響いていた。


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