第3話



「ぶっ! 何だ、これは!!」


 飲んだものが毒ではないかと思ったぐらい驚いて、思わずそれを吐き出してしまった。口に入れた物の異質さに、私は目を白黒させた。


「こ、これは…紅茶ではないか! 私のコーヒーはどうしたのだ!」


 私は椅子から立ち上がって周りのスタッフに怒りをぶつけようとした。しかし、すぐに私のすぐ横にいる士官の異変に気づいた。


「士官! ど、どうしたのだ!?」


 士官の体が小刻みに震え出した。顔色が真っ青だ。軍人らしく立派な体躯の彼が、女性のように内股になっていた。


「も、申し訳ありません……私が……司令官のコーヒーを誤って飲んでしまったようです……わ、私はコーヒーに極端なアレルギーがありま……して……」


 先程までの凛々しい面立ちはどこへやら、士官の顔が冷や汗に包まれ、ナスの皮のように紫色に変わっていく。彼の震える両手は、デリケートになった下腹部に添えられていた。


「だ、大丈夫か!」


「……は……い……」


 士官は声を振り絞り、何とか返事をした。


 しかし彼のお腹を刺激するように、再びアラームが鳴り出した。「ひぃ!」


「入電! 再びレーダーに反応あり。今度の敵影は『ヘビトンボ』ではありません!  敵から短信音が発せられているとの事です」


 それを聞いた別の通信士が叫んだ。


「短信音……潜水艦か? 解析を急げ!」


「判明しました! 『イルカ』です! 偵察部隊と思われます!」


「イルカ?」


 名前で何となく姿かたちの想像はついた。だが詳細な兵器としての情報が足らず、具体的な指示が思いつかない。


「……『イルカ』は…索敵兵器です……スピードはやい……でも攻撃能力はありません……」


 士官が声を絞りだし、アドバイスをくれた。


「そうか! おい、ダイク。すぐに攻撃される心配はないと、味方に伝えろ!」


「司令官、私はディックであります! 承知しました、そう伝え……あ、待ってください。さらに入電。船員が敵影を目視でとらえたようです。その結果『シャチ』かもしないと伝えてきました!」


「シャチ? むぅ、そいつは凶暴そうな名前だな! (小声で)しっかりしてくれ、士官! どうなんだ!」


 私は焦りのあまり、士官の肩を何度も叩いてしまった。首の力が抜けた士官の顔が、苦痛にグラグラと揺れる。


「……『シャチ』は……攻撃兵器を搭載……まず……い。すぐにまーくAがたの……たいせんぎょらい……を……」


「わかったぞ! すぐにマークA型対潜魚雷の発射を指示せよ!」


 私は士官の言葉通り即座に指示を出した。


「ディック! どうだ!」


「はい……指示しましたが……あ、電波状況がまた……え? 何? また返信がありました! 《あれは『オルカ』!》」


「あれはおるか? あれとは誰だ。誰のことを探しているのだ?」


「まずい……Aではなく……まーくBで……ないとあたら……ない……」


「おい、士官! 何のことだ!? しっかり教えろ!」


 ついに士官の首がガックリと折れた。彼の黒目は失われ、口から泡が出ていた。


「気絶した! 誰か医療班メディックを呼べ!」


 すぐに青い服を来た医療スタッフがやってきた。士官は手をだらりとぶら下げながら部屋の外に連れ出された。


 司令室に気まずい空気が残るなか、通信士の悲痛な声が届いた。


「……潜水艦及び護衛艦からの通信が……途絶えました…」


 それを裏打ちするように、地図上の海図にある味方を示す緑色の点が、ふっと消えた。


「『オルカ』だったんだ……『シャチ』と同じ潜水艦でも、より最新式の……こちらのアクティブ・ソナーから姿を消す強力な遮音装置マスカーが付いたヤツだ……」


「マークBなら外さなかったかも知れない」


 辺りでひそひそ声がして、司令室がざわつき始めた。私は思った。この状況は非常にまずい。このままでは動揺が部屋から部隊にまで蔓延しかねない。


「貴様ら、落ち着け! 戦況は何も変わっておらん! 我が軍の圧倒的な制圧力が揺らぐ事などあり得ないのだ! 私語を慎んで配置に戻らんか!」


 気づいた時には人差し指で肘掛けの上を激しく叩いていた。灰皿のタバコはすでに火が消え、干からびたミミズのようになっていた。


 落ち着くのだ。私は司令官ジェームズ・T・カミングスII世。名誉ある将軍の家系に生まれた生粋の指揮者なのだ。


 このような時、失った味方の志気を高めるには、少しでも敵にダメージを与えたという事実を広める事が肝要である。


「攻撃ヘリを展開! 揚陸艦から上陸した戦車部隊と共に前進させるのだ! 少しでも敵を脅かし、きゃつらに心理的な威圧感を与ええるよう命じよ」


 私はそう叫び、右拳で肘掛けを叩いた。その刹那だった。

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