第298話 〈閑話〉プミラの婚約者とその商店その七

 プミラです。あれから数日たって、また手紙が届くようになりました。

 はい、廃棄。

 紙の無駄だと思うけれど、伝える親切心など持ち合わせていないので放置です。

 見たくもないですし。

 手紙の処理がメインの私は見ておりませんが、従業員はトミーが店や自宅前で待ち構えている姿を頻繁に見かけるそうです。

 確かに自宅の表玄関は店の通りにあるのですが、めったに使いません。

 店の裏にある専用の廊下を通って自宅に戻っています。

 従業員もそうです。

 家政婦さんは住み込みですし、裏口から出入りしていますし。

 なので、店の中からその姿を見かけることはあるでしょうが、表通りに出ない私には関係の無い話です。


 ところが……バロックが兄に連絡したようです。出立したばかりなのにもう帰ってくるとのことでした。

 私としては放置しておけば良いと思うのですが……。いっそ強硬手段に出させて牢屋に入れられてしまえばよろしいのに。

 あらいけない、仕事のストレスでイライラしているようだわ。


 ――それにしても、奥さんはリョークに退治されて憲兵に捕まったようだけれど、大丈夫なのかしら?

 捕まった方が再度いらしたことはなかったから、ちょっと驚きよね。

 さすが面の皮が厚い人たちはひと味違うわ。

 ……と思ってバロックに言ったら、バロックが事務的な口調で教えてくれた。

「捕まった女の方は現れてませんね。男の方だけ現れます」

 ……え? 奥さんどうしたのかしら? トミーもなかなかにずうずうしかったけれど、奥さんはもっとずうずうしい気がしたけれど?

 私が不思議そうな顔をすると、バロックがせせら笑った。

「見捨てたんですかね? 貴方の前では仲良さげに見せてましたけど、最初に店の前で見かけたときはかなり険悪でしたよ。まさか、あの険悪なカップルがうわさの極悪夫婦だとは思いませんでしたとも。貴方の前に立ったら急に白々しく仲が良いフリをして見せつけてましたけどね。フッ、惨めな負け犬が虚勢を張ってたのでしょうね」

 うーわ、私よりもバロックの方の恨みがすさまじいわ。

「……まぁ、私にはもう関係の無い人で関係のない話ですから……。これ以上エスカレートしたら旦那の方も捕まるでしょうし、放置しておいて構わないんじゃ?」

 バロックが目をパチクリさせました。

「…………そうですね。ですが証文を違えたので、ベンジャミンに連絡しました。信用問題と約束不履行ですから」

「そういえばそうですね」

 私はバロックの説明にうなずいた。

 でも……証文を破棄しろとか言っているくらいにダメージがあるみたいなのに、それ以上どうにか出来るのかしら?


 兄が帰ってきました。

 ――あら、インドラ様とソード様も一緒です。

 インドラ様がとてもうれしそうで、兄は無表情に怒っていて、ソード様がため息をついている、三者三様の対比がすごいです。


 インドラ様はなぜか興奮しています。

「そこの雑木林を空き地にしたぞ! そこで話すか! 店で話したら、汚れるかもしれないからな!」

「何で汚す気だよ。あ、待った。言うな。聞きたくない」

 ソード様が耳を塞ぎました。

 …………えーと、心配です。

 バロックと顔を見合わせて、兄についていくことにしました。

 兄がついてくる私に気づき、振り返りました。

「プミラは中に入ってていいスよ」

「いえ、これは私にも関係があることですから。何らかの話に発展したとき、私がいてハッキリ伝えた方がいいでしょう?」

「…………まぁ、そうスね」

 兄はしぶしぶうなずくと、店の表ドアから出てトミーに向かいます。

 トミーはギョッとしひるみましたが、私を見て安堵したように笑いかけました。

 何その笑い?

 私は貴方に微笑みかけられるような覚えはありませんが。


 兄はその仕草にますます怒ったようです。

 トミーも兄とは長い付き合いのため兄が怒り心頭なのは一発でわかったようで、兄を見て気まずそうな顔になりました。

 ですが、気を取り直したように口を開きました。

「……ベンジャミン、会えて良かった。話があるんだ。店の中に入れてくれないか?」

 さすがの兄も、トミーのこの言葉を予想していなかったのでしょう、硬直しました。ソード様も呆気にとられたように口を開けてトミーを見つめています。


 ところが、さすがインドラ様です。

「店はダメだ。汚されたらかなわない。私が精魂込めて作った店がお前なんかに汚されたら、短気を起こしてお前を塵も残さずに滅してしまうからな!」

 すごい返しをしました。今度はトミーが硬直しましたよ?

 そして、さすが英雄様です。

「インドラ。部外者はちょっと黙ろうか?」

 インドラ様の顔をわしづかみにして黙らせました。

「……そこの空き地までついてこい」

 兄は、怒りを抑える声で言うときびすを返しました。


 インドラ様のおっしゃる通り、雑木林を抜けたところに今までなかったはずの空き地が出来ています。

 そこに行くまで、トミーが親しげに私に話し掛け近寄ってこようとしましたが、バロックが私とトミーの間に立ちはだかりにらみつけ、さらには、

「うん? お前は、プミラ嬢を捨てて他の女と結婚した男だろう? なんでそんなになれなれしくしているんだ? それに、結婚した女はどうした? まさか、今度はその女を捨ててプミラ嬢に乗り換えるとか、下衆の極みなことを言い出したりしないよな? 下衆か? 下衆なのか? 拷問していいか?」

 と、インドラ様が、どストレートに言いました。

 ……特に最後の言葉はなんでしょうか?

 トミーもそう思ったようで、ようやく黙って歩きました。

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