第297話 〈閑話〉プミラの婚約者とその商店その六

 私は役所へ向かい、妻がどうなったかを尋ねた。

 妻は牢屋に入れられ、麻痺が解けると怒鳴り、暴れわめき散らしているらしい。

 落ち着くまでは牢屋からは出せない、処分はそこからになると言われた。

 処分の内容は、身元引受人がいるのなら罰金を支払えば釈放されるが、犯罪者として登録され、以後他所の町に行くとき関門で精査を受けるし王都へは永久立ち入り禁止、ということだった。

 ずいぶんと重い処分だと思ったが、王都は多数の貴族が町を行き交っている。平民への取締りが厳しいのはしかたが無いだろう。

 ……正直、罰金を払わずそのまま犯罪奴隷として処分してもらいたかった。

 罰金は、詫びのために双方の商店が用意した慰謝料に匹敵したからだ。

 あんな女のためにこの金を使うのか。そう思ったが、バロックの皮肉が耳に残っている。


 ――プミラを捨ててまで選んだ最愛の妻。


 あの時の選択を後悔しない日などなかったが、それでも、妻をここで見捨てたら何のために今これだけの苦労をしているのかわからなくなる。

 身を切るような思いで罰金を払い、妻が落ち着き出てくるのを待った。

 ようやく釈放されたのが七日後だ。

 大人しくなったかと思ったらまた暴れ、を繰り返していたらしい。

 だが、よくある話ということだった。

「脂肪がたっぷりついているやつは、呆れるくらい元気がいいな」

 うんざりしたように憲兵が言って、ピッドを放り出した。

 出てきた妻は汚らしく、醜かった。

 思わず引いてしまった。

「とっとと王都から出ていけ。数時間待って門を出た記録が無かった場合、今度は本当に犯罪奴隷コースだ。かくまったやつも同罪だからな」

 冷たく言い放った憲兵の言葉を聞いた私は血の気が引き、慌てて妻の腕をつかむと、乗り合い場まで急いだ。

「……ちょっと! なんですぐ助けないのよ!? あの言いたい放題の連中、やっつけてよ! 妻がこんなひどい仕打ちをされたのよ!? あの店のあの女もやっつけてきてよ! あんたは私の亭主でしょう!?」

 わめく妻を無視して引きずり乗り合い場に向かった。

 乗り合い場に着くと、町へ行く馬車を見つけて妻を馬車の前に放りやった。

「……何するのよ!?」

 罰金を払って出してやったことに感謝もせずわめく妻にイライラしながら、わかりやすく説明してやる。

「それに乗って、今すぐ町を出ろ。じゃないとお前はまた捕まって今度こそ奴隷コースだ」

 妻が私をにらむ。

 私もにらみ返す。そして妻に指を突きつけ私も怒鳴った。

「いいか、お前が暴れて捕まったせいで、うちとお前の実家が用意したベンジャミンへの慰謝料を、お前の罰金を支払うのに全部使うはめになったんだ! ……そう言ってもお前は感謝などしないだろうがな、俺はもうお前のために金を使うのは真っ平御免だ! どっちみち、次は無い。次に捕まったら、お前は奴隷だ。お前が嘲っていた人間に鞭打たれながらこき使われる日々が待ってるんだよ。……さぁ、わかったらそれに乗って帰れ!」

 妻は私をにらみつけたままだったが、

「……本当に、アンタと結婚するんじゃ無かったわ! 散々よ!」

 捨てゼリフを吐いて馬車に乗り込んだ。私は妻の背中をにらみつけ、吐き捨てる。

「……こっちのセリフだよ!」

 私の方こそ、散々だ!


 妻は私の店には帰らず実家に帰るだろう。

 私の店に戻ったとしても、両親は、妻一人だけなら入れることはないだろうし、その前に、犯罪者になった妻が町に入れるかも怪しい。

 戻ってきたのは妻のみ、そして犯罪者になって戻ってきた、町の人間が入れたがるわけは絶対にない。そうなれば、実家に帰るはずだ。

 そのまま離縁だ。

 妻の実家も、この結婚は間違っていたのがわかったはずで、万が一妻が私の店に戻ろうとしたとしても力尽くでも止めてくれるだろう。

 私はプミラと結婚するのだから。

 美しくなった、しとやかなプミラと。


 ――そうだ、実家の店は父に任せ、私はプミラとあの店で働こう。

 ベンジャミンの下につくのは癪に障るが、店長代理の権限で我慢しよう。

 ベンジャミンにはうちの店を傾けた償いとして、うちの店の建て直しに奮闘してもらえばいい。

 宿に戻り、手紙を書いた。

『妻と別れた、君とやり直したい、君が望むならその店で私も働こう』と。


 ――――返事は届かない。

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