第280話 よくあるイベントをこなした二人
――ベン君、元々は妹さんを王都に呼ぶつもりが無かったそうだ。
「プミラは、両親と仲の良かった商店の長男と結婚する予定だったんスよ」
うん、ここら辺で大体もうわかった。
案の定、ベン君がセオリー通りの展開を語り出した。
「親同士が決めた婚姻だったけど、その町にアイツと釣り合いの取れる年頃の女の子はいなかったし、俺たちの両親は早くに死んで同じ商人仲間として目を掛けてくれて兄妹みたいに育ってきたから、俺もプミラもアイツも特に不満もなかったはずなんです」
けれど突然、別の町にある
その娘が、長男に一目惚れしたらしい。
つまりその長男は、一目惚れされるほど容姿が良かったらしい。
大店の娘は派手な美人でプミラ嬢とは真逆のタイプ。そんな女性が周りにいなかったため、長男の目には新鮮に映った。
結果、二人はデキてしまい、長男の親も大店と懇意になれるチャンスなのでプミラ嬢に理由を話して説得し、婚約を破棄したという。
「……両親が早くに死んで、目を掛けてもらった義理はあります。婚約だって口約束だ。でも、だからってここにきて婚約破棄はありえねーし、見損なった。向こうも、俺らを下に見てるからやったんだし。……つーワケで、証文を書いてもらったんです。どっちの商店にも。二人にはコレの証人になってもらいたいんス。ソードさんとインドラ様がなってくれたなら、相手は絶対に反故に出来ない」
ベン君がものすごい怒りを抑えた声で話した。
婚約破棄か……。よくあるイベントなの?
私もつい最近、そんなイベントに参加しましたね。
そう思ってスカーレット嬢を見たら、案の定、怖い顔をしていた。うん、見なかったことにしよう。
私はベン君に向き直った。
「それは気の毒に。私とソードで良かったら証人になってやるが……なんの約束を取り付けたんだ?」
ベン君が真顔で言った。
「その商店とは今後一切どんな取り引きも行わない、互いに関わり合わない、って証文を交わしました」
ほぅ。そうきたか。
商売絡みで婚約破棄された妹の敵は、商売絡みで討つ、と。
つまりは自分の商店をその商店たちに勝つ規模にし、相手に自分の商店と取り引き出来ないことを商売の痛手にしてやるってことか。
「ふむふむ。なかなか剛気だな、気に入った。私も手を貸そう。私もその商店と絡む商品は売買しないようにしよう」
まぁ、基本は拠点で賄うし、ベン君のところとしか売買しないんだけどね!
「私も手を貸しますわ!」
腰と胸に手を当て、バーン! とスカーレット嬢が言い放った。
スカーレット嬢が怒っているらしいのを察して困惑しているベン君に、私は解説した。
「スカーレット嬢も、ついこの間婚約破棄イベントをこなしたばかりだからな」
「「えっ」」
ベン君、そして終始ベン君の後ろでうつむいていたプミラ嬢が驚いてスカーレット嬢を見た。
「スカーレット嬢は第一王子と婚約していたのだ。その第一王子は、女たらしで有名な伯爵の、その性格と手腕を引き継いだ娘に見事たぶらかされてな。何を血迷ったか学園の終業パーティで人が大勢集まる中、スカーレット嬢をえん罪に陥れ断罪し、屈強な騎士団長の息子に命じて暴力でねじ伏せようとしたのだ。スカーレット嬢に危機感がなく呑気に学園で過ごしていたら間違いなくソイツらに、見るも憐れな目に遭わせられていたのだよ」
私の言葉にスカーレットが追加した。
「インドラ様がいたので、事無きを得ましたけれどね」
ソードが、初めて聞いた、みたいにがく然としているぞ。
「……俺のいない間にそんなことがあったのかよ」
私はソードを見ていぶかしむ。
「話しただろう?」
「そこまでは聞いてねーよ。それにあの時はプリムローズを殺すことに全神経使ってたから」
そんなどうでもいいことに神経を使うな。
プミラ嬢、私たちの話を聞いて真っ青になっている。
「……そんな……それで、どうなったんですか?」
私とスカーレット嬢は視線を交わし、私が続きを話した。
「暴力は私が防いだ。えん罪は、スカーレット嬢が前もって自分の無実を証す証拠を集めていたのだ。で、私がえん罪の罰として拷問しようとした矢先、ソードが現れて止めたのだ。というか、なぜかソードが原因となった伯爵の娘を殺そうとしてな、私が止める羽目になった」
プミラ嬢が私を責めるように凝視した。
「……なぜ……どうして止めたんですか?」
「男が悪いのに、なぜ女の方を殺す。確かに女は男をたぶらかした。だが、そもそも男が婚約者に対して不実だからたぶらかされるのだ。別に女が断罪したわけでもない。女が嫌がらせをされていたのも事実ではある。何を考えてスカーレット嬢がやったと言ったのかはわからんし、そもそも女が言ったのかも謎だ。女はバカの鳥頭で自分の好みの男をはべらせたい願望はあったが、スカーレット嬢に嫌がらせをしていたわけではない。やったのは男だ。だから、やった男を処罰するのが筋だろう」
私が非常に筋の通った話をしたのに、ソードがけだるげに手を横に振った。
「屁理屈だから。コイツ、女に弱いの。女がちょっと目をウルウルさせて許しを乞うと許しちゃうの」
そんなことないっ!
――なのに、プミラ嬢とスカーレット嬢の、私を見る目が冷たいのだが?
スカーレット嬢が咳払いした。
「……まぁ、私もプリムローズ様に関してはどうでもいいのです。終わったことですし、インドラ様の言葉には一理あって、私は敵視されておりませんでしたし、会うと被害者ヅラ……コホン、意味もなくおびえられたりしましたが、今となっては良い結果になったと思いますわ」
最後の言葉を聞いて、私は片眉を上げた。
「そうなのか? ……まぁ、確かに婚約破棄は未遂で終わり、貴女はまた婚約者になったが……」
スカーレット嬢、私の言葉を遮り、キッパリ言い放った。
「それでしたら、新学期に私から婚約破棄いたしました」
全員、絶句。
スカーレット嬢は、胸に手を当て、静かに語る。
「私、目が覚めましたの。むしろ婚姻前に分かって良かったですわ。……ですからプミラ様、貴女も結婚前に別れて正解だったのですわ! 結婚して全てが手遅れになってからそんな目に遭ったら大変でしたもの! そういった連中に自分の人生をささげるなんて真っ平御免ですのよ!!」
…………。
拠点でのバケーション中に言ったことと真反対なんだけど? いいけどさ。
ソードの元カノの妹さんにも思ったけど、報われぬ恋を思い詰めているより、気楽に笑ってる方が断然楽しいし魅力的になれると思うよ? どんな男が好みだろうと自由だけど、つらい思いが好きなドMってワケじゃないなら、楽しくなれることをするに限ると思う。
「……と、婚約者に陥れられそうになり、踏ん切りがついて男を捨てた女性が言っている。貴女もベン君の店ではつらつと働いたら楽しいかもしれないぞ。
恐らくベン君は『家で家事をこなしてくれれば働かずに引き籠もっていてもいい』と言っただろうが、お薦めしない。むしろ余計なことを考える暇すらないほど夢中で働き、兄の店をどうやって発展させるか考えた方が、充実した日々を送れるはずだ」
ベン君が心配そうにプミラ嬢を見た。
プミラ嬢はまたうつむき、だが、小さくうなずいた。
「……少し考えた後、働こうと思います」
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