第223話 明鏡止水に佇む者

 ボードで疾走。

 かなり透き通った湖だ。

 かなりの深さまで、底が見えていた。

 それ以降は段々と底が見えなくなっていく。

「うーむ。是非泳いでみたいな。海では泳げなかったからなー」

 浜辺が無かったので海水浴ができなかった。

 残念無念。

 水着は念のために作ったので、泳ごうと思えばいつでも泳げる。

「んー……。まぁ、お前ならいけるか。なんか潜んでて捕まっても、粉砕出来るだろ」

 出来ますけどね。

 そう言われるとテンションが下がるなぁ。


 湖を走り回ったが、特に収穫無し。

 ただ、洞窟らしきものがあった。

 美しかったがやはり収穫無し。

「ふむん…………」

 鳴いたら、頭をなでられた。

「そうがっかりした声を出すなって。とりあえず、メシ! 今日は晴れてて月も綺麗だろうぜ?」

 ソードはね、お酒があればワクワク出来るもんね。


 湖のほとりで、バーベキュー!

 焼きそばとか焼きおにぎりとかも作っちゃうよ!

「見よ! この芸術的な〝トング〟を! サハド君が作ってくれたのだ!」

 彼、生活用品が得意っぽい。

 こういうのを頼むと喜んで作ってくれる。

 私も作れるんだけど、サハド君の方が元の技術力が高い。

 私はすぐ魔術に頼っちゃうからなー。

 プラナも細かい工作は得意だけど、やはり魔術と組ませた魔導具の方が得意っぽいね。

 私寄りだ。

 ソードは「ハイハイ」って適当に返事しながらエール飲んでバーベキューを摘まんでる。

 良い感じの夕暮れで、まだ明るいながらも空は紫がかっている。

「まだ明るいうちから酒を飲み、バーベキューを食べる幸せ」

 ってつぶやいたら、

「俺、その言葉にすっげー共感出来た」

 って力いっぱい返された。


          *


〈ソード〉

 ふと、夜中に目が覚めた。

 ……気配がするな。

 インドラはスヤスヤ眠っている。

 寝顔は子供らしくてかわいい。

 ……が、やはり、少年と言った方がいいんだよなぁ。

 あどけない美少年、って感じだね。

 目を覚ますと急激にふてぶてしくなるのがなぁ。

「うっとうしくなった」とか言って髪を短くしているから間違えられてもしょうがないんだよな。女に見られたいならせめて髪を伸ばせよ。この世界でそんなに髪が短い女はお前だけだ、っつっても「大丈夫だ!」とか言い張る。いや、間違えられてるじゃねーかよ。もしかしてわざとかよ。


 つーか、コイツって、どうも……中性、いや無性なんじゃないかって思われる。

 いっくらなんでも、ここまでつるっぺた、って女、いなくねーか? ……つーか、女らしい丸みがまるでねぇっつーのって、おかしくねーか?

 女性の訪れもまだだとか言ってたし……。

 ……それもこれも心因性なのだろうか。

 幼少期の虐待が、コイツが世界を滅ぼして死にたいと思うほど、この世界の人間を嫌っているのが原因で、無性であることを願っているのだろうか。


 インドラの寝顔を見ながらそんなことをつらつら考えつつ、そっとテントを出る。

 出て、驚いた。

 正しく『月明かりの美しい夜』だった。

 俺はインドラほどじゃないが、夜目が利く。

 だが、ここまではっきりと……昼かと思うくらいに見えるのは初めてだ。

 リョークとシャールは近くにいたが、メンテナンス中なのか、じっとしている。

「……ま、たまには一人でゆっくり酒を飲みながら、敵の気配を探すのもいいか」

 椅子とサイドテーブルを出して酒を飲む。

 敵がいるってのに、こんなふうにのん気に景色をでながら酒を飲むようになるとは思わなかった。

 余裕だよな。

 実際、こんなに油断してて、のっぴきならない事態になって、目の前で誰かが救いを求め、殺される可能性もあるってのによ。

 ククッと笑ってつぶやいた。

「……だからどうした」

 確かにインドラの言う通りだ。

 だからどうした。

 それを助けなけりゃならない義理はないし、インドラなら、蹴っ飛ばすだろうな。

 それすらたのしみながら景色をでそう……あ、景観の邪魔になるとかで、全員殺しちゃいそう。

 ……そうだ、それで良かったんだ。

 俺は、自分が何もかも出来る、何もかも救えるってうぬぼれていた。

 インドラよか傲慢に考えてた。

 俺は世界で一番強い。誰をも、何もかもを救える人間なんだ、なんて思い込んでいた。

 まったくのうぬぼれだ。

 インドラですらそんなことを考えていないのに。

 俺は、俺自身すら救えていないのに、なんと傲慢だったんだろう。

 俺を救ったのはインドラで、インドラを救ったのは俺だ。

 互いを救えただけだ。


 …………そう、たくさん、たくさん救えなかった。

 俺は…………。


 気配が濃くなる。

 そこに目を向けると、人影があった。

「……残念ながら、潜んでるのはわかってるんだよ。斬られる前にとっとと正体を現しな」

 グラスを置くと、立ち上がる。

 この距離なら一撃だな。

 最近、ますます身体能力が上がってきてて、インドラのこと言えないほど人間離れしてきてる自分を感じる。

 詠唱も一秒以内に唱えられるようになったし、体内魔素量も爆発的に上がってるうえ、身体能力向上魔術を詠唱しなくても、以前の身体能力向上魔術で出せた馬力で動けるようになった。

 こないだ学園でちょっと本気を出したら余波で壁が斬れてビビったぜ。

 ……うん、ヤバいよな。

 でも、ま、インドラもそうだからな!

 追いつかれなくて、つーか、追いつけて良かったって思っとこ!


 ――カサリ、と草むらから音がして人影が姿を現す。

 …………その姿を見た俺は、硬直した。

「…………ルーナ…………」


 それは、かつて俺の恋人だった、そして、俺を裏切って死んだ、確かに死んだと思った女だった。

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