第217話 〈閑話〉スカーレットと自慢の魔導具たち 六

 スカーレットとエリアス王子の破談はあっという間に広がった。

 スカーレットは颯爽としていて、特に破談のダメージはない。

 それどころか、変わった板を取り出して何事か書き込んでいる。

「……スカーレット様? そちらは?」

 恐る恐る令嬢が問うと、スカーレットがニッコリ笑った。

「あら? コレのこと? これは、画期的な最新魔導具ですのよ」

 自慢を抑えた声で答えた。

「えっ? 魔導具なのですか?」

 令嬢たちが驚いて、板を見た。

「えぇ。インドラ様……ほらあのバケーションの前までいらっしゃった平民で英雄のパートナーの方におねだりして作っていただきましたの。あの方、とても変わっておりましたけれど天才的な頭脳の持ち主なので、こういったものをサラリと作ってしまいますのよ」

 ホホホ、とスカーレットは自慢げに笑う。


 実際、自慢したくて見せびらかしているのだ。

 〝タブレット〟など、インドラにしか作れないだろう。

 アプリは大して入っていないが、インドラのもとに保護されていたアマトという勇者……恐らく同じ世界から来たらしい、魔物と戯れていた青年は元アプリの開発者だったらしい。

 インドラとアマトが手を組み試行錯誤し、試作品として出来上がったのがこのタブレット。

 開発途中のソレにスカーレットが目をつけ、二人におねだりして自分の分もこっそり確保したのだった。

 入ってるアプリは時計(アラーム付)と、手書きのメモ帳と、マップ(但し大ざっぱな地図に位置情報、インドラが訪れたことがある場所のみ詳細な地図が出る)と、メッセージと、ちょっとしたゲームくらい。

 だが、画期的なのは確かだ。

 生体認証なので、持った途端にロック解除。伏せて置いたりロックボタンを押したらスリープ。

 これぞチートだ!

 父に見せびらかしたら間違いなく取り上げられるし、母に見せびらかしても案外取り上げられそうだし、見せびらかすなら学園で! と思い、今まで我慢してきたのだ。

 それこそエリアス王子のことなぞ頭から吹き飛ばして!


 皆、浮かれているスカーレットに啞然としつつも、その魔導具に興味を持った。

 エリアス王子との破談でスカーレットには腫れ物を触るように接していたのだが、距離を詰め興味津々にいろいろと尋ねる。

「これは、なんですの?」

「これは、ノートの代わりになるのですわ。こうやって、手で書けますし、あと、〝タップ〟……ではなく、触れれば、文字が現れます」

「まぁ……!」

「すごいわ!」

「あと、これはゲームですわね。単純なものしか入っていませんが、インドラ様の知り合いで、こういったものを作っていた経験のある方が暇を見つけていろいろと作っていただけるようなことをおっしゃってましたので、増えることを願ってますの。今あるのは……あ、コレとかよろしいんじゃないかしら? 〝リバーシ〟二人で出来ますのよ? 簡単なルールですし、やってみませんこと?」

 さすが、【勇者】こと召喚者。

 ファンタジー定番を外さないわね、と思いつつルールを教えて誘う。

 そうして、皆の頭の中からはエリアス王子のことは綺麗さっぱりなくなり、『スカーレット様が素晴らしい魔導具を所持している、しかも楽しい!!』で埋め尽くされていた。


 ダメージがあったのは、むしろエリアス王子とジーニアスだった。

「フン! あぁは言っているが、私に未練たらたらに決まってる! だが、しおらしい態度で謝罪した後二度と生意気な口をきかず、わびとしてアレを献上しない限りは絶対に許さんがな!」

 などとエリアス王子は言っていた。

 ジーニアスは、そう言い切ったエリアス王子に頭を抱え、どうしようかと嘆く。

 そんなことをまだ言っているエリアス王子に、「スカーレット様に謝罪し、考え直すように説得してください」と言っても聞き入れないだろう。

 泣きたくなってきた。

 プリムローズの本性を見抜けなかったことも、スカーレットはエリアス王子に惚れているから見捨てないだろうとたかをくくっていたことも、全ては取り返しがつかなくなってから気付いた。


 ……プリムローズは、バケーションの間に平民の富豪との婚姻が決まり、学園を辞め、輿こし入れすることになったらしい。

 つまりは、借金の質として父親に売られたのだ。


 エリアス王子の弟はプリムローズに懐き「お嫁さんに来て」などと言ってはいたが、エリアス王子ほど真剣だったわけでは無いし、あの時も壇上にはいたが話が分かっていたわけでもなく、展開についていってもいなかった。

 ただ、インドラとソードの怖さ、そしてスカーレットにたてついてはいけないことを心に刻んだらしい。

 エリアス王子がスカーレットをなおも批判するのを冷めた表情で見て、さらには、

「兄様、そんなことを言ってると王位につけませんよ?」

 といさめ、エリアス王子と距離をとるくらいには賢く世渡りが出来た。


 ジーニアスは天を仰ぐ。

 ……エリアス王子は賢く、武にも優れている。

 そして、順当に行けば王位に就くはずだった。

 なぜ狂ってしまったのだろう。

 やはり、プリムローズに惑わされたのが良くなかったのか。

 だが、自分も惑った。

 彼女の天真らん漫さ、奔放さ、そして優しさ、それに魅了された。

 自分の立場と大変さを理解し同情してくれて、人に対して冷たく接してしまう自分を温かい笑顔で迎え入れてくれた。

 ……だから、エリアス王子にふさわしいと思っていた。

 いくらマナーが出来なかろうと、それがなんなのだと思っていた。

 マナーが出来る美人だろうがエリアス王子をイライラさせるような性格より、マナーが下手でも前向きで明るくて、エリアス王子を包み込むような性格の女性がふさわしい、そう考えていた。

 それは、間違いだったのだ。


 インドラが「ならば平民になれ」と言った。

 マナーが必要ないと思うなら、王ではなく平民になれ、と。

 ……正論だ。


 だが、プリムローズは、平民には用はなかった。

 平民になると知ったら、見事な掌返しをしてみせた。

 しかも、スカーレットが言うように、身分差で引き裂かれたような演出で。

 プリムローズのためにスカーレットを陥れようとまでしたディレクは、突き放されて、捨てられた。


 ……考えていると、笑いがこみ上げてくる。

 後悔ばかりで、甘い考えで取り返しがつかなくなっていて、今、ここにいる。

 恐らく自分も、この失態が報告されたらエリアス王子から引き離されるだけではなく、最悪学園を去ることになるだろう。

 どこか養子に出されるかもしれない。

 でも、それもしかたが無い。

 自分が甘かったのだ。

 エリアス王子は自分より優れた人間だから、従えば、この方の一歩後ろについていけばいいと勘違いしていた。

 それでは駄目だったのだ。

 私が、もっとしっかりしていれば……。


「……ジーニアス?」

 エリアス王子が恐る恐る声をかけてきた。

 気付いたら、天を仰ぎながら涙を流し笑っていたらしい。

 狂ったと思われただろう。

 いっそ狂ってしまいたい。

「エリアス王子。もうすぐお別れですね」

 ジーニアスは涙を拭うと、笑顔で伝えた。

 エリアス王子は何の話か、と戸惑っている。

「今回の失態は、もうばん回出来ません。私はエリアス王子の側近の任を解かれると思います」

「そんなことはさせない!」

「エリアス王子も、継承権を外されるでしょう」

 冷静さを取り戻して宣告したら、エリアス王子が青ざめた。

「……ジーニアス、何を言ってる?」

「この期に及んでもまだ理解出来ませんか? 貴男が散々罵り嘲っていたスカーレット・ショートガーデ公爵令嬢は、貴男を見限り捨てました。それにより、私は貴男の側近の任を解かれ、貴男は継承権を外されます。……それは、休み中に我が家で決定しておりました。だからこそ、口やかましく言っていたのです。貴男はうるさそうにして聞いてくれませんでしたが……」

「…………」

 エリアス王子が気まずそうに黙った。

「貴男がどれだけスカーレット様を物扱いし、人格を無視し、所有物としてみなしていても、スカーレット様は物ではなく人です。貴男の物ではないのです。ですから、彼女はもう貴男の婚約者ではなくなったのです。……昔は、確かに、スカーレット様も貴男を愛していたかもしれません。でも、私の目からも、今日、スカーレット様の愛情が消えていくさまがわかりました。彼女の母親の目にもそれが映ったでしょう。ですから、貴男が彼女を所有物のように『献上物をよこさないと許さない』と言っても、もう、彼女は貴男の手を離れてしまっている」

 真剣な表情でエリアス王子を見た。

 エリアス王子はほうけた顔をしている。

 理解出来ていないというよりも、理解したくないのだろう。

「……現実を直視したくない気持ちは分かります。プリムローズ様のことも、スカーレット様のことも。でも、二人とも、どちらも貴男から逃げていきました。私は……最後までお供したかったのですが、かないそうにありません。そう、私も貴族で、親の束縛からは逃れられないのです」

 エリアス王子は放心して、ジーニアスの独白を聞いていた。

「近く、両親が訪れるでしょう。その時までがエリアス王子のおそばにいられる期間でしょうね。それ以後は、どうなるかは私にもわかりません。この学園に居続けられるのかすら……。でも、そのときまでは、ご一緒いたします」

 深く礼をした。

 エリアス王子は放心していたが、呟くような声を出した。

「…………そんなことにはさせない。私は…………王子だ。王位に就く者だ。そのためにずっと努力してきたのだ。ローズと別れて、王になる決心を固めたのに、それで、ここに来て、継承権から外される? …………あり得ない!」

 最後に、覚醒して大声で叫んだ。


 ありえない。この期に及んで? 外される? いったい何を言ってるんだジーニアスは。


「貴男が、スカーレット様を大切にしなかったからですよ」

 ジーニアスが冷静に指摘した。

「お前だって、あの女はふさわしくないと言っていたではないか!」

「えぇ、そう思ってましたし、進言しました。とげとげしい言葉でエリアス王子に注意ばかりなさっていた彼女は、エリアス王子の心を癒やすことなどなく、いくらマナーや社交、他淑女の教育が完璧だとしても、エリアス王子にはふさわしくないと思っておりました。……そうですね、そう私に騙されたと弁解なさって、これから心を入れ替えてスカーレット様を立てて大切に優しくなされば、もしかしたら婚姻を考え直して下さるかもしれません……」

 エリアス王子が、人が変わったように、淡々と冷めた口調でどこか放心したように語るジーニアスを、がく然と見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る