第216話 〈閑話〉スカーレットと自慢の魔導具たち 五

 ニコリ、と社交的ではあるが冷たく射るような笑みを浮かべてエリーはエリアス王子たちに歩み寄った。

「このような格好で失礼します。――お久しぶりです、エリアス王子、ジーニアス様。スカーレットが『非常にお世話になった』そうで、お礼の言葉を申し上げたいと、今回、娘の護衛がてら参りましたわ」

 騎士の礼をされ、ジーニアス、遅れてエリアス王子が慌てて返した。


 何しろエリーは、伝説の烈女だ。

 当時の全騎士団員の誰も勝てなかったほどの剣の腕と魔力を持ち、王女を守り切った女性。

 男に生まれていたらと惜しまれていたほどの剣豪。

 非常に規律に厳しい性格でもあったため皆に恐れられていたが、学生時代のショートガーデ公爵が指南役として学園を訪れた彼女につっかかり負かされ、れて熱烈アタックし結婚したのは有名な話だった。

 今でも彼女が近付くと自然と姿勢が伸びるという噂で、実際目の当たりにして姿勢が伸びているエリアス王子とジーニアスだった。


「いえ、こちらこそご挨拶が遅れ申し訳ありません。直ちにおわびに向かわねばならないところでしたが、家庭の事情で遅くなりまして」

 ジーニアスが深く頭を下げる。

 とにかく、破局を避けねばならない。

 自分の頭を下げるくらいで避けられるなら、いくらでも下げよう。

 それが側近というものだと、現王の側近が態度で示したではないか。

 エリアス王子が不満そうな、いぶかしげに見ている視線を感じたが、黙殺して頭を下げ続けた。


 すると、ジーニアスを見下ろしていたエリー夫人が冷笑した。

「小僧、お前のわびにどれだけの価値があるとうぬぼれている?」

「‼」

 嘲る声は、ジーニアスの耳と心を打った。

「貴様の両親からの謝罪は、既に受け取っている。スカーレットはちょうど不在にしていたので私が対応したが、そなたとそなたの盲愛する主君が心を入れ替えたのならば考えようと答えてある。で? 貴様の出した答えは、先程の態度か?」

 ジーニアスの背中と脇に冷たい汗がこぼれた。


 全部聞かれていた。

 エリアス王子は、それでも大人の目があるときは、スカーレットを婚約者として立てていた。

 今のつれない言葉や態度は、大人の目のあるところでは決してしていないし、スカーレットも自身のプライドで言いつけてはいなかったようだったのに。

 よりにもよって、一番聞かれたくないやり取りを、そのスカーレットの愛情が冷める様を、母親に見られるとは。


 ……そして、自分もまた、エリアス王子をいさめられなかった失態を見せつけてしまった。

「……スカーレット様へのおわびと、主君のことは、もう少し時間をいただきたい。これから、じっくりと誠意をお見せ致します。その成果を、スカーレット様からお聞き下さい」

「待てんな」

 エリー夫人はバッサリと断った。

「我が娘には、素晴らしき先見の明がある。それで我が公爵家を次々と発展させた。英雄のパートナーを平民と知りながらも友人としてよしみを築き、その英知を頼み素晴らしいゴーレムを公爵家にもたらしたのもスカーレットの功績だ。……その娘が言うのだ。お前たちは、自分の手に負えなかった、と」


 エリアス王子とジーニアスが硬直した。

 二人がスカーレットに目を向けると、スカーレットは腕を組み、今まで見せたことのない冷めた無表情で二人を見ていた。

「まだ、今日この日までは娘はお前たちを見離していなかった。私はとっくに見離していたのだがな。いや、友人のインドラ嬢からはもっと前に『見切りをつけろ』と言われ続けていたらしいが、それでももう少し時間をくれ、どうしても手に負えないようだったら私にすがる、と言っていたのだ。そして、たった今、見切りをつけた。……縁談は破談にする。現王に通達するが、先にお前たちに伝えておく。二人とも、身の振り方を考えておけ。私も女で、腹を痛めて産んだ娘はかわいいのでな。――エリアス王子、貴男のような男に娘をくれてやるくらいなら、平民を婿養子に迎えた方がまだマシだ。では、ごきげんよう」

 夫人は二人を突き放すと踵を返し、娘のもとに戻った。


「……そういうことになったわ。これから新たな婚姻を探すから、気を落とさないでね」

 エリーがスカーレットに声をかけるとスカーレットは硬い顔でうなずいた。

「……あーあ、現世でも結婚出来ないかも。でも、まぁ、いっか。チートのインドラ君と、イケメンだけどヘタレのソードさんとハーレムしてればいっか」

「インドラ嬢は女性でしょう?」

「でも、男性のように私に優しく振る舞ってくれますから。……初めて紳士的に振る舞われたのが小さな女性っていうのが非常に残念ですけど、まったく経験がないよりはマシだと思うことにします」

「……そう。私も男性に優しくされたことはないので何とも言えないけれど……。ジェラルドはなんて言ってるの?」

「お父様は、ソード様とインドラ様が結婚すると思っていますわ。それはそれでアリかも……グヘヘ……」

「急に気持ち悪い声を出すな!」

「し、失礼しましたわ」

 スカーレットはさりげなく口元のよだれを拭いた。

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