第125話 <閑話>ソードが去った後の王宮

 そこにいる全員が、唖然あぜんとして廊下に出来た大穴を見つめた。

 建築当時、よりすぐりの強固な土を集め、そこにさらに魔術を使い練り合わせた壁材で造られたといわれる、力自慢の兵士や大魔術でも傷一つつけられない壁。それを簡単に破壊したのだ。魔族襲来時も、ドラゴンの攻撃に一度は耐えてみせた壁が、破壊された。

 全員が自失し、最初に自分を取り戻したのは王だった。

「……シャド、修繕の手配をしろ。――皆、よく聞け。この件は、他者への口外を禁じ、決して外部へ漏らすな。命令だ、わかったな?」

 騎士たちが慌ててうなずくが、騎士団長は不満げな顔をした。

「……それでは、早速、くせ者を捕縛に向かい……」

「聞こえてなかったのですか騎士団長? 王は、口外を禁じ外部に漏らすな、と言ったのですよ? 騎士団でソードを捕縛に向かって、一体、罪状をどうする気ですか?」

 シャドが騎士団長の発言を遮り、冷たい目で見た。騎士団長は、イライラした表情になる。

 実際、騎士団長はいらいらしていた。騎士団長はシャドを嫌っている。王にも不満があるが、それ以上にシャドという側近が幅を利かせていることを面白く思っていないのだ。ひそかに、自分が権力を握り気に入らないやつを粛清していきたい、と考えているからだ。それにはシャドが邪魔だった。

「……だが、犯罪者を野放しには出来ないだろう! やつは最初から王城破壊をたくらんでいた! なにが〝英雄〟だ、大したことないくせに……」

「嫉妬ですか?」

 シャドが再び遮り、そして冷笑した。その言葉に、騎士団長は顔を真っ赤にして怒鳴る。

「なんだと⁉ 貴様、言って良いことと悪いことがあるぞ! その生意気な発言をする頭を斬りとばされたくなかったら……」

 最後まで続けずフェードアウトした。王の御前ごぜんでさすがにそれ以上はまずいのがわかったからだ。

「ほう? 私が貴方あなたに生意気な口をきくから、私の頭を斬りとばす、と?」

 シャドはもちろん、わざと騎士団長を煽っている。止めろと命令しても、この騎士団長という男はソードの捕縛に向かうとわかっていたからだ。王家への忠誠心からではなく、自身のプライドと名誉を重んじて、そうすることをシャドは知っていた。

 騎士団長はわかっていない。騎士団長単身ではもちろんのこと、騎士団全員で戦ったとしてもソードには勝てない。昔のソードならともかく、今のソードが大人しく捕縛されるとは思えず、衝突するのは必至だ。更に、今のソードには傲岸不遜な相棒がいるのだ。罪状を言わずに捕縛しようとした、などと知れたら本気で王城を滅ぼしにくるだろう。

 シャドにはそれが分かる。だから、煽って、プライドが高く激高しやすいこの男の口を滑らせるように仕向けたのだ。

「騎士団長。外部からの侵入者を許し、更に王命に逆らい、そして不穏な発言をしたとがで、一旦騎士団長の権限を剝奪、そして謹慎を命じます。十日間、一切の外出を禁止いたします。他の者も、外部からの侵入者を許したとがで、減俸、さらには王城警備の強化を命じます。詳しい沙汰は文官から書類が届きますので、自室に待機していなさい」

 シャドが宣言すると、騎士団長は悔しさと怒りでブルブル震え、足音を荒く立ち去った。他の者も慌てて王に騎士の礼をすると、追いかける。

「……なんですか、あの無作法は。王の御前ごぜんなのに信じられませんね」

 シャドが目を鋭くして去った騎士団長を見つめる。

「そう言うな。……それにしても、助かった。さすがにソードを捕縛するのはまずい。世論もあるし、敵に回すことは避けたい」

 王が安堵あんどの息を吐いた。そして、シャドに向かって笑う。

「十日もあればソードはここを去るだろう。謹慎が解けた騎士団長が王都を探しても去った後なら追いかけるわけにもいくまい。……だがお前は、騎士団長に味方してソードを捕縛するがわに回るかと思ったぞ?」

 いたずらっぽく言われたシャドは、咳払いした。

「ソードを敵に回すとよろしくないのはわかっております。ただ、彼の実力と人気は非常に危険極まりないので警戒をしているのです。王を脅かす英雄など、この国には必要ありませんので」

「ソードは、分をわきまえた男だぞ。それはお前もわかっているだろう」

 シャドが黙った。

 ……そう。ソードはそういう男だ。昔から警戒していたが、彼は王の周りにいたろくでもない連中より、むしろ控えめだった。だが……。

「わかっております。私も、ソードとは長い付き合いですので」

 ……孤独だったソードの相棒になった少女、インドラ。彼女と関わり、ソードは変わった。

 参内してひざまずいていたソードは、貴族たちへの怒りと不満を内からにじみ出していた。シャドは一瞬、この場にいる全員を皆殺しにするのではないか、そう背筋を凍らせ参内させたことを後悔したほどにだった。以前のソードでは考えられなかったことだ。そんなふうになってしまったのは、確実に彼女と知り合ったせいだ。

 ――以前なら、自分を救出にきたゴーレムが王城を破壊して現れたことに対し、仕方が無いと肩をすくめて笑って去るような真似はしなかっただろう。その変質が怖い。


 ――王が警備の騎士と共に自室に去り、周りに誰もいなくなってからシャドは独りつぶやいた。

「さて、どうしたら良いでしょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る