第63話 謝れ<ソード視点>
〈ソード〉
走って逃げる小僧を追っかけた。
やりたかねーけど、アイツも腹に据えかねてるらしく、こっぴどくやっつけやがったからな。
どうにかして謝らせねーと、エキサイトして何しでかすかわかんねーからな。
ビービー泣く小僧……ホント、コイツ男かよ? 女並に泣くじゃねーかよ、インドラなんかよっぽど……本人にしてはよっぽどのことがねーと泣かねーぞ。
フッと、部屋が汚いっつって泣き出したのを思い出して、うっかり笑い出しそうになった。
たぶん自分の家に逃げ込んで、ビービー泣いてる。
後頭部をたたいた。
驚いたらしく、ようやく泣きやんだぜ。
「ったく……お前、ホントに男かよ? よくもまぁそんなに女みたいにビービー泣けるよな」
しゃくり上げながら固まってこっちを見てる。
「で? 逃げ出してどーすんだよ? なんも解決しねーぞ。お前の母ちゃんは、お前が逃げてもお前を責めねぇだろうけどな。優しいお母ちゃんがいて、良かったな。いい歳した男が、まーだ甘やかされてんのか、ってよ」
口がへの字になった。
あーあ、また泣くのかよ。
頭をかいた。
「……お前、自分がどれだけ恵まれてるか分かってねーよな。インドラのこと話してやろうか?アイツは、元貴族でな、貴族によくある政略結婚で産まれた。父親は愛人宅に入り浸り、母親は男が帰ってこないのを娘のアイツのせいにして、折檻して、躾してたんだってよ。おかげでアイツは五歳にして貴族のマナー、及び語学も完璧になったってよ。で、五歳のときに母親が死に、そしたら父親が愛人の娘を連れて屋敷に乗り込んできた。父親は、愛人の娘に対してはお前が母親にかわいがられるが如くかわいがり、アイツには冷たい仕打ちだ。何をするにもアイツのせいにしてたらしいぜ?
愛人の娘のマナーがなってないのもアイツのせい、メイドの教育がなってないのもアイツのせい、雨が降ってもアイツのせい、だとさ。で、病んで、生死の境を彷徨い、何とか生還して全ての人間を『見限った』この世界の人間はなんて自分勝手で残酷で、生きてる価値もない人間ばかりなんだ、とな」
ぼうっと聞いてる。
泣きやみはしたが、反省はするかね?
「……ま、お前が見限られようと、正直どーでもいいんだけどよ。これ以上、アイツの人間不信を促進させたくないんだよ。お前は、助けられておきながら、アイツに飯や何やらと世話してもらいながらも、アイツをにらみつけて、礼の一つも言えない、腐った小僧だ。親が謝ってるのを見て自分のせいだと思わず、謝らせてるやつが悪いと責めるクズだ。それがアイツの認識だ。お前、自分がそんな人間だって思われたままでいいのか? お前の親が、『お前の性根が腐ってるのは育て方が悪いせいだ』って責められて謝ってるのを見て何とも思わないのか?」
で、泣いた。
ダメだコリャ。
って思って頭をかいたら
「……イヤだ!」
っつった。
「イヤだイヤだで駄々捏ねて通用するのは親だけだよ。キチッと詫びろ、あと礼を言え。じゃないと、お前はこの先一生、アイツにそう思われたままだ」
それでようやく謝る気になったらしい。
…………が、もう既に手遅れだった。
「おぉ、どこに行ってたんだ。もう町から出たのかと思って引き返したんだぞ?」
インドラは俺を探していたようで、門の方にいた。
俺を見つけて笑顔を向ける。
チラッと小僧を見ると、口をへの字に曲げてにらんだような顔をしているが……
「俺が悪かった!」
と叫ぶように謝った。
ホッとしてインドラを見たが、インドラは一切、小僧を見ていない。
え? アレ?
小僧も肩透かしを食らったような顔をしている。
インドラは、俺だけを見てイキイキと話し掛ける。
「さぁ、帰ろう! ……冒険途中で悪いな、だが、かわいいチャージカウたちを連れて王都には行けないからな。引き返すことになるが、いいか?」
……あ、これ、俺が無視されてたときと同じパターンだ。
ってわかった。
で、もう、小僧のことは『無視するべき人間リスト』に加えられたらしい。
「いいよ、別に。つーか、大分酒がなくなっただろ、戻ってもっかい仕込んでこい」
そう言って頭をなでた。
…………まぁ、小僧が悪い。
物にはタイミングってのがある。
遅すぎたんだよな。
町の住民への対応も、親と兄貴とインドラがした。
俺は泥を被る気は無かったし、正直に話した。
俺は〝依頼〟は出来ないから、ギルドにはこの結果の抗議も出来ない。
だから、話して終わりの話だ。
ただ、町の住民は、騒いで朝イチで集まって、小僧の我が侭勝手の結果じゃ、腹も立つだろうし、何より確実に今日一日の売上の邪魔をしたことになる。
この町の優しさがどんなもんか知らねーけど、インドラとのやりとりを見せて、町の住民も溜飲をちょっと下げたみたいだしな。
だけど、最後の最後に、コイツはトンズラしたからな。
「…………? おい、なんか……どうした?」
急に不安そうな顔でインドラが覗き込んできた。
「いや? ……ちょっと聞くけどよ、辺りを見回して見て、状況を教えてくれるか?」
インドラはキョトンとした後、辺りをぐるっと見回した。
だが、確実にその目は小僧を映していない。
のが、小僧もわかったらしい。
「おい! なんだよ! 謝ってるだろ! 俺が悪かったって! 無視するなよ!」
泣きそうな顔で小僧が怒鳴ってつかみかかってこようとしたが、手で制し、首を振った。
「遅すぎたな。もう、お前って人間を認識してねーよ」
「え…………」
「どうしたソード?」
インドラが袖を引っ張った。
「特に気にするようなことはないぞ? この町は良くない町だったし、二度と見たくないようなものもあったな。もう来ることもないだろうから、さっさと出て、チャージカウたちと合流しよう。リョークに任せっきりも心配だ」
…………そっか。
結果、『良くない町』だったか。
「…………わかった。そう言うなら、そうだな。行こうぜ」
「おう!」
インドラを促した。
「待って! ごめん! 謝るから、許してくれよ! ごめんって! なぁ! 無視するなよ! おい、待ってよ!」
小僧は追いかけてこようとしたが、再度俺は首を振った。
「遅いんだよ。俺たちに謝るよか、町の住民一人一人に謝ってこい。ソッチにまでインドラみたいな対応されたくないならな」
そう言うと、止まった。
…………仲裁するべきかもしれなかった。
でも、俺は
俺は、インドラが家族にひどい目に遭わされてきたのを知ってる。
家族から愛され甘やかされた小僧にライバル視され、今日までの一連のひどい態度に対して堪忍袋の緒が切れ、『無視するべき人間リスト』に加えたのなら、俺はそれをいさめるべきじゃない。
俺の大事なパートナーの気持ちを尊重しないなんて出来ない。
小僧には他にいくらだって大事にしてくれる家族がいるんだからよ。
俺くらい、インドラを一番大事に想ってやらねーと。
その場で泣きじゃくる小僧をおいて、俺たちは門を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます