第17話 後悔先に立たず<ソード視点>
〈ソード〉
受付嬢が頭を下げた。
「すみません、失敗しました」
「ちょっと性急だったな」
と渋面で言ったら
「いや、むしろお前の言い方が悪かったせいだろ」
ギルドマスターがバッサリ切った。
「!! う、うるせー! ちょっとへこましたくらいがはい上がってくるんだよ!」
「へこました、というより、お前が見捨てられてなかったか?」
見ていたギルドマスターが言った。
「……ぐっ……」
心臓にグサ! っと刺さり、胸を押さえてよろけた。
まさしく図星。
「友達を作らせよう、なんて柄にもないこと考えるからだ。友達なんてな、自然となるもんなんだよ。自分がボッチで友達のなり方がわからないからだな」
ズケズケと言われて、落ち込んだ。
「……で、アイツ、ドコ行った?」
「採取の依頼を受けて、そのまま出て行きました。
何組かに声かけされたようですが、目もくれずに全て無視して去っていきました」
「そりゃー、ここに連れて来られるまで頼ってきた男に「俺は偉いからここでお別れだ」なんて言われた後すぐに別のやつに声をかけられても仲良く出来るわけないよな」
「うるせーうるせーうるせー!!」
涙目で視界がにじむ。
「あーあ、あの子かわいそう。
メンタル弱いやつならそのまま自殺しそうだよなあ」
「…………」
飛び出した。
アイツを捜すが、見当たらない。
依頼を受けた、ってことは、もう町の外に出たのか?
しかし……もう夕方だ。
いや、アイツの実力ならすぐに終えられるか。
門番に聞いたら、やはり出て行ったとのことだった。
ただ、と門番が不思議そうな顔をして首をかしげていた。
「……もう日が暮れるし、夜は門を閉めるから今から行くのはやめた方がいいと止めたのですが……。町で寝泊まりするなんて、この世界の人間に何をされるかわからなくて怖くて出来ない、って……。聞き間違いかもしれないのですが……」
ヤベェ。
思ったよりも深刻な事態になった。
『軽蔑』を通り越して『人間不信』になっちまったらしい。
友達を作らせるどころじゃねぇ、人を信じさせるってところから始めないといけねーらしいぞ。
とりあえず、アイツを見つけよう。
魔素の反応を探ると、ものっすげーデッカいのを見つけた。
魔物が出てもおかしくない森の中にだ。
慎重に歩を進めていくと…………
――大きな木の下に、大の字になって寝てるバカがいた。
何考えてんだよ……。
結界魔術すら使ってねぇ。
ただ、寝てる。
なんで襲われてねーのか不思議なくらいだ。
教えたこと一つも守ってねぇ!
「……おい」
なんか腹が立って声をかけた。
だけどピクリともしねぇ。
「なんでこんなトコで寝てんだよ。テメー、死にてーのか」
無視。
……蹴ってやろうかコイツ。
「なんで言われたこと守らねぇ。俺は『野営は火をたき、必ず一人は見張りを立て、交代で休む、ソロの場合は結界魔術を使って出来るだけ防衛する』って教えたよな? そもそも『パーティ見つけてCランクまで上がってこい』つったのに、なんでテメーはここに一人で寝てんだよ」
表情も変えずに寝てる。
そして、どんどんコイツの周りの魔素が濃くなってきてる。
「……チッ、勝手にしろ。それで死んでもテメーの責任だ」
言い捨てて、去った……フリをして、陰から見張った。
なんで俺がアイツの警備を陰からしなきゃなんねーんだよ!?
魔物に襲われても、半死半生くらいまでいかねーと助けねーからな!
……アイツはピクリとも動かねぇ。
もう死んでるとか、ねーよな?
うっすらと明るくなってきた。
――結局、魔物一匹たりとも現れなかった。
この森、そう安全じゃなかった気がするんだが……。
俺なら楽勝、アイツなら……楽勝だな、の魔物しか出ないが、それでも大の字でスヤスヤ眠れるほどの手ぬるい相手じゃないし、弱いが数も多かったはずだ。
なのに昨晩はまったく出なかった。
……生態系が変わったか?
眠気をかみ殺して考えてると、アイツが目を覚ました。
のん気に伸びをすると、敷いていた布を片し、ブラブラ歩き出す。
薬草の場所はわかっていたらしい、ためらいもなくそこに行くと、採取し、町に戻っていった。
……つまり俺は、アイツのいた境遇をなめてた、ってワケだ。
母親が死んで父親が腹違いの娘を連れて戻ってくる、腹違いの娘をかわいがってアイツは邪険にされる、そんなんよくある貴族の話だな、くらいにしか思ってなかった。
だが、アイツはそのせいで人間不信一歩手前、それに俺がとどめを刺した、ってことだな。
ここのギルマスは一時期パーティを組んだこともある仲で、気安い。
だから融通の利くここに連れてきて登録させたわけだし、アイツの入る予定だったパーティも選別させておいた。
実力的にはCランクどころじゃねぇが、登録したてじゃCの連中と組ませられねーから、Eランクくらいの、アイツよか二~三歳年上の少女たちのパーティ。
アイツの実力だとすぐさまFどころかEランクも抜けるだろう。
アイツは口は悪いが面倒見がいいから、逆に面倒を見てやるようになるかもしれない。
そんなふうに考えて、ギルマスにも話を通して作戦を練って実行した。
ハイ、完全に失敗。
もはや誰に何を言われようと、聴覚遮断の魔術を使ってるんじゃねーかってくらいに完全無視で用件のみやり取りし、出て行って森に住み着いている。
どうやらFランクに上がったらここを出るつもりらしい、のは受付の娘が聞き出してくれた。
最初に応対した娘は完全に警戒され避けられてるらしく、その事に半泣きでなじられた。
「あんなかわいい子に嫌われちゃったじゃないですか!! 別の子としゃべってるのは笑顔なのに私を見た途端無表情に変わるんですよ!? それがどんなにつらいかわかります!?」
……まだ、目を合わせてもらえるだけありがたいと思えよ。
俺なんか、存在、空気だぜ? 目線合わないんだぜ? どうやったらそうなるんだよ? ってくらい、空気なんだぜ?
はぁ……。
もう謝って許してもらおうか、とすら思ってるが、存在空気の俺が謝っても恐らく、いや絶対、相手にしてもらえない。
謝ってる最中に歩き去られる確率が百パーセントだな!
結局、ギルマスに泣きついて取りなしてもらおうとした。
「……ソードを許してやってくれないか? アイツも不器用で、お前さんのためを思って行動したことが裏目に出て、悔やんでる」
「は? 誰でしたっけ? …………あぁ、そういえば、自称『偉い人』。いましたね、そんな人。もう忘れてました。許すって何をですか? 別に私が許さなきゃいけないようなことはなかったと思いますけど?」
「……そう言われると、俺の心にすらくるものがあるんだが……。まぁ、それじゃ、怒ってないのなら、もう普通に接してやってくれないか。アイツも反省して……」
「いや、普通に接してますよ? 『決して信用してはいけないこの世界の人間』として普通に接してます。――まぁ、差別なく、この世界の人間は信用してませんが。利用価値があるなら視界に入れますが、そんな価値もない人間は視界にすら入れてませんし、音も知覚しないようにしてます」
冷たい目でギルマスを見て、言い切った。
「だから、普通に接してますし、怒ってもいませんよ。私は私の思うとおり、勝手に生きてるだけです。まぁ、こんな人間のはびこる世界じゃ私なんてそのうちすぐ死ぬと思いますが。……この世界って、本当、見る価値ないですよね」
――ここまで言われた。
途中で俺も聴覚遮断の魔術覚えて使いたかった。
会話を終えて戻ってきたギルマスににらまれた。
「……お前、あそこまで闇を抱えてる少女に、何てことを言ったんだよ? 完全に病んでるだろ、アレ。俺には無理だ、あそこまでいってる子を説得するのは」
「……じゃあ、どうすりゃいいんだよ!?」
「どうしようもねーな! ……大体、親に虐待まがいの躾されて? 腹違いの娘だけかわいがられて? 女の子なのに髪の毛切る金がないからって平民の男と見間違うかのような髪型にされていて? 自分ちなのに自分の事を『居候』っつってる貴族の女の子が、自分を連れ出してくれた男に町に連れて来られたと思ったら、冒険者ギルド登録したらハイサヨナラ、ってそりゃ、信用出来る人間が一人もいなかったところにお前が現れて信用した、なのにそれが完全に裏切られたってことだよな」
グサッ!
「――そもそも世間知らずの貴族令嬢を平民の町に連れ出しておきながらその場で『俺はお前より偉いから、これでオサラバだ』なーんて言ったのをへこます程度にしか考えてないお前の感覚がわからないね! ……お前って昔ッから無神経を軽く通り越すようなセリフを吐いて嫌われるよな。……あ、今回は嫌われるどころじゃなかったか。病んで死にそうになってるな」
完全に心折れて泣いた。
アイツがようやく魔物とエンカウントした。
しかも、かなりの魔物だった。
ジャイアントウルフと呼ばれているデカいオオカミ型の魔物だ。
ピンチになったら颯爽と助けてやろうと……うん、瞬殺だな。知ってた。
アイツ、
「……そっちから向かってこなければ、わざわざ殺しはしないぞ?」
とか、何魔物相手にかっこつけてんだ、ってセリフを魔物に言い放ったよ。
当然、魔物は無視して襲いかかる。
首チョンパ。
終了。
ちなみにアイツが使っている得物は、お手製の木剣だ。〝ボクトー〟とか名前をつけていた。
細身の片刃……そもそも木剣の刃なんて切れ味皆無だが、なんでか知らねーがスパスパ切れる。
マジックウェポンかよ!
殺した魔物をマジックバッグにほうり込み、町に戻ってギルドで売ってた。
……アイツはかなり注目されてる。
俺と連れ立って現れたからだ。
自称じゃねえ偉い人なんだよ! 冒険者の憧れ【迅雷白牙】のソード様なんだよ!
なのに、自称偉い人、って、ヒドくない!?
そんな『みんなの憧れソードさん』と現れたアイツは、パーティ勧誘から指導と言う名の喧嘩のふっかけまでいろいろ声をかけられまくったが全部無視。無視された連中は面白くねぇからさらに絡むがそれも無視。
Gランクのアイツにそれよか上の連中が理由なく手を出すのは規約違反、ギルド職員がにらみを利かせて圧をかけて問題を起こさせてなかった。
だが。
「あァ? Gランクが高ランクの魔物狩ったってか? そんなんうそに決まってんだろ。コイツは、俺の獲物をかっぱらってきたんだよ!」
テンプレの絡みが出た。
ギルド職員が出てくるのを俺がそっと押さえた。
むしろ、ここで俺が出れば、アイツの好感度が上がる! ばん回のチャンス!
アイツは無視してたが、立ち塞がられてようやく嫌そうに顔を上げた。
「テメェ、その金とっととよこせ。俺の金だ。テメェは、俺が始末した獲物をちゃっかり持って帰って売った、ドロボーだよ、お嬢ちゃん?」
……恐らく最後の『お嬢ちゃん』は揶揄したつもりだろうが、アイツは正真正銘のお嬢ちゃんだな。
他の冒険者は面白そうに見ている。
煽る連中もいた。
そろそろかな、と踏み出したとき。
「わかった、つまり、お前の首を切り飛ばし、その切り口とさっき売った魔物の切り口を見せて同じかどうかを証明しろ、ってことだな」
とかアイツが言い出した。
――まずい。アイツの魔素が膨れ上がった。
「あ? 大体テメェ、その腰に挿ってる棒きれ振り回して切り口がどうとか……」
瞬間。
俺は手近にあったテーブルを男に投げつけた。男はそのテーブルにぶち当たって吹っ飛び、そして、瞬きする間もなく、アイツが抜き放った剣でテーブルが両断された。
俺も剣を抜きながら全力で男との間に割り込む。
その瞬間、俺の首目がけてアイツの剣が振られた。
……マジで殺りにきやがった!!
剣で防いだが、押し負けそうになるほどの力で首狩りにきてやがる。
「この……!」
押し返そうとしたら目が合った。
ずっと合ってなかった目が合った。
その目を見て、怒りも悲しみもなく、冷静に相手を殺そうとしている目を見て、コイツは放っておいたら世界に名だたる殺人者になるな、ってわかった。
自分に害をなす者はためらいもせずに殺す。
それを邪魔する者も殺す。
それが彼女の正道。
小声で呪文を唱え始めたら警戒したのか素早く距離を取った。
身体強化呪文を素早く唱え終えた途端、怒とうの攻撃を食らった。
……コイツ、剣術どころか体術まで出来るから嫌になるんだよ。
剣で斬り、足で蹴り、肘で打つ。
さらに魔術まで無詠唱で使ってくるときたもんだ。
SランクがGランクに殺されるって前代未聞の事態が起きそうだぜ。
防戦一方で、とうとう一撃もらいそうになったとき。
「それ以上続けると、罰金を支払ってもらうことになるぞ!」
ってギルマスの言葉にピタッと止まった。
そして舌打ちと共に床を蹴って離れた。俺は思わず息を大きく吐きだした。
「罰金はあの男とその男だけだよな? 私は『私が本当にその魔物を狩った』という証明をしてみせようとしただけだ。要望を出したその男と、その邪魔をしたその男に払わせろ」
冷静にギルマスに向かって話す。
「わかったわかった、お前は悪くない。特にギルドの備品を投げて壊したその男が一番悪い。だからこれ以上暴れるな」
その言葉で、ようやく剣を収めた。
まぁ、剣がなくてもコイツの場合肉弾戦も魔術戦も出来るけどな……。
ギルドを出て行くアイツを見て、冒険者がビビりつつ後ずさりながら道を空ける。侮っていたアイツが相当の実力者なのが今のでようやくわかったらしい。
俺が連れてきた時点で察しろよ……。
「おい、大丈夫か? まさかと思うが随分ピンチに見えたぞ」
「まさかじゃなくてピンチだったよ。接近戦じゃ俺はかなり不利だ」
ザワッと周りがざわめいた。
「……スピードはまだ俺の方があるが、パワーは互角……にしておくか、あるいは【剛力無双】には負ける、ってくらいで、魔術に関しちゃ、気付かれずに大魔術を詠唱し終えて当てられれば勝ち目があるが、じゃねーと誰も勝てねーな。あの【血みどろ魔女】にも無理だろ」
聞いてた連中全員が凍りついた。
「……人間か?」
「知らねーが、親らしきやつらは人間だな。本人認めたくねーだろが、父親に髪と瞳以外はソックリだ。産んだ母親も公爵令嬢だそうだから、人間だろ」
「……お前……! 公爵令嬢をさらってきたのかよ!?」
「人聞きの悪いこと抜かすな。本人たっての希望だっつーの。それに、親は子を子だと認めてねーし、子も親を親と認めてねーから、いいんだよ」
「……Sランクでも抑えられねーような超人的パワーを持つ、殺伐とした環境にいた世間知らずの貴族を連れてきて突き放したのか。お前……コッチの迷惑考えろ!! そんな危ねーやつ町に解き放ったら、何しでかすか分からんだろーがよ!! しかも、しでかしても物理的にも権力的にも誰も止められねーじゃねーか!! むしろお前が首に縄つけても管理しとけ、このバカ!!」
めちゃくちゃ怒鳴ってきやがった。
……まったくその通りで反論出来ないけどな。
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