第7話 プリムローズ曰く<プリムローズ視点>
〈プリムローズ〉
この屋敷に連れて来られて紹介された姉様の、最初の印象は『地味で陰気な子』だった。
実際その通りだった。この屋敷に連れて来られて紹介されたときに、私は姉様がいるなんて知らなくてとっても驚いたけど、それでも元気よく挨拶したのに、姉様は目も合わせずうつむくだけだったんだもの。
――突然母さんが亡くなり、父様が私のそばに来て、自分一人では私を育てられない、だから父様の実家に行こう、そう言われた。正直、近所の子たちにも「メカケノコ」といじめられていて好きではなかったから、この場所に未練も無かった。
別のところで、ようやく父様と一緒に暮らせるのならそれでもいい、でも、もっと早く、母さんが生きてるときに一緒に暮らしたかったけど……そう考えながら連れて来られたのが、大きなお城みたいなお屋敷。
最初の頃はうれしくてはしゃいだ。
バカにしていじめていた子たちを連れてきて見返してやりたい、そう思って父様に言ったが、困った顔で笑って「彼らとプリムローズはもう、住む世界が違うから連れてこれないんだよ」そう言われて、さらにうれしくなった。
アイツら散々バカにしてたけど、アイツらの方が下だった、今度会ったらバカにしてやる! と意気込んでいたが、もう会うことはない、と後々わかった。
そして、今度は別の人間からバカにされるようになった。
マナーがどうとか言われ、「コレダカラヘイミンハ」と陰口をたたかれる。地味で陰気な姉様も、自分を見て眉をひそめた。だけど、それを見た父様が怒って姉様を叱ってくれた。
――そういえば、あの子はどうして私の『姉』なの? どうして今まで一緒に暮らしてなかったの?
父様に聞いたらまた困った顔で笑った。「あの子はどうしようもない子だから、別に暮らしてたんだよ」そう言った。
その後、父様が何度も姉様に「母親に似てろくでもない」と言っているのを耳にした。
私は驚いた。
母さんのことをそんなふうに言うなんて……悲しくて泣いてしまったら父様は慌てて「プリムのお母さんのことじゃないよ」と言った。
……じゃあ、誰の?
最初はわからなかったけど、徐々にわかった。
姉様の母親が父様の結婚相手で、父様と母さんは結婚していなかった。「メカケノコ」の意味もわかった。
――姉様は、父様と一緒に暮らしていたわけではないらしい。姉様に聞いたらそう言っていた。
姉様の母が亡くなってしばらくしてから私と一緒に現れたのだと。
一緒に暮らしていたと思っていた姉様に嫉妬したけれど、姉様も一緒じゃなかったんだと思うとちょっとうれしくなった。そして、共通点が見つかって、親しみが出来た。
父様にはもしかしたら他にも「メカケノコ」がいるのかもしれないけど、私をここに連れてきてくれたし、父様は私には優しくしてくれる。私がマナーがなってないのは教え方が悪いんだ、って、父様だけが言ってくれる。
姉様が教えてないからだって、姉様の教え方が悪いんだって、怒ってくれる。
屋敷から出られないのはつまらないけど、母さんと暮らしてたときみたいに手伝いをさせられることはなく、お姫様みたいな扱いをしてもらえる。……でも、暇だしつまらないな。
年が近い子って姉様しかいない。姉様と遊ぼうとするけど、姉様は嫌がるし、それに、姉様はなんだかすごく嫌な目つきをする。ちょっと怖い。
それを父様に言って姉様を叱ってもらったら、姉様が目を合わせてくれなくなった。
何を言ってもダメ。
それも父様に言って直してもらうようにした。
そしたら姉様は、ご飯を食べなくなった。こんなにおいしいのに、ほとんど食べない。
私が姉様の分も食べてあげようとすると、姉様が怒られた。姉様がちゃんと食べないから、私が姉様を助けようとしてマナー違反をするんだ、ちゃんと教えないせいだ、って。
そんなことがちょこちょことあってしばらくしたら、ハンニバルが慌てて飛び込んできた。
――姉様が倒れて、目を覚まさない。
私は驚いて父様を見たけれど父様は鼻で笑った。
「仮病だろう。あの女もよく使った手口だ」
そっか、仮病か。
知ってる、おなか痛くないのにおなかが痛いとか言うんだよね? 私も小さい頃、父様が帰るのがイヤで、そんなこと言ったことあるなぁ。
私は姉様を起こしにいった。
びっくりさせて起こそうと思って姉様に乗っかったら力いっぱい引きずり降ろされた。
私がびっくりした。
見上げたら、すっごい怖い顔をしたコーラルがいた。……コーラルって、いつも怖いけど今は本当に怖い顔をしている。
「……プリムローズ様、倒れて目を覚まされない姉上様に乱暴するとは、どういうことですか?」
怖い。
「……だって、仮病だから、びっくりさせれば起きると思って」
泣きそうになって弁解したら
「まぁ……! そのようなひどいことを言うなんて……!」
いつの間にか後ろにいたメイドたちが一斉に私を非難した。
そしてコーラルはますます怖い顔になった。
「インドラお嬢様は、仮病ではなく、お倒れになったのです。プリムローズ様は、ご病気の方に乱暴するよう、貴女のお母様から教わったのですか?」
「……ごめんなさい……」
怖くて泣いた。
「サリー、クララ、アンナ。プリムローズ様をお部屋に戻して差し上げなさい」
「「「かしこまりました」」」
……サリーとクララとアンナは好きじゃない。
だって、私をバカにするんだもん。今だって、すっごい冷たい顔で私を見てる。
前に父様に言って姉様についてる優しそうな子と交換してもらおうとしたけど、父様はあの子は仕事が出来ないからダメって言うし、じゃあサリーとクララとアンナを叱ってもらおうとしたけど、姉様が叱られるだけでサリーとクララとアンナが叱られることもなかったし、別の子と替えてもらえることもなかった。
父様に姉様は仮病じゃなかった、仮病って聞いたから起こそうとしたのにコーラルに叱られた、と言ったけど、父様はかたくなに「仮病だ」って言い張って、それで終わってしまった。
私は姉様が仮病かどうか知りたくて、ハンニバルに毎日しつこく聞いた。
お医者さんまで来てたので、これでハッキリする、と思って姉様の部屋に突撃しようとしたら、どこから現れたのかコーラルが前に立ち塞がった。
……また怖い顔をしてる。
怖くなったので部屋に引き返し、しばらくしてそっと部屋を出て、ハンニバルを見つけて
「お医者さんは、『お姉様は仮病だった』って言ってた?」
って聞いたら、呆れた顔をされた。
「ストレスと栄養失調、それにより心身が弱り意識不明だそうです。このまま目を覚まさなければ生命が危険だそうですよ」
「えぇっ⁈」
じゃあ、やっぱり乗っかってびっくりさせた方が良かったじゃない! コーラル、私のことあんなに怖い顔をして叱って、他のメイドたちだって……
「プリムローズ様」
って考えてたらハンニバルが私の名前を呼んだ。
見上げたら、コーラルみたいな怖い顔をしてた。
「お医者様は、安静に、くれぐれも乱暴に扱わないよう、念を押されました」
私、固まった。
「今のインドラお嬢様は、非常に壊れやすい細工物のような状態です。プリムローズ様の有り余る元気をインドラお嬢様にぶつける……具体的には、インドラお嬢様に乗っかり、揺さぶり、蹴飛ばす、ひっぱたく、そのようなことをしたら、間違いなくインドラお嬢様は死んでしまいます」
ハンニバルは私が起こそうとしてやったことを知ってたらしい。
でも、ひっぱたいても蹴飛ばしてもいないわ、まだ。……最終的に、そうしたら起きるかもとは考えたけど。
「インドラお嬢様を殺そうと考えておられなければ、そのようなことは決して、なされないでくださいね。わかりましたか?」
……なんだかハンニバルも怖い。ビクビクしながらうなずいた。
姉様が目を覚ました、っていうのを聞いたのは随分たってからだった。
陰気で地味で無口な姉様でも、いないとつまらない。年が近い子が他にいないし、メイドたちもしゃべってくれない。
食事に現れるかと思ったら、いつまでも来ないのでしびれを切らせて聞いたら、姉様は一人で食べるんだって言う。
姉様が暗ーく一人で食べてるのを想像し、かわいそうだから誘ってあげようと押しかけた。
久しぶりに見た姉様は、がらりと変わっていた。
そして、久しぶりに目が合って、その目つきは昔の嫌な感じとは違ったけれど、嫌な感じなのは一緒だった。
思いっきり「何しに来たの?」って顔をしてる。そして、ノックして返事を待たずに飛び込んだのに怒られた。
ノックしたからいいじゃない、って言おうと思ったら、それで姉様が怒られるのを見て楽しむ気かみたいな嫌みを言われて言えなくなった。……姉様は病気が治ったら、陰気で地味じゃなくなったけど、すごく嫌みになった。
そういう言い方をしたら、従うしかないじゃない、みたいな言い方をしてきて、しょうがなく姉の言うことを聞く。
でも、慣れてきたら前よりもとっつきやすいし話しやすくなった。病気の後しばらくは父様にも禁止されて姉様に近寄らなかったけど、そのうちまた話し掛けて、邪険にされるけど、なんだかんだでお話してくれるし、意地悪はしてこない。遊んでくれないけど。
でも、ようやく念願の外出が出来る!
お茶会なんて聞いただけでワクワクするわ。綺麗なドレスとキラキラするアクセサリーをつけてる私を、バカにしていた子たちに見せつけてやりたい。ただ、マナーってよくわからないから姉様を連れて行こう。そうすれば姉様が怒られるだけだもん。
姉様を誘ったら、邪険にされてため息をつかれたけど、了承してくれた。
……やっぱり、姉様は変わった気がする。
前、私が父様にドレスを買ってもらってはしゃいで姉様に見せたら、とっても嫌な目つきでにらんできたけど、今はそんな目つきをしない。むしろ、鬱陶しいって顔をしてる。……うん、どっちみちあんまりいい目つきじゃなかったわ。
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