64話 というわけで探検です
エミルライトに照らされながらやや長い階段を降りきると、ガラスかなにか、透明な素材で出来た大きめの扉があり、それをくぐって中に入ると広い空間に出た。
右手には何か受付のような場所があり、左手にはそれぞれに扉がついた棚が並んでいた。
中央から奥は一段高くなっていて、薄汚れてはいたが、つるつるとした石床になっているようだった。
天井が高く広いホールはがらんとしていて、なんだか寂しげな感じだけれども、きっとかつてここに置かれていた物が持ち去られてしまったので広々としているのでは無いかと感じた。
「見事に何も無いな」
「腹立たしい事だが、小規模の遺跡には良くある事よ。歴史的に価値があるような場所でない限りは現状維持はされず、中の遺物は持ち出されてしまうからな」
魔物の姿も無く、お宝も無く。残っているのは建物と、僅かばかりの備品のみ。冒険者がダンジョンとはなんぞやとお試しで見るのには良いかも知れんが、こりゃ一般人には大して面白みが無いだろうな。
前文明時代に作られた今は作れない建物である、なんて考えればスゲーって思うかも知れないけれど、殆どの人はそれ以上の感想を持たないだろうからなあ。
いくつかの広い区画をざっくりと眺めながら通って奥に行くと、通路が二手に別れていた。
向かって左側は薄い青色の内装で、右側は薄い赤色の内装。10m程の廊下はそれぞれ奥で内側に向かって曲がっている。
……なんだか俺のカンが『折角だから赤い方に行け!』と囁いている。
「よし、まずは右側を見てみようか」
「ねえね、ナツくん。どうして赤と青に塗り分けられているんだろうね?」
「さあな? 旧文明人のセンスは俺には分からんからな-」
「こういうの日本の施設で見たような気がするんだけど、ナツくん覚えが無い?」
「うーん、検討がつかないなー」
「そっかー。こっちの街でも同じような雰囲気の物を見た気がするんだけど……ま、行ってみれば分かるかも知れないよね」
「そうだぞー! モモ、なんだか眠くなってきたから早く行こう行こう!」
大して面白みが無いせいか、早くもモモが眠気をアピールし始めた。良くやったぞモモ、上手く話が逸れてくれた。
……いやあ? 俺はこの施設がなんなのか、全く検討がついてなんて居ないぞ。ただ、なんとなく、日本を知るミー君とこのまま話していると不味いような気がしただけだ。
本当だよ。
……
…
「うーん、ナツくん分かってたよね? 絶対に分かっててこっちに来ようって言ったよね?」
「何のことやら」
「ナツくんのえっち! ここどう見てもお風呂じゃん! 広いのが沢山有るけどお風呂屋さんじゃん、ここ!」
「えっ!? ほんとうかい、みーくん!」
「口調がわざとらしいよ! もー、遺跡だろうと女湯に来たがるなんてナツくんのえっち!」
「いやまあ、待ちたまえよミー君。男湯と女湯は作りが違う事が多いんだよ。それは男女で求める事が違うからだが、稼働中の施設の場合、俺は女湯を、ミー君は男湯を見る事は出来ないだろう?」
「当たり前だよ!」
「ミー君、俺はね。別に女性が入っている場所だから見たいわけじゃ無いんだよ。純粋な気持ちでさ、女性向けのお風呂はどのようなデザインなのか見てみたかっただけさ。
もう遠い昔に放棄されて誰も居ない施設だよ? エッチな気分で見るわけ無いじゃん」
「そ、そっか。ごめんね、ナツくん。私てっきり」
「いいんだよ、ミー君。俺だって若干の禁忌感はあるからね。ミー君が邪推してしまうのも仕方が無い事さ」
まあ、それはそれとして……かつてここでお姉さん方が羽根を伸ばしていたかと思えば、少し妙な気分になってしまうのは仕方が無いよな。
純粋な好奇心でこっちに来たというのはほんとだけれども、少しもスケベ心が無かったかと言えば嘘になる。
しかし、異世界とは言えやはり女性向けの内装というのは似通ってくるのかね?
ゴージャスな宮殿のような浴室や、可愛らしい色合いの浴室、かつて植物が茂っていたかのような浴室まであった。
禁断の地(女湯)を一通り見た後に男湯の方に来てみたけれど、こっちはなんつうか、実用性重視の浴室多めって感じで面白くなかったな。
ジャングル風呂跡地みたいなところがあって、そこは胸が躍ったけれど、それくらいのものだ。
まあ、なんだか顔を赤くして挙動不審になったミー君が見られたので満足はしたがね。
「さっきも言ったけど、もうスパとして機能してねーんだからさ、そう意識する事あるまいよ」
「でもさ、だってさ、でもー」
「別に裸の男達がうろちょろしてるわけじゃないんだから……」
「はだっ!? も、もー! ナツくんのえっち!」
「なんでそうなるんだよ!」
しかし、ホールの広さから予想はしていたけれど、結構大規模なスパだな。
男湯と女湯の他に良くわからん広いだけのスペースに大きめのプールまで存在していた。
こう言う施設でノンビリ出来たら最高だよなあ。
「のうのうナツ殿、折角来たのだ。最奥も見ていかぬか」
「ああ、ダンジョンコア……じゃないや魔導炉があるんだっけ」
「うむ。破損しておるのだろうが、おそらくはそのまま残されておるだろうからの」
魔導炉は施設のエネルギーを担う心臓部。
発電機的な使用目的で遺跡から取り外され、飛空挺などに使われるらしいのだけれども、この国では他国ほど魔導炉の再利用が多くは無いそうで、遺跡の照明が落ちている理由を魔導炉が外されているのではなく、破損が原因であろうと推測したのはそういった事情から来ているようだ。
ここまで移動している間に、エミルはしっかりとその場所について目星を付けていたようで、迷う事無く地下へ降りる階段を見つける事が出来た。
結構長い階段だったため、エレベーターが使えればなと、停止しているらしい魔導炉を恨んだりもしたが、やたらと体力がついているお陰か、面倒なだけで疲れる事は無かった。
急ぎ足で10分ほど下った頃だろうか。大げさなほどに頑丈そうな金属製の扉が視界に入る。
「おお、見るからに管理室だな」
「この扉は普通に開けられるようだの」
扉は純粋に引けば開くもので、自動ドア的な仕掛けは無いようだった。壊されずそのままになっていたのはそのお陰なのかも知れないな。
やや重めの扉を開いて中に入ると、ファッションシェルターの物よりは小ぶりだけれども、それでも大きな魔導炉がそびえ立っていた。
「おお、遺跡の規模にしては立派な魔導炉だの」
「だなあ。もっとちっちゃいのがあると思ったんだけどな」
やや広めの管理室をウロチョロと調べて回る。
が、ここもやはり置かれていた備品などは全て撤去されているようで、目に見えて面白そうな物は無かった。
「おーいなつくーん。これ楽しいぞ! 踏むとカチカチするぞ!」
モモが何か見つけたのか、楽しそうな声ではしゃいでいる。ここに来てからずっと退屈そうにしていたから、楽しめる物が見つけられたなら何よりだ。
「どれどれ、何を見つけたんだ……ってこりゃあ」
「あははは! カチカチする床面白いな-」
モモが小さな足で踏んで楽しんでいる物、それは恐らく制御パネルというやつでは無かろうか。
机のようにせり出している台の上に四角いボタンが並び、それぞれに『香湯(男)』『酒湯(男)』の様に書かれている。
ボタンの横にはダイヤルのような物が有り、恐らくはこれで水量などの調節をしたり、湯を出したり止めたりしていたのかも知れない。
壁にも似たような物があったがそれはどうやら照明の制御スイッチのようだった。
しかし惜しいな……もしも魔導炉が生きてさえいれば、あのスイッチ一つで湯が……。
「ナツ殿、ちょっと炉を見てくれないか」
エミルが難しい顔をして魔導炉を眺めている。一体何だろうと思って話を聞いてみると。
「この魔導炉はまだ完全に停止しておらぬようだな」
「えっ? じゃあどうして照明等が使えないんだ?」
「どうやらこの炉は限界を迎えつつあるようでの、最低限の維持で精一杯のようだ」
「え、何それ怖い。限界を迎えたら爆発すんの?」
「ははは、その様な事は無いぞ。ただ、寿命を迎えて魔力供給が完全に止まってしまうだけだ。 とはいえ、そうなれば徐々に遺跡の設備も後を追うように破損していくだろうがのう」
「なるほどなー……」
……ギリギリ生きてるなら【修復】してお湯が出るようになったりしないかなあ……あっ!?
そんなつもりは無かったのに、スゥっとスキルが発動してしまったから大変だ。
魔導炉が高い音を立て始め、薄暗かった部屋にパッパッパッと照明が灯って明るさを取り戻してしまった。
間もなく、通路の照明も息を吹き返したようで煌々とした明かりで施設が輝き始め、それを見たエミルは明らかに動揺している。
「ナ、ナツ殿!? お主一体何をした!?」
「あはは……ごめん、エミルやっちまった。つい無意識で魔導炉を【修復】しちゃったよ」
「なぬー!? そんな物まで修復できてしまうのかー!?」
「あはは! 凄いぞなつくん! 踏むと光るぞこれ!」
「あっ」
息を吹き返してしまった制御パネルは、モモが足でカチリカチリと踏むたびにぴかりぴかりと点灯している。
モモさんや、その足で踏んでいるのって確か……。
「な、ナツくん……なんだかおかしいよ? ドドドドって音が聞こえるよー?」
……あれえ、俺何かやっちゃいましたってすっとぼけてもダメだよなあ。
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