たなか農場、あしたは休日である

 牛でいっぱいいっぱいの農場である、そんなの飼えるわけがない。あまりに突拍子のない提案に、喉から変な笑いが出る。アレーアが心配そうな顔で僕を見るので、書状をみせてやると、


「あだす学校に行ってないからさ、読み書きできねぇんだぁ」

 という返事だった。これは申し訳なかったと謝る。

「イルミエト公はここでドラゴンを飼いたいんだってさ。飼えるもんなの、ドラゴンって」

「ドラゴンっつったらあんた、この世界で人間の次におっかない生き物だよ。イーソルだとドラゴンも撃ち落とせる大砲があるらしいけど、当然ここいらにはないしねえ。っていうか、あだすでなくノクシさんに訊けばいいっぺ。あのひと事情通だから」

「そうだ。ノクシさーん」


 孵卵器のヒヨコを眺めてニコニコしていたノクシのほうに行く。生まれたてのヒヨコがピヨピヨと歩き回るのは可愛いのだが、それを全身入れ墨の大男が眺めているというのも異様な光景である。ノクシにドラゴンは飼えるのか聞いてみると、ノクシは少し考えてから答えた。


「そうですね、イーソルの先帝がドラゴンを飼っておられたはずです。といっても、ほぼ世話を世話係にまかせていたのでさっぱり懐かなかったと聞いています」

 ということは、ドラゴンは理屈上、飼えるのだ。

 しかも、人に懐く生き物なのだ。

 それなら飼える気もする。あの暴れ牛だってだいぶ大人しくなって、穏やかに草を食べているくらいだ。ドラゴンも飼える気がする。


 祖父ちゃんが僕らのほうに来て、

「なんの相談だ」

 というので、かくかくしかじか、とドラゴンの話をした。祖父ちゃんは少し考えて、

「たなか農場で球団を持つっつうことか」

 と答えた。きゅ、球団て。祖父ちゃんの頭の中では、ドラゴン=中日ドラゴンズなのだ。特にファンでもないのにそういう仕組みらしい。なおたなか農場の面々は基本的に秋田県民なのでだいたいG党である。


「そうじゃなくて。ドラゴンっていうのは簡単に言えば竜だ。ねーうしとらうーたつみーまーの辰だ」

「ほ! そんなもんがこの世界にはいるんだか! おっかねえな!」


 ちょっと待て。祖父ちゃん、この世界にやってきた夜にドラゴンに向けて発砲したじゃん。そう言ってやるとしばらく考えて、

「あー……あれかあ。あれがドラゴンだわけだ」

 とようやくつながったらしい顔をした。なんだか最近祖父ちゃんが弱っていて心配だ。祖父ちゃんはこの農場のゴッドファーザーである。倒れられたりボケられたりしたら困る。


 この世界に老人介護施設はないわけで、祖父ちゃんが倒れたら僕らのうち誰かが祖父ちゃんの世話をしなくてはならない。そうなったら農場の仕事が厳しくなる。

 ため息をついて建設的なことを考え……ようとしていると、なにやら見慣れないド派手な馬車がやってきた。馬車の横っ腹には「NOI48」の文字。くだんのアイドルグループだ。詳しく訊くとノクシが事務所の社長宛に一筆手紙を書いて、それを父さんが届けたそうで、この世界でも芸能界はやくざ屋さんと密接につながっているのだなとしみじみ考えてしまった。


 馬車から次々、珍しい色付きの服を着た女の子たちが下りてくる。この世界の人間が来ている服はおおむね生成り色なので、色のついた服を着ている、それだけで新鮮に思う。


「おはようございまーす」

 女の子たちはステージに向かい、歌の確認や踊りの確認を始めた。結構クオリティの高いアイドルだ。歌の内容は恋の歌や友情の歌、そういうものがほとんどで、やっぱりアイドルソングっぽいメロディである。


 アレーアがぽーっと見ているので、仕事しようと声をかけて作業場に戻った。カッテージチーズを、コルという竹に似た植物の葉に包む作業だ。さすがにタッパーウェアやジップロックではこの世界では気味悪がられるし、すぐ足りなくなるだろう、とアレーアに相談して提案されたパッケージである。ちまきみたいでなんだかおいしそうだ。


 ちらとステージで休憩するアイドル集団を見る。……みんなでチョソの実をバリバリ食べていた。いや、それ週刊誌にばれたら騒ぎになるんじゃないの。

 それをアレーアに言うと、

「チョソの実なら、だれでも滋養強壮のために食べるよ?」

 と言われた。いやそんな戦後のヒロポン感覚で言われても。


 とにかくアイドルの打ち合わせが終わったころ、父さんがお客を乗せて戻ってきた。

 僕はやろうと思って忘れていたことを思い出す。イチゴ牛乳スタンドに張り紙しなきゃ。お子様優先です、って。

 さらさらっとマジックでコピー用紙に書いて、それをイチゴ牛乳スタンドの前に貼った。


 お客さんたちはNOI48が来ていることに驚き、祖父ちゃん手製の野音の前に集まった。そして堂々と演奏を始めた。この世界のアイドルは簡単なタンバリンみたいなものを持っていて、それを打ち鳴らしながらくるくる回り、歌を歌う。どうやら流行歌らしく、お客さんはみな手拍子して楽しんだ。オタ芸をするお客はいなかったけれど、もといた世界のアイドルとなんら変わらない。


 オタ芸といえば大学の同期の通称「電気ガイ」元気かな。秋葉原の地下アイドルの大ファンで、サイリウムをもってよくライブに出かけていた。案外気のいいやつで、大学の学園祭でオタクグループを作ってオタ芸ライブをやってたっけ。あいつも地震に遭ったのかな。


 むやみに悲しくなっていると、イチゴ牛乳を飲みたいという色気より食い気の少年がやってきた。イチゴ牛乳を作って出すと、満面の笑みになった。乳歯の抜けた歯抜け状態だ。


「おいしいかい?」

「うん。冷たくて甘くてすっぱくておいしい。あの歌姫よりこっちがいい」

 なるほど色気より食い気だ。少年はご機嫌で、鶏小屋にヒヨコを見に行った。


 ライブが終わると、歌姫たちは入場料を自腹で払い、イチゴを食べたり牛乳を飲んだりし始めた。遠目には違和感のない顔だったが近寄ると結構厚化粧している。家出したアレーアを探しにノイにいったときに助けてくれた娼婦たちのほうがなんぼか薄いくらいだ。


「わあー牛乳おいしー。冷たいし。体によさそう」

「ねえねえイチゴもおいしかったよ。早く行かないと閉まっちゃうよ」

 ……このアイドルの女の子たちよりなら、アレーアのほうがいいな。


 そんなことを考えてぼっと赤面する。恥ずかしいのでそっぽを向いて仕事をしているふりをする。

 母さんが大量のゆで玉子を運んできた。

「稔。なに赤面してるの」

「いっいやなんでもない」

「あの歌姫? の女の子たちに変なことでも言われたの?」

「ちっ違うよ! なんでもないってば!」

「あらそうなの。じゃあゆで玉子売るの手伝って。おいしいゆで玉子ですよー。ゆでたてアツアツ、お塩をたっぷり振ってどうぞー」


 ゆで卵に行列ができた。

 あっという間に大量のゆで卵ははけてしまった。そうしているうちに帰りの馬車の時間だ。歌姫たちも帰っていった。


 ……はあ。

 ため息が出る。いやため息なんかついている場合ではないのだ。ドラゴンの飼い方を、どうにか調べねばならない。


 参考になる文献とかってあるんだろうか。イーソルの先帝というのがどんな人かもわからないし、そもそもイーソルがどんなところなのかもよく分からない。


 お客をノイに届けた父さんが戻ってきた。

「今日は大盛況だったな」

 父さんは誇らしげだ。いや父さんの手柄というよりノクシが一筆脅迫文を書いてくれたおかげである。父さんは伝書鳩以上のことはしていない。


「きょうは馬車のお客だけでなく歌姫の子らが入場料を払ってくれたから、だいぶ儲かったわね」

 母さんはホクホク顔である。ノクシも野音の設備の撤収を終えて戻ってきた。祖父ちゃんも、ずっと牛舎で牛といっしょに歌姫たちを見ていたらしく、のこのこやってきた。アレーアも、イチゴハウスの受付を終えて戻ってきた。


「そうだな、明日は休みにしようか? 結構な額の収入だし。みんな働きづめだし……っても牛と鶏と馬の世話はさねばねーばってな」

「結局農家に休日なんか一日もないんじゃないか」


 僕が口を尖らすと、母さんがジト目でひと睨みして、

「だったらちゃんと就職活動してちゃんと就職して、家に仕送りしてくれてもよかったのよ」

 と難しいことを言ってきたので聞こえないふりをした。だいたいイチゴハウスを提案しなかったらこの土地で暮らすのは厳しいわけだし、そもそも地震が起きたわけだから東京で働いていたら僕は天涯孤独になっていたわけで、考えたら悲しくなってきたが、現状僕は普通にたなか農場の一員として働いている。気を取り直して、みんなで夕飯を囲む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る