異世界には陰謀が渦巻いている

 父さんが出かけた後、僕と祖父ちゃんとノクシの三人で擬牝台を作ることになった。要するに牝牛に似せた台である。端的に言えばダッチワイフ牛版だ。

 適当な木材で牝牛くらいの台をつくり、何年も前からうちにあった牛の皮をかける。あとはオナホールの部分をつくり擬牝台にメス牛のおしっこをかければ出来上がり。


 さて、オナホールの部分をどう作ったものか。

 祖父ちゃんは家の中の物置にあった、祖母ちゃんのお気に入りだった大きな花瓶を出してきたのだが、え、それ使うの、と思ってしまった。


「祖母ちゃんが大事に花を活けて飾ってたやつだよね」

「だって麦子はもういねぇべ。こうやって活用せば得だべ。麦子もあの世で喜んでらべ。ああ、俺ドもあの世サいるんだったか」

「いや厳密にはあの世じゃないと思うけど」

 とにかくじいちゃんはそれと、もう使うこともなく余っていたポリのゴミ袋を出してきて、花瓶部分に適温のお湯を入れれば使える簡単な道具ができた。


 そしてその二日後、たなか農場には新しい農業技術を見たいという、向上心のある農業の監督官が集まった。

 ブフブフと息を荒くしている牡牛をつれてくる。擬牝台もスタンバイOK。母さんもなっがい手袋を装備して準備万端である。


「えーと。これから、牛同士がまぐわうことなく仔牛をとる技術というのを、ご覧に入れたいと思います」

 僕の司会で種付け講座は始まった。っていうとなんかすごくエロいな。それこそ「大学のえっちな同級生と種付け講座」みたいな。


 道具の仕組みを説明し、この世界のもので作るなら皮でポリの代用になると説明する。牡牛を擬牝台につれていくと、あっさりとのしかかって腰を振り始めた。そこですかさず、祖母ちゃんの花瓶を改造した牛用オナホールの登場である。牛のイチモツにそれをすぽっとかぶせて、牛が精子を出すまで待つ。

 とれたようだ。抜くと、これまたエロ漫画の女体から滴るそれのように精子がこぼれそうになった。


「えーと。この子種をこの注入器にいれます。もといたところでは細い筒にとって冷凍していましたが、そういう技術はないので、じかにいれます。注入器の先についているこれは人間用の注射器と同じ理屈です。この棒を引っ張ると注入できるようになっています」

 向上心のある監督官の方々はせっせとメモを取っている。とうとう母さんの出番である。


 発情していた牝牛を引いてくる間に、牝牛がどうなれば発情なのかを説明する。そうこうしているうちに牝牛がきたので、母さんがおっかなびっくり、注入器をもち、肛門から腕を突っ込み子宮頚管をつかまえ、陰部に注入器を差し込んだ。


「できた! たぶん!」

 母さんはそう言って安堵のため息をついた。

「い、いまので仔牛がとれるんですか」

「とれます。牛同士まぐわうよりずっと確実です」

「はあ……すごいなあ……」


 なにやらすごいものを見た顔で、監督官たちは顔を赤くしはあはあ言っている。相当興奮したらしい。いや、お前らが興奮してどうする。

 というわけで、種付け講座は盛況のうちに終わった。母さんは明らかにげんなりした顔をしていて、アレーアは恥ずかしくて見ていられなかったらしくずっと牛舎に隠れていた。

「アレーア?」

「やんだぁ稔さんの変態!」

 なぜ牛舎にいるのを心配して来てやったのに変態呼ばわりされねばならんのか。アレーアは本当に娼館で働くのにまったくもって向いていないおぼこ娘だ。あのときやくざ屋さんから助けてよかった。

「変態ってこうしなきゃ仔牛はとれないんだし」

「でも。あんなの変態の所業だっぺ! あだすのこともそういう目で見てたのけ!」

「違うよ! 僕にだって選択の自由はある!」

 そう言うと、アレーアは明らかに傷ついた顔をした。

「あ、いや、その……ごめん。なんていうか……」

 よくよく考えたら人を変態呼ばわりした上に勝手に傷つくとはどこまでも勝手な奴だ。謝って損した気分である。


「でもさ。これでうちみたいな農業技術が広まるんだぜ。そしたら、もっとこのハバトの地? は潤うわけだしさ」

「うん……わかるけんど、女の子の見るもんじゃないと思ったのさ」

「見たくなきゃ見なくて構わないんだ。アレーアの仕事に直接関係することじゃない。もちろん、この仔牛が大きくなれば別だけど、それまでアレーアがうちにいるかわかんないしね」

「うん。そうだね」


 アレーアは明らかにもじもじしている。確かに、貧しい家の子のわりには肉付きもいいし、見ればいくらでも卑猥な目でみることができる。うん、アレーアありだ。

「あだすの顔になんかついてるのけ?」

「……その北関東訛りで台無しなんだよなー」

「え?」


 僕は一気に魅力が半減したアレーアから目をそらし、牛の世話を始めた。仔牛はなかなかよく育っている。母牛も健康だし、大成功だ。きょう種付けをした牛も、無事に仔牛を成してくれればいいのだが。というか、ホルスタインとああいう赤い牛を交雑させたら、どんな仔牛が生まれてくるんだろう。ちょっと楽しみだ。牡の仔っこでも牝の仔っこでもきっと嬉しかろうと思って、口元がゆるむ。


「稔さんやっぱりいやらしいこと考えてっぺ」

「そんなことはない。ちゃんとしたこの先のことを考えている」

「稔さんが硬い口調で喋るときは、だいたい図星」

「図星っていうか、えーと……ちゃんと新しい仔牛がとれたらいいなって思ってた。牡でも牝でもうれしいなって。元の世界だと牡牛はすぐ屠殺場だから」

「いやな世界だねえ」


 僕はふと元いた土地の人々のことを思い出していた。

 中学のころ憧れた女の子は「農家の嫁とかマジないわー」と言っていたし、就職せず実家に帰ると言ったら内定をもらっていた同期から蔑みの目で見られた。あの世界でも相当「百姓」をいじめる気風はあったのだと思う。僕らが働かないと食事することも厳しいというのにだ。食べ物を生産する人へのリスペクトが小さかった。


 この世界も、もともと農業は囚人の仕事だったけれど、僕らがやってきたことで、それは変わりつつある。きょうの種付けにたくさんの監督官がやってきたのもつまりそういうことだ。


 さて、その日は営業がなかったので、みんなでカッテージチーズを作ったりゆで玉子をつくったりした。たなか農場の食べ物は、ノイでものすごい評判を呼んでいるという。ノイスポが僕らの立てた手柄をでかでかと書いてくれたからだ。


 たなか農場にやってくるお客はまだお金持ち風のひとばかりだけれど、もっとたくさんの人においしいものを食べてもらいたい。


 次の営業日、僕がミキサーを回してイチゴ牛乳を作って出していると、それを飲みながらお金持ち風――というかよい身分の人風――の男のひとが話しかけてきた。

「いやあ、ロラク卿の目論みを見事にくじくかっこうになったね」

「ロラク卿……ですか」


 ロラク卿と言われてもイルミエト公のお供の人でいちいち面倒なことを言う人、みたいなイメージしかない。どういう人なのだろうと尋ねてみる。


「イルミエト公を領主にして、後見人やってる人だけど、本当は傀儡政権にしたいみたいだよ。もうレオ帝の家臣とも通じてて、レオ帝が女の領主を望まれていないことを盾に領主の座を奪いたいみたいなんだ。イルミエト公はご家族が一人もいらっしゃらないからね」

「家族が一人も……って、どういうことです」

「そのまんまさ。昔クーデターで父君様も母君様も弟君様も亡くなられて、ほかに直系のお子がないからイルミエト公を――そのころはイルミナ姫か。イルミエト公を領主にするように勧めたのがロラク卿。まあ実際ハナから傀儡政権にするつもりだったんだよ。この国の人間は女なんて無能だと思っているからね」


 イルミエト公、そんなひどい目に遭っていたのか。

「でもイルミエト公に才があって、結局傀儡にしきれないんだよ」

 そう言ってお客さんはイチゴ牛乳を飲んだ。


 確かにイルミエト公には政治の才能があると思う。

 農業を推し進める君主はエライのだ。僕の頭にはそうインプットされている。


「でもロラク卿の目論みを砕くってどういうことです」

「だからさ、ロラク卿はレオ帝にイルミエト公を領主の座から引きずり下ろすための勅書を書いてほしいんだけど、レオ帝がイルミエト公の贈り物を気に入ってしまったから、それも厳しくなった、って話さ」


 はあ。

 カッテージチーズとイチゴでそんなことができるとはねえ。名作スマホゲーム風に言えば、「世の中のたいていの問題は、おいしい農産物で解決できるッスよ!」といった感じか。


 しかしこの世界にもこんな陰謀がぐるぐるしていたのか。怖いことだ。お客がイチゴ牛乳を飲み終えたのでコップを返してもらう。きれいに洗い、水切り籠に並べる。

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