ミカンのせい
~ 一月十五日(水) 81マス ~
ミカンの花言葉 純白
大学入試センター試験直前。
ピリピリと緊張に包まれる教室の中。
「王手」
思う存分。
遊び続けるこいつは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をポニーテールにして。
耳の上にミカンの花をちょこっと活けているその姿。
今日はまとも過ぎて。
朝一番から驚かされたのですが。
それ以上の驚きを。
現在体験中なのです。
「朝教えて、たったの一日で滅茶苦茶上達しましたね」
「ぶつくさ言ってないで、早く指すの」
通学途中の電車内。
ちょっぴり離れた所に立った二年生。
美人過ぎて、穂咲は声をかけることもできないという生徒会長、山城さん。
彼女がお隣に立つ友達へ、髪を耳にかける仕草と共に知的だと話していたホビー。
将棋。
そのルールを教えろと言われるがまま。
学校までの道すがらで説明すると。
……いえ、以前も教えたのですがそれはさておき。
ボードゲーム研究会から道具を借りてきて。
授業も聞かずにまるっと一日、俺をつき合わせる始末。
お昼休みも、今日ばかりは手間な目玉焼きも作らずに。
手早く済ませて、こうして対局中なのです。
「もうすぐ授業が始まりますし、お終いなのです」
「あと、ちっとだけ」
「……じゃあ、こっちに逃げます」
「いいの? じゃあ、これで詰みなの」
そう言いながら穂咲が王手をかけてきたのですけど。
全然詰んでない。
「今しがた、上手くなったなあと言いましたけど全然ですね。そんなコマ、銀で取ります」
「そしたらこっちに桂馬」
「なんの。王が逃げて……、こっちは無理か。じゃあこっち」
「ほい、王手」
「しつこいですね。じゃあ金で取ります」
「ほら詰んだの」
「え? ……あ。逃げられません」
将棋は知的なゲーム故。
こいつに負けることなど無かろうと高をくくっていたのですが。
どんどん強くなって。
最寄りで二連敗。
これは本格的に。
「……驚いたことに、才能あるのではないですか?」
「ふっふっふ。もう一局なの」
「それは無理ですので。将棋盤はしまいなさい」
お昼休みももうすぐ終わり。
次は、俺を立たせることを生きがいにしている人が教室に来るので。
そんなもので遊んでいたら。
廊下で立たされたまま詰将棋を三つ考えて来いとか言われそう。
「しょうがないの。じゃあ次は帰り道で勝負なの」
「歩きスマホがどうして禁止されているか知ってます?」
将棋盤を持って歩いて電柱にぶつかったりしたら。
一躍有名ユーチューバーです。
俺が口を尖らせると、ようやく渋々と。
将棋盤を鞄に突っ込む穂咲ですが。
借り物を持って帰ろうとする辺り。
よっぽどはまったようですね。
「暇なときは付き合ってあげますが。余暇として楽しみなさいな」
「そうするの。ママにも教えるの」
「迷惑がるでしょうね……」
「そう言えば、将棋をするならこれも必要だろうって貸してくれたんだっけ」
そう言いながら、穂咲は。
机の上に乗っていた、時計が二つくっ付いた装置。
お互いの持ち時間を示すタイマーをぺしぺしと叩いたのですが。
「そんな本格的なものいらないですよ」
俺たち、ろくに先も考えずに。
ノータームで駒を動かすので。
「本格的なの? この、夫婦用の目覚まし時計」
「だとすると便利かもしれないですけど違います。将棋には持ち時間というものがありまして」
まさに時計の文字盤二つ。
そして文字盤の下にボタンが二つ。
「自分の手番が変わる時、ここを押してタイマーを切り替えるのです」
俺は白いボタンを指差すつもりで。
軽く指を乗せたのですが。
チーン!
「うわ! ごめん!」
軽く触れただけなのに。
意外や大きなベルの音。
大学入試センター試験直前。
当然、必死に勉強する人もいるわけで。
何人かが、ムッとして俺をにらむのですが。
「こんな音が鳴ったら対局の邪魔でしょうに」
ひょっとしたら、将棋ではない。
違う競技に使うこともあるのでしょうか。
「みなさん、ほんとにごめんなさい」
「ごめんなの」
俺が頭を下げても。
眉根に寄せた皺で爪楊枝を持つ練習でもしているような顔をしていた皆さんが。
穂咲が謝ると、構わないよと手を振って。
教室中から爪楊枝が落ちる音が聞こえてくる心地。
「いつも思うのですが、この扱いの差。……君は何なの? クラス全員の弱みでも握ってるの?」
「そんなの握ってるの、道久君だけなの」
え。
俺の弱み?
……まあ、思い当たること。
山ほどありますけど。
最寄りでは。
寝ぼけまなこで食べた朝ごはんのミニウィンナ―。
ぽろっと落として、中途半端に開いたズボンのファスナーに引っかかって。
それにまったく気づかず、駅のホームを大パニックに陥れたこととか。
チーン!
「……上手い合いの手ですが。それを押しなさんな」
丁度教室に入って来た先生がにらんでますので。
しまってしまって。
今日も自習とは思いますが。
今まで遊び放題だった皆さんも。
必死な方へ配慮して静かにしていることでしょうし。
……だというのに。
かちゃっ
不穏。
そんな言葉しか浮かばない音が聞こえたので。
おそるおそる、お隣りを見ると。
「……しまってと言ったでしょう」
「将棋盤しまってって言ったの」
駒だってダメに決まっているでしょう。
なんという屁理屈。
しかも。
なんだそれ?
将棋の駒を立てて並べて。
ドミノのつもり?
「万が一倒したら大惨事になるから。やめなさいって」
「そんなヘマしないの。道久君に話しかけられて気を逸らしたりしない限り、あ」
パタパタパタパタ!
「ああああ!」
パタパタパタパタチーン!
最悪。
ゴールをタイマーのボタンにするとは。
「…………藍川」
「ひゃいっ!」
「それは、何の真似だ?」
「…………あたしの番から、道久君の番になった合図なの」
まあ、そうですけど。
そいつはずるい。
「じゃあ藍川は座れ。……秋山、お前の番らしいぞ?」
「へい」
仕方がないので席を立つと。
先生に指示されて。
美術室で立たされました。
絵のモデルにされました。
※ 作者注:花言葉の意味は。
ご想像にお任せいたします。
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